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2 幼馴染と天然さん










「兄さん、昨日何かあった?」


 妹がそんな質問をしてきたのは、二人揃って朝食を摂っているときのことだった。


 兄と同じくあまり特徴的とは言えない容姿。

 印象には残りにくいが、かといって粗探しをしようとしても何一つ欠点が見つからない。

 地味でもなく、派手でもない。

 一人称視点のゲームの女主人公のような雰囲気なんて表現してみたら、それ褒めてるの? なんて顔をされたことを思い出した。


 どこか透明感を覚えさせる黒髪の少女。

 それが、我が家随一の常識人――薄雲翠(うすぐもすい)だった。



「えー、別に何もないけど? なんでー?」

「……そうやって、びっくりするほど頬が緩々だから聞いてるんだけど。外でしちゃいけない顔してるよ」


 マジで? そこまで言うか。

 ちょっと気を引き締めよう。ダラシない顔をしているとこ、藍夏に見られたくないし。


「……やっべ、頬が言うこと聞かん」

「相当嬉しかったんだね……で、どんな良いことがあったの?」


 むにむにと頬を引っ張る俺を見て、くすりと翠が笑う。

 その笑い方がやけに大人びて見えて、気恥ずかしさを覚える。

 

「…………ま、そんな大したことでもないんだけどな。アレだ、アレ。他人が頑張ってる所見るとテンション上がるだろ」

「……ふーん、藍夏さん関連か。だとは思ってたけど…………デートにでも誘われた?」

「そこまでじゃないです」


 そんな劇的な進歩を見せられた日には、その事実を隠すまでもなく帰宅と同時に自慢しますとも。なんなら嬉々として、赤飯炊くまであった。


「なんと、あの藍夏が教室の中で俺に話しかけてくれたのですよ」

「……なんで私の知らない内に、そこまで退行しちゃったかな…………小さい頃は毎日遊んでたのに」


 うちの子凄いでしょ! というノリで藍夏の行動を伝えてみると、何故かこめかみに手を当てながら、ため息を吐かれてしまった。

 一体、何が不満だと言うのだろうか。


「翠さんや、あんまり眉間に皺寄せてると目つき悪く見えるぞ」

「そう思うなら、頭の痛くなるようなこと言わない」

「すんません」


 まあ、いっかと話を切り上げた翠がテレビのリモコンへと手を伸ばす。

 朝食の時間に、天気予報を目当てに情報番組を流し見することは我が家では割と良くあることだった。


 俺も特に考え事をすることなく、ぼうっとしながら食事を進める。

 食パンにハムとチーズを載せて、マヨをかけてからトーストでチンした名称不明の朝の定番食を味わっていただく。

 少し食べるのが大変になるが、卵なんかを載っけても美味しいんだよなコレ。


 壁にかけられた時計を見る。

 二度寝をした昨日の今日ということもあり、意識的に早めに起きたことから出発までの時間はたっぷりと残っていた。

 

『…………のため、今日は午後から天気が崩れる予想です』

「だってさ」

「ほーん……傘持ってくか?」

「折り畳みで良さげな気もするけどね」


 テレビの音声を聞き流しながら、暇な時間を妹との雑談でつぶす。

 何かをするには時間が足りず、かといって、何もしないでいるには勿体無いように感じるような微妙な空き時間。

 そんな何気ない時間を当然のように妹と過ごせていることに喜んでしまうのは、少しシスコンが過ぎるのだろうか。個人的には、家族の仲は良いに越したことはないと思うんだけど。


「さて、んじゃ、そろそろ俺は出るわ」

「……そ、良いんじゃない」

「翠も遅刻しないようにな」

「兄さんに言われたくない」

「それは本当にそう」


 呆れた声を背に受け、出発の挨拶をする。

 お礼と謝罪、あと挨拶。

 どれも当たり前のことだと思うが、この三つのコミュニケーションだけは喧嘩中だろうが何だろうが絶対に行う。

 それは、俺のちょっとしたポリシーみたいなものだった。


「いってくる」

「ん、気をつけて」

「そっちもなー」







 と、まあ、元気よく挨拶をして家を出たのは良いのだが、結局すぐ隣の家の前でストップすることになるんだよね。

 待ち時間が長いようなら、自宅から妹が出てくる姿を見ることすらできるだろう。

 出発の挨拶をした手前、なんとなくの恥ずかしさがあるので、叶うのならそれは避けたいところである。

 

 だが、遅刻なんかで時間が危ういわけでもないのに藍夏を焦らせるのは憚れる。

 インターフォンを鳴らすことなく、適当にスマホを弄りながら藍夏が家から出てくるのを待つ。

 こういう場面だけを見られることで、薄雲紅夜=ストーカー説とかいうふざけた噂が加速する羽目になるのだろう。

 悪意のある切り抜きとか、語弊のある詐欺サムネとかってよくないよね! という話にも繋がるわけである。うん、我ながら話をどこに繋げているのだろうか。


 そんなこんなで数分後。


「お、きたか」

「……っ!? ぇ、ぁ……な、んで?」


 俺が出待ちしているとは微塵も予想していなかったようで、幼馴染様は家から出るや否やワタワタと慌てふためいていた。

 心の準備が、なんて正面から呟かれると、どう反応したらいいのかわからなくなるのでやめてもらいたい。


「おはようさん、藍夏」

「…………、…………は、よう」

「おう、相変わらず不意打ちには弱いのな……偶には俺から迎えに行こうと思いましてね。びっくりしたか?」

「…………悪趣味」

「悪かったよ。近日中にまたするわ」

「……悪いと感じたなら、反省をして」


 まあ、そんな慌てふためく素の藍夏さんは、十数秒もすれば毒舌系無表情キャラに変貌してしまうわけなのだが。


 それはそれで好きだけどね。本質は何にも変わってないし。

 作られたキャラという話であれば、教室のときの陽キャモードだって同じである。

 あれもこれも根っこの部分は同じもの。

 彼女の根底にある優しさや善性は、そう簡単に消えるものじゃないのだ。


「それじゃ行こうか。道中、昨日の話の続きも聞きたいところだしね」

「…………わかった」


 浮かれ気分もそこそこに。

 並んで歩き始めると同時に本題に入る。




「…………確か、お前の友人に佐竹のことが気になっている人がいるって話だったよな」





 ✳︎





 涼風美鈴(すずかぜみすず)という少女はクラスで少々浮いている存在だった。

 小柄な体格と大人しそうな雰囲気から、小動物的な可愛らしさが特徴の彼女だが、その言動にはやや普通とは言い難いものがある。


 よく言えば正直者。

 包み隠さずに言えば、ノンデリの空気読めないさん。


 何より、彼女は誰よりも純粋な人だった。


 仮面を被った藍夏への第一声が「なんか気持ち悪い」の一言だった時点で、その特殊さはお察しだ。

 本人に一切の悪気がないあたりに、厄介さが滲み出ている。


 そんな出会い頭に幼馴染様へと暴言を叩きつけた少女だが、自分の意見を真っ直ぐに伝えることが出来るという点を藍夏はいたく気に入った――及び、尊敬したらしい。

 今では、珍しいことに藍夏が積極的に話しかけにいく数少ない相手の一人となっていた。



「そんな不思議ちゃんが、佐竹のどこに興味を持ったんだよ?」

「知らない。『気になる人』としか聞いてない」

「……ま、見る目がないとは言わないが」



 正直、俺や藍夏なんかよりも拗らせてそうな雰囲気を感じるんだよなぁ、佐竹のやつ。

 少なくとも、俺なんかと率先してつるんでいる時点で、ただの良い人ではないことは確かである。



「……私は、すずと一緒がよかったから」

「班へのお誘いの条件が、佐竹を引っ張ってくることだったってわけですか」

「…………そう。それ、だけ」

「なるほどねー……俺はついでですか。別に良いですけどねー」

「………………」



 ふいと顔をこちらから逸らした幼馴染様にちょっとした意地悪をしてみたが、わかりやすい反応は見られなかった。

 まあ、顔を背けたままでも、耳が真っ赤になっているのがわかったので個人的には大満足である。



「……それでいーよ。少なくとも、俺はお前が話しかけてくれて嬉しかったからな」

「…………うっさい」

「はいはい」



 藍夏の説明を頭の中で反芻する。

 確かに、これは悪くない一手に思えた。

 俺が能動的に動いたわけではなく、俺と班が一緒になったことについての対外的な理由も存在している。

 これで難癖をつけてくるやつがいようものなら、それは相当な『女神様』の盲信者に違いない。


 そして、これは一つの起点となり得る。

 俺と彼女が会話をすることが特別なことであるというクラスの共通認識を崩すには、最適とも言える一歩目だろう。



「遠足の行き先ってどこだっけ?」

「まだ決まってない……どれだけ興味ないの」

「お前と行くなら話は別。ちょっと楽しみになってきたわ」

「ぶっ飛ばすよ」

「問答無用の暴言で笑う」




 ✳︎





「……薄雲紅夜、いま時間ある?」

「なぜにどうしてフルネーム? 時間はあるけど」


 その日の放課後。

 ちまっという効果音がよく似合うその不思議ちゃんは、小首を傾げてそう言った。


「……名前、違った?」

「合ってるよ。ありがとね、態々丁寧に」

「どういたしまして?」


 違うそうじゃない、と言いたくなるのをなんとか抑えて話の続きを促す。

 この少女は、どうやら天然属性まで兼ね備えいるらしい。


「じゃあ、時間があるなら付き合って」


 ここで変な勘違いなどを起こすことはない。

 というか、文脈的に考えれば勘違いをする余地がないことなど明白だろう。

 だからガタッと音を立てて立ち上がるんじゃないよ、藍夏さん。


「どこにだ?」


 さて、ならば用事か、或いは場所か。

 そんな思考処理の下の返答に、少女は予想外の反応を見せた。


「…………困った。考えてなかった」

「はい?」

「……そうね。生憎と暇を潰せるカフェなんて知らないから…………いいわ、私の家に来る?」

「…………は?」


 

 思考が停止する。

 目の前の少女――涼風美鈴の言動に理解がついていかなかったからだった。



「……嫌なら、貴方の家でもいいけど」

「そういう問題じゃねえ」



 不思議そうに再び首を傾げてみせる涼風。

 反射的に語気が強くなってしまったが、俺は悪くないと思うのよね、これ。


 あと幼馴染様、聞き耳を立てるのはいいけど、顔が怖いです。割と冗談抜きで。







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