24 幼馴染と添い寝
キリがよかったので、文字少なめですが投稿。
頻度重視で頑張りたいです。
「……あの、藍夏さんや? これ、いつまで続――」
「黙って」
「あ、はい、黙ります」
俺の学内評判が地に落ち果て、もうそろそろめり込み始めているんじゃないかなぁと思いたくなるような出来事があったその日の放課後。
高校から我が家の自室へと直帰したうちの幼馴染様は静かにブチギレていらっしゃった。
出迎えの翠が笑顔を浮かべたまま、無言でフェードアウトしていったぐらいなので相当キレている。妹に見捨てられて兄悲しい。
いつものように藍華がベッドの上へ、俺が床に座るものだと考えていると彼女は思い切りよく俺をベッドの上へと突き飛ばしてしきた。
なされるがままに天井を見上げているとお腹の上へ藍華は遠慮なく腰を下ろしたのである。
「…………あの…………重くない?」
「……軽いよ。超軽い、もっと食べなさい」
「――なら、いい」
不機嫌さをアピールしながらも、見え隠れする乙女心にときめいていると心なしか腹部への圧力が強まった気がした。
物心ついた頃からの付き合いだとはいえ、幼馴染の下敷になることなどそうあることではない。小さい頃はお馬さん役を引き受けたことなどがあったが、高校生になってからは初めての快挙である。折角なので堪能しておこう。
「……その目、やめて」
「えー」
「『えー』じゃない。変態さんみたい」
「ちょっと興奮してきたかも」
「この変態」
「冗談だって」
ぐいと頰をつねられた。痛い。
「……はぁ」
「ありゃ、お疲れの人?」
「…………どっちの話よ」
お腹の上から移動する気配の見えない藍夏さんは自身の鞄から一冊の本を取り出すと、挟んでいた栞を傍へと置き、悠々と文字列を目で追い始める。下敷にされていなければ、紅茶かコーヒーの差し入れでもしてあげたいくらいの寛ぎ様であった。
完全に長期戦の構えを取っている幼馴染様を相手に果たして何ができるだろうか。
身動きが取れない中、暇をつぶそうと周囲に目を向けてソレに目が留まった。
細くしなやかで柔らかい触り心地のよい彼女の髪は低めの位置で一つにまとめられていた。
無言のまま手を伸ばし、くるくると指先で弄ぶ。
絹糸のようにサラサラとした癖の弱い茶髪。
日本人の中では比較的明るめな栗色に近いその髪は、彼女にとって母親譲りの宝物だ。
蹴鞠に戯れる猫のような気軽さでそれに手を伸ばす俺を一瞥し、藍華は何も言わずに手元の本へと視線を戻した。
「……一生触ってられるかも」
「…………ふん」
「あ、ちょい機嫌良くなったでしょ?」
「…………」
「痛い痛い痛い、お腹の肉、抓るのやめて!?」
照れ隠しの攻撃力が高すぎる。
でも、可愛いが上回ってるから余裕で許せるわ。無敵なんじゃないかなぁ、この思考。
「…………反省、してない? …………それとも……する気がない?」
「あはは……えっと、その……怒ってる?」
「怒ってないけど」
本を見ながらの詰問。
紅夜さんは優しいので、全くページが進んでいないことについてのツッコミはしないであげましょう。
「…………貴方が、大丈夫だってことは知ってる」
「……」
「……それでも…………心配は、する」
「それは……ぐぅの音もでないぐらいの正論だなぁ」
本を見ながらボソボソとつぶやくように話をする藍夏の横顔を眺める。
目が合っていたら、こんなに素直な言葉は聞けなかったのだろう。そのいじらしさに笑みを浮かべていると『何で笑っているの?』と言わんばかりにお腹の肉を抓られた。気に入ったのだろうか、痛い。
「わかったよ、反省する。心配かけてごめんな」
「…………」
「あ、でも今回の件については、俺本当に何も悪いことしてないんだけど……」
「問答無用」
「無情過ぎない?」
ぺしぺしとお腹を叩かれる。
好奇心で腹筋に力を込めてみると、ぺしぺしがすりすりに変わった。
はわわ、と目を見開いているうちの幼馴染が今日も今日とて最高に尊い。
「あらやだえっち」
「――わ、私、何もしてないけど」
「もうちょい触る?」
「………………」
無言で頷く藍夏。
この子、大概にむっつりさんだよね。可愛い。
数秒後、我に返った幼馴染に恨みがましい目で見られることになったが、いつものことなので気にしない。
割とアブノーマルな状況にあるはずが、最後にはいつも通りの空気感が漂ってしまうのは役者が変わらないが故の結果なのだろうか。
正気を取り戻した藍夏と取り留めもない話を続けているとようやく覚悟が固まったようで、彼女は緊張の面持ちを浮かべながら口を開いた。
「…………私に、何かして欲しいこと、ある?」
怒っていない。
先程、確かに彼女はそう言っていた。
「……多分、本当にお前は俺に対して怒っていないんだろうな」
けれども、俺も、翠も、彼女が不機嫌であることを測り間違えたりなどはしないのだ。
よっこいしょ、と身を起こす。
バランスを崩した藍夏の背中を髪に触れていた手を回して、倒れない様に支えた。
驚いている彼女の顔をすぐ目の前から覗き込むと、幼馴染様は頰を真っ赤に染め上げた。
「……いつも通り、藍夏は自分に対して怒っているんだろ? 何にも悪いことはしていないのに、優しいお前は自分に出来ることがあったんじゃないかって、そうやって自分を責めるのをやめられない」
「…………私は……優しくなんて、ない」
「そう思う? なら、この世界に優しい人間なんていないんじゃないかな」
「…………ああ言えば、こう言う人」
「知ってるくせに。今更だろ」
「……そうね」
仕方ないなぁ、という顔で。
ちょっとだけ疲れたように笑う彼女の表情が大好きなのだ。
だからだろうか。普段は厳重に閉じ込め、押さえ込み、塞ぎ続けているその感情の蓋が僅かに緩んでしまったのだ。
簡潔に言えば――枷が外れた。
「……なぁ……抱きついてもいいか?」
「――ぇ?」
数秒の沈黙を以て、自分が何を口にしたのかを理解した。
「っ!? ぇ、ぁ……ぇ???!??」
「………………」
謝罪する寸前で、絶賛混乱中の藍夏が反射的に両手を広げていることに気がつく。
気づいたときにはもう止められない。
「…………」
思案し、思考を投げ捨てる。
――まあ、いっか。
「ひぇ――ッッッ!?」
「…………はぁ、落ち着く」
目の前の少女をむぎゅうと遠慮なく抱きしめた。互いの肩に頭を預け、互いの鼓動が聞こえるくらいに密着していると、次第に眠気が近づいてくる。俺の本能、この子のこと好きすぎない? 遺伝子レベルで刻み込まれていても驚かない自信があるよ。
そういえば、確か三十秒間ハグをすることでストレスが激減する、なんてデータがどこかの研究で確認されているのではなかっただろうか。全面的に同意していきたい。
藍夏の反応がないことを良しに延々と藍夏の身体を抱きしめ続けていると、トントンと部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「兄さん、藍夏さんが今日の夕ご飯をどうする予定なのか聞きたいんだけど――」
同時に開かれるドア。
妹の動きが硬直する。
「――――お取り込み中?」
「いーや、全然? 絶賛栄養補給中」
「…………」
「藍夏さん、死んでない?」
「可愛いよね、この虚無顔」
「……兄さん、お酒とか飲んでないよね?」
「心外だなぁ」
ちょっと脳内フィルターを外しているだけです。脊髄で会話していると言ってもいい。理性さんとか行方不明だけど、もうどうでもいいよね。やわっこいし、すべすべだし、いい匂いするし、好き。
兄と義姉(仮)がベッドの上で抱き合っている場面に遭遇した翠だったが、物の数秒で平常心を取り戻すとトコトコこちらへと近づいてくる。俺の顔を見て、眉をひそめた。
「…………兄さん、疲れてるならそう言って。一度寝た方がいいよ」
「えー」
「『えー』じゃない。頭、働いてないでしょ、その返事。藍夏さん抱き枕にしていいから」
「――はぇ?」
「なら、いいや。寝る」
「……へ!?」
翠にまさかの追い討ちをかけられた藍夏が、状況についていけずに目を回し始める。
反撃されるのも怖いし勿体無いので、容赦なく幼馴染の回復を待たずに畳み掛けてしまうことにした。
未だに腕の中であわあわしている藍夏と一緒にベッドへと倒れ込む。
そのまま至近距離で整った顔を見つめていると、羞恥心のキャパがオーバーしたらしい彼女は無理やり身体を反転させて、顔を隠してしまった。
「なら仕方ない」
「ぁ――」
これで一安心、なんて雰囲気を醸し出していたのが癪だったので頸に顔を埋めるようにして密着度を増加させると、彼女の柔らかな肢体が緊張により硬直する。
「はふぅ……落ち着く…………」
「…………も、もう、許してぇ…………」
リラックス効果は覿面だ。
張り続けていた緊張の糸が、とめどなく回り続けていた思考の回路が、晒し続けていた虚勢の仮面が、解け、緩み、外れていく。
擦り切れていた精神が確かに癒やされていくのを感じる。
「…………おやすみなさい、兄さん」
「……す、すすす、翠ちゃん、私――」
「大丈夫です、死にはしませんよ」
「ひゃい」
急速に遠のいていく意識の中で、妹が幼馴染を励ましている声が聞こえた様な気がした。




