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23 幼馴染と不幸の連鎖








「ほんっっっとに、ごめんなさいっ!!!」

「何の話???」


 事件は早朝に起こった。

 それは球技大会まで残り一週間をきったある日のこと。

 今日も今日とて素直じゃない幼馴染と登校を共にしてきた後、俺は珍しく朝練をせず教室へ居た藤堂に体育館裏へと呼び出された。

 

 そこで俺が見たのは、とても綺麗な不自然なぐらい板についた完璧な土下座だった。断じてクラスカースト頂点のイケメンが極めていていいスキルではないと思う。


「とりあえず、制服汚れるし土下座やめない?」

「…………じ、事情を説明してからでもいいですか?」

「ダメです」


 ぐぬ、と言葉に詰まった藤堂を起き上がらせて服についた汚れを払い落とす。

 母親に怒られるぞ、なんて冗談混じりに叱ってみても反応は薄い。その身体は小刻みに震えていて、かなり緊張しているようだった。

 藤堂の様子を観察しながら、今日の相談事は割と重大なものなのかもしれないと心の準備だけは整えておく。

 

「はい、それで? 急にどうしたんだよ」

「……昨日、球技大会のメンバー表が発表されたのは知ってる? トーナメント表とかも書いてあるプリントなんだけど」

「あー、直接は見てないけどあるのは知ってるな。それがどうした?」


 思い返せば、昨日の帰り際にナル先生が背面黒板に何かのプリントを貼り出していた記憶があった。藤堂たち陽キャグループがプリントを囲んで騒いでいたことは覚えているのだが、その件についての話らしい。


「えっと……少し、説明が長くなるんだけど……」

「結論から頼むわ」

「……………………すごく言いにくいけど、薄雲君の悪評がもっと酷いことになりました」

「ごめんやっぱり頭からお願い」


 頭が痛い。

 何か悪いことしたかなぁ、俺?

 そろそろ真面目に厄払いでも行った方がいいのではないだろうか。真面目にそんな考えが脳裏を過ぎる。


「…………」

「…………長くなりそうだな」

「あっ、えっと……ごめん」

「怒ってないから、そんなに謝るなって」


 どこから話そうかと考え込んでいる藤堂にポケットから取り出した鍵を見せる。

 疑問符を浮かべる彼は程なくしてその鍵に見覚えがあることに気づいたらしい


「それって……」

「多分、想像の通りだ。自販機寄って、屋上行くぞ」

「え、ちょっと授業は?」

「サボる。一限化学だし、絶望的に気分じゃねえ」

「えぇ…………ナル先生、可哀想」

「あの人に可哀想とかないから」


 多分、向こうも容赦なく欠席扱いにしてくれるだろう。後日、事情聴取を兼ねた雑用を押し付けられるとは思うが、いつものことなので気にしない。

 屋上に向かうまでの間、根が真面目な王子様は誰かに見つからないかとビクビクしていたが、屋上に到着してからは吹っ切れたような顔をしていた。


「そこまで晴れてなくてよかったな。風があるから、暑さもそれほどみたいだし」

「そうだね。丁度良い感じ……」


 大きく伸びをして、はぁ……と息を吐く藤堂がやけにイケメンに見えたので、無防備な脇腹を指で突いてやる。


「うぐぅ……な、何!?」

「いや、こいつ何やっててもイケメンなんだろうなぁって思うとイライラしまして」

「何の話?」


 フェンスに囲まれた屋上は緑も何もない殺風景な場所だった。あまりフェンスの方へと寄ると運悪く目撃されかねないため、景色を楽しむことは推奨されない。ある一つの場所は、だが。


「……さて、同伴がお前なら上でもいいか」

「上って……まさか、給水塔?」

「いぐざくとりー。これなら、万が一誰かが屋上に上がってきても見つからないしな」


 屋上の出入り口の上には給水塔が設置されていた。上半分しか存在しない梯子のようなものが付いているのだが、それなりに運動ができる高校生なら問題なく登ることができる。


「よいしょっと」


 軽く助走をつけてから跳躍。壁を蹴り上げつつ、梯子を掴み、給水塔の設置されている高台まで身体を引き上げる。給水塔の占める面積を除いて、三、四人程度は座ることができるスペースがそこにはあった。


「なんか手慣れてない?」

「…………一年の頃に何度かね。まあ、常識の範囲内でサボってたわ」

「僕の常識の中に授業のサボりは無いんだけど」

「誤差だ、誤差」

「誤差かなぁ……?」


 曖昧な表情のままだった藤堂だが、特に苦労することもなく俺の後に続いて給水塔の近くまで上がってきた。周りの景色を見渡して、感嘆の息をもらすイケメンの横顔を眺めながら、缶コーヒーのプルタブを引き起こす。プシュと空気の流れる音が聞こえた。

 それからしばらくの間、程良い風を感じながら俺たちは無言で景色を楽しんでいた。


 授業の開始を告げる鐘の音が鳴る。


「…………多分、薄雲君に謝らないといけないことはいっぱいあると思うんだ。今回のことも、それ以外のことも」


 口を開いたのは藤堂が先だった。

 何かを示し合わせたわけではなかったが、鐘の音を合図に彼はゆっくりと語り始める。


「だから、少しだけ長い話になると思う。全てを順序立てて話せるほど器用でもないから、聞き苦しい退屈な話にもなると思う。それでもいいかな?」

「……いいよ。幸い、授業一本分ぐらいなら暇だからな」

「うん、ありがとう」


 息を呑み、そして吐き出す。

 藤堂は一度ギュッと瞼を強く下ろしてから、覚悟を決めたように目を開けた。


「――僕は、皆に嫌われるのが怖かった。だから、いつも流されるまま生きてきた。少し前まで、僕はただの引きこもりだったから……集団行動なんて、苦手も苦手な方だった」


 下手な野次もシリアスな空気を茶化すような返しも、今は我慢して彼の独白を聞き届けようと思った。


「……お似合いだとか、お前しかいない、とか。少しも共感できないようなそんな言葉を平気な顔で聞き流してきた。不釣り合いだとか、ストーカーだ、なんて君へのふざけた認識を変えることができなかった」

「………………まあ、普通はそんなもんだろ。真面目に考え過ぎても損するだけじゃないか?」


 確かにそうかもね、と彼は表情を緩める。

 そして、真っ直ぐな瞳で俺を見た。


「けど、薄雲君ならそれを見過ごさない……否定するのはわかっているから、自分勝手に伝えるよ。少なくとも僕の目には、君はそういう人だって映ってる」

「……随分と買い被ってくれるな。何なの、お前俺のこと好きなの?」

「えっと……好きか嫌いかなら好き寄りかな?」

「平然と恥ずかしいこと言うのやめい」


 咄嗟に出た軽口に藤堂が真面目な顔で返答してくるため、少々面食らってしまった。

 

「今みたいに褒め言葉を素直に受け取らない所とか、すごく薄雲君らしいと思うよ」

「褒めてんのか、それ……? というか、俺のこと観察し過ぎでしょ」


 まだ、知り合って数ヶ月。

 遠足の班で一緒にならなければ、話すらしていなかったというのに。


「…………引け目をね、感じていたんだ」

「……」

「君のことが怖かった。耳にした噂を鵜呑みにしていた時期もあったんだ。火のない場所に、なんて言葉もあるからさ」


 彼に怖がられていることは知っていた。

 それがきっと、彼女に関係があることだということも。


「僕にも薄雲君にとっての宮城さんみたいな長い付き合いの友人が居てね……ウジウジ悩んでいる時はいつも背中を押してくれるんだ。その人は『少なくとも自分の目で見たことだけは何があっても嘘じゃないでしょ』って、そんな当たり前のことを教えてくれた」


 友人のことを話す彼の表情は、随分と柔らかなものになっている。

 目は合ったままだ。

 これが藤堂の本心からの言葉なのだと疑う余地はない。その確信を抱くほど、彼の瞳には強烈な意思の輝きが宿っていた。


「――ずっと、一年生の頃から君のことを見ていた。その評判が、噂が、本当のことなのかわからなかったから。けど、その真偽を見極めるまでに時間はさほどかからなかった。すぐにわかったんだ。薄雲君のことを悪く言う人がどうしているのかわからないぐらい、君はカッコいい人だった」


 「だからこそ」と続けて。


「僕は謝らないといけない。薄雲君を……宮城さんを、君の大切な人を守ることができなかった。本当にごめんなさい」


 頭を下げた藤堂に、俺は何と声をかけるのが正解なのだろうか。気にするなと口にするのは簡単でも、たったその一言で俺は本当に彼の言葉に向き合ったと言えるのだろうか。


「君がいい人だったから、余計に申し訳なくなった。その優しさに甘えていた癖に、その優しさすら信じきれなくて……いつか君の口から『どうして皆を咎めないのか』と追求されることを恐れていたんだ」


 懺悔にも似た告白に。

 「顔を上げてくれ」と頼んでから、ふと浮かび上がった一つの疑問を口にする。


「…………何で、今日だったんだ? それを伝えるのは、お前にとって恐怖でしかないはずだ。背景がどうであれ遠足で同じ班になったお前は、俺と悪くない関係を築けた…………なら藤堂が自分を追い込む理由はない。それだけ観察していたなら、今更俺がお前を責めたりしないことだってわかってんだろ?」


 ややしばらくの沈黙。

 藤堂はなんだかきまりの悪そうな顔をして、僅かに目線を逸らした。


「……………………それが、その…………今回の土下座の件につながるわけでございまして…………ここからが本題なんだけど、いい?」


 前置きが長いよと呆れながらも、張り詰めていた緊張の糸がちょっとは弛んだような気がして、思わず小さな笑みを浮かべる。

 つられて破顔し、微笑みを浮かべた藤堂は努めて気楽な態度を保ったまま口を開く。


「…………自分の力でどうにかできないかって頑張ってみたけどなぁ…………ダメだったよ」

「……」

「やっぱり、人間関係って難しいね。サッカーに逃げ続けてきたツケってことかな? 慣れないことはするものじゃないな」


 とうとうと彼は自身の失敗について話し始める。

 そんな藤堂の姿を見て、自分の中で漠然と、コイツと友だちになりたいなというこれまでの人生で数度あったかないかの衝動が湧き上がって来るのを感じていた。




 ✳︎




 




「噂のことを宮城さんが否定してくれたとき……情けないことに、僕はホッとしたんだ。これで変に勘繰られることはなくなるはずだってね。だけど、そうはならなかった」


「…………気づいたときには、僕の想い人が宮城さんだっていう認識が皆の中にあったみたいなんだ。『サッカーに集中したいから色恋沙汰には興味がない』って何度も説明したんだけど、気づいた頃には『球技大会で結果を出してから告白する』なんて話が出回るようになっていた。どんな解釈の仕方だよって思ったよ。本当に頭が痛くてしょうがなかった」


「周りの人たちに訂正をし続けることで収拾がつけばよかったんだけど……学年も違う部活の後輩に『告白するって本当ですか?』なんて聞かれたときにもう引き返せないことを悟ったよ」


 相槌を打ち、表情を変え、時折、話の詳細を聞きながら落ち着いたペースで話ができるように続きを促していく。

 感情を言葉の形に移すことの難しさをあの子の幼馴染である俺がわからないはずがない。

 こちらが気を遣っていることに気がついたのか、藤堂は少し恥ずかしそうにしながらも冷静に説明を続けていく。


「新しい噂を取り消すことは難しい。かと言って、友達の想い人に嘘だとしても告白なんてしたくない。そもそも、告白なんて本当に好きな相手以外にするものじゃないでしょ?」


 噂の収束について、藤堂が協力する必要はない。そういう意味合いの話を以前、彼を校舎裏へと呼びつけた際にした。

 噂に巻き込まれたという点では藤堂も幼馴染様と何ら変わりのない被害者だ。彼に何かを要求するのは間違っていると思ったからだ。


 本人は噂はデマであり、俺がストーカーなどではないことを声高々に宣言することを理想と考えていたようだが、それをするほどの勇気がなかったとのこと。どうやらそれを深く後悔していたみたいだが、仕方のないことだと思う。引きこもっていた時期もあるぐらいの陰の者に集団に逆らえというのは流石に酷だ。


「…………正直言って後のことは何も考えてなかった。でも、何もしないまま流されていくのは嘘だと思うから」


 悪戯を仕掛けた子供のように、或いは緊張から解放された演者のように。

 にへらと、気が抜けるような笑みを浮かべて彼は言う。


「――名前を書き直したんだ。だから、今日から僕は卓球の練習を始めないといけない」


 何気ない一言のように語られた彼の小さな抵抗の内容を聞いて唖然とした。

 同時に思い出したのは、先日、放課後の教室で藤堂と会話をしたときのこと。どことなく不審な動きをしていた理由は、球技大会のメンバー表を改竄していたからだったらしい。


「…………ん? ちょっと待ってくれ」

「えっと、何?」


 思考を回す。

 藤堂が取った行動は時間稼ぎとして十分な役割を果たすはずだ。メンバー表の異変に気づかれても、伝達ミスか何かがあったのだと誤魔化して仕舞えば大事にはなることはない。


「…………ダメだ、わからん。何でその話が俺の悪評が増えた話に繋がる?」


 感謝されこそすれ、謝罪をするような行動を藤堂は取っていないように思う。

 最初の土下座は何だったんだ? とそう問えば、彼はついと目を逸らす。

 辛抱強くその整った横顔を凝視していると、彼は顔をひきつらせながらその答えを口にした。


「……め、メンバー表をさ……その……持って行ったのって、誰か覚えてる?」

「んなもん、俺以外にいないだろ。体育教官室に行くのがどれだけ苦痛だったかわか――あ? ちょっと、待て…………()()()()()()か?」


 気づく。気づいてしまう。

 自身のツキのなさにほとほと呆れてしまう。


「それ、俺が改竄したことになってんか?」

「…………ごめん」


 こうして俺は、遂に学年トップの美少女の暫定ストーカーという立場に加えて、学年トップのイケメンに嫌がらせをするクソ野郎という立場を手に入れたのである。


 やったね!

 ……正直言って今より下がることはないだろうと高を括ってたよ。現実を思い知らせてくれてありがとう。


 思わず、空を仰いだ。

 深い深い息を吐く。


 そろそろ神様相手にキレてもいい頃合いだと思うんだけど、どうかなぁ? ダメ?







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