22 部活と幼馴染
更新にかなりの間が空いてしまい、申し訳ないです。
消して書いての繰り返しでスランプ気味ですが、少しづつ更新していきます。
「……私、家庭部ってもっと適当な活動しかしていないと思っていました」
「あはは、私も入学してすぐの頃は同じこと考えてたなぁ」
頭を落としたアジを片手に、私のことを先輩と慕ってくる稀有な少女はそう言った。
身につけているのはシンプルな黒エプロン。ふわふわとした長髪を一つに結い上げたその少女の姿は、何故か妙に堂に入っているように見えた。
それなりに遊んでいるようにも見える風貌の少女だが、落ち着いた声音と程よく崩した丁寧な言葉遣いが派手な見た目から来る近寄り難さを掻き消していた。狙って行っているなら感服モノであり、天然ならば才能だ。
「でも、月見さんは凄いよ。知らないこともすぐに出来るようになるし、要領がいいのは羨ましいな」
「いえいえ、これは器用貧乏って言うんですよ。それに先輩の教え方が上手だから、私なんかでも上達できるんです」
アジの腹へと包丁の刃を入れる。
内臓の処理の方法及び、魚を三枚に下ろす方法を学んだのは確か去年の今頃だっただろうか。おっかなびっくりやった結果、悲惨な出来になってしまったことについては思い出したくない。
あれから一年。
家での花嫁修――料理練習を経て、魚を前にしても変に身構えることがなくなる程度の腕前にはなることができていた。
月見さんと私が呼んだ後輩は、物珍しそうな目で私の動きを観察する。それから目を閉じて、二、三度頷きを繰り返した後に文句なしの手つきで包丁を扱い始めた。
残酷なまでの才能の差をまざまざと見せつけられたわけなのだが、無邪気な笑みで「出来ました!」なんて報告されたら「よく出来たね」と頭を撫でてあげる他にない。まったく可愛い後輩であった。
「宮城さんと月見さんのペアは順調に進んでいるようですね。素晴らしい」
「そう言って貰えると嬉しいです。ありがとうございます」
途中、家庭部の顧問であるおばあちゃん先生にお褒めの言葉を頂き、調理を進める。
家庭科室には私たちの他にも十数人ほどの生徒たちの姿があった。彼ら彼女らの元を順繰りに訪れては問題がないかを確かめていく顧問の後ろ姿を僅かな間、目で追った。
「先輩?」
「……ん、少しぼうっとしてた。ごめんね」
家庭部の活動内容は基本的に先輩と後輩でペアを組み、ペアで協力しながら顧問の指導のもと料理を作るというものだ。
積極的に交友関係を広げるようなタイプではない私が学年違いの友人を得ることになった理由の全てがこの方針にある。
ふと、思考が横筋の方へ傾いた。
友人を増やし、日常を豊かにする。
それはきっと、ごく一般的な青春の形の一つなのだろう。ここに一切の文句はない。
上機嫌なまま作業を続けている月見さんを眺めながら、そんなことを考える。
そんな青春は、眩しく尊く素晴らしいものだとそう思う。
けれど、羨ましいとは感じなかった。
私にとって何よりも優先したいことは、最近、妙に悪目立ちしているあのおバカさんに真っ直ぐ向き合うことなのだ。
それ以外の全てを些事だと断じてしまうのは、いささか頑固が過ぎるかもしれないけれど。
「うぇ……!? せ、せんぱーい、トマト缶暴発しました〜」
そのとき、月見さんの呻き声が聞こえて意識を今に戻した。
「……あ、ほんとだ。結構派手にやったね……制服とか大丈夫そう?」
「…………ちょっとまだわかんないです」
目を離していた隙に、彼女はトマト缶の開蓋に失敗してしまったようだ。
どうやらプルタブを引く力加減を間違えたらしく、エプロンはもちろん彼女の顔にまで赤の飛沫が飛び散ってしまっている。救いがあるとすれば、パッと見た感じでは制服に被害が及んでいなさそうなところくらいか。
「ジャージとか持ってる? 念の為、着替えてきても大丈夫だよ?」
「ぅぅ……じゃあ、一回お手洗いで制服の確認してきます! 問題なかったら、このまま続けちゃいましょう!」
「うん。わかった」
わかりやすくへこんだ様子を見せる月見さんを微笑ましく思う。ついでに、これだけ素直に感情表現ができる彼女のことを少し羨ましいと感じた。
ちらちらと私の様子を伺っていた彼女に「待ってるよ」と声をかければ「行ってきます!」と元気な返事がもどってきた。その反応に子犬みたいだなと思ってしまうのは失礼だろうか。
一人きりになったところで時計を見る。
周囲のペアがどの程度の調理工程にいるのかをさりげなく確認してから、ゆっくり調理を続けることを決める。
今更の紹介だが、作っているメインの料理はアジのトマト煮だ。因みに作る料理はおばあちゃん先生が気まぐれで決めている。割と好き嫌いが分かれそうな料理だよなぁ、なんて思ったのはここだけの話だ。
「……あれ、藍夏ちゃんってばお一人様? ペアの子、さっきまで居たよね?」
「百瀬さん……月見さんなら少し席を外しているだけだよ。どうかしたの?」
そんなこんなで一人作業を進める私に声をかけてきたのは、同じクラスの女子生徒――百瀬あずきだった。
女子の中では比較的身長が高い方の彼女には腰にまでかかりそうなほどの黒髪が良く映えていた。(現在は衛生上の都合で一つに結われているが)
姿勢の良さ、肉づきの良さも相まって、そのプロポーションは女性である私から見ても羨ましいと思いそうになるぐらいだ。
その外見からクラスでも多くの人の目を引く彼女だが、私との関わりはほとんどと言っていいほどになかった。クラス内で所属しているグループが全く違うのだ。私は基本的に女子だけで雑談なんかをしているようなグループにいることが多いが、彼女は藤堂くんが所属しているような男女問わずの陽キャ集団に身を置いている。
部活が同じなら話をする機会など幾らでもあるのではないか、なんて疑問も浮かぶかもしれない。
勿論、そうならなかったことにも理由がある。前提として家庭部の活動がそれほど活発ではないことがあり、その上で彼女はサッカー部のマネージャーを兼任しているのだ。家庭部の活動に参加することが稀な以上、接点がなくなるのも必然といえようり
決して、私にコミュ力がないからというわけではない。断じてそんなことはないのだ。
「もー、相変わらずかったいなぁ、藍夏ちゃん。流石は『女神様』ってわけ?」
「……そんな大層なことはしてないけどね」
「ふーん? ま、なんでもいーけどね」
私の対応がどことなく冷たいように感じたとしたら、それは気のせいではない。
私は『女神様』と呼ばれるのが好きではないのだ。あと、突然話しかけられると普通に困惑する。
やや警戒心を強めながら笑顔を一層深くして、私は再び要件を尋ねる。
「……それで、何か私に用事でもあったの?」
「……用事といえば、用事か。あのさ、藍夏ちゃん、今日の朝、教室で颯君とは付き合ってないって言ってたよね?」
何かと思えば、本日、私が校内に出回っていた噂のことを事実無根のデマだと断じたことについてのお話だったようだ。
もう終わったことだとばかり思っていたのだが、この先、この話が変に拗れても面倒臭い。今のうちにハッキリと否定しておかないと。
「……そうだね。藤堂くんは良い人だとは思うけど、付き合ってないし、これから付き合う気もないよ」
何故か本人だけは自覚していないが藤堂くんは顔も性格も良いかなり人気の高い優良物件だ。
人によっては反感を買ってしまう可能性のある失礼な物言いだったかもしれないが、今後を思えば明言してしまうのが一番良い。大丈夫だ。きっと声は震えていないはずだ。
「…………そ、そうなんだ」
恐らく百瀬さんもその優良物件を狙う一人に違いない。私の意思表明で少しでもその競争率が下がることを彼女は喜んでくれるはずだ。
私は今も昔もこの先も紅夜君一筋なので、是非とも自由に頑張って頂きたい。
返事を聞いた百瀬さんはよかったと言わんばかりに安堵の息を……安堵の息を……いや、何故か凄い勢いで目を泳がせている。
「……えっと、何か問題でもあるのかな?」
嫌な予感がする。
とてもとても嫌な予感がする。
こういうときの私の勘は残念なことに良く当たるのだ。ごく僅かな可能性にかけて、百瀬さんに話の続きを促した。
目を逸らしながら、彼女は口を開いた。
「……颯君、球技大会でMVPを取ったら藍華ちゃんに告白するようにって焚き付けられてたんだよね…………クラスの皆に」
……ちょっと意思薄弱過ぎないかなぁ、あのイケメン君。
本当に何をやっているのだろう?
「…………ちょっと、あんこちゃん? いつまで散歩してるの!」
「もう行く! あと、あんこ言うな!」
「えー、美味しそうなのに」
「全然、嬉しくないからそれ!」
そういえば話に夢中になっていたが、私たち調理中だった。忘れていたと視線を手元のフライパンへ落としたが、そこには完成形に近づきつつあるアジのトマト煮の姿があった。どうやら私は無意識の内に調理を続けていたらしい。なんなら無意識のまま動き続けた結果、どのペアよりも早く完成しそうな勢いである。母親仕込みの花嫁修行の成果だろう。
結果、月見さんを待ちながらのんびり調理する予定が完全に崩れてしまったわけなのだが、これどうしよう。
「……じゃ、そういうことで…………一回、考えて直して上げたらどう? って、だけ。もう私もペアのとこ戻るから」
「…………わ、わかった」
彼女の口振り的には私と藤堂君が恋人関係になることを望んでいるように聞こえる。億が一にも存在しないが、仮にそれが実現したとして百瀬さんに何のメリットがあるのだろうか。少しの間、考えてみたが結局わからなかった。
正直、藤堂くんと付き合うつもりがないことを考え直せと言われても、ため息を吐く他にない。そもそも藤堂くんって私に恋愛感情とか一切抱いていないと思うんだよね。親愛度で言えば、サッカーボールにすら負けていそうなレベルだ。
全く、本当にどうしてこのような状況に陥っているのかが不思議で仕方ない。
彼に相談した方が良いだろうか?
脳裏を過ぎたその思考。
少し迷ったが、まだもう少しだけ自分で抱えてみようという結論に落ち着いた。
無理のない範囲まで頑張って、本当に困ったときに助けを求めることにしよう。それを情けないと思うことはあれど、迷惑をかけて後悔することはない。困った時に助けを求めないことは、私の助けに応えたいと思ってくれている彼の想いに失礼だと思うからだ。
「…………それにしても月見さん遅いなぁ」
「――実はさっきから先輩の真後ろに陣取っていてみたり?」
「ひゃうっ!」
ふぅ、と耳元に息をかけられ、つい声が漏れた。勢いよく振り向くとジャージ姿になった後輩が、してやったりという顔で笑っている。
「もう月見さん、驚かせないでよ……結局、着替えたんだね」
「残念ながら被害甚大でした。もー、全く汚れが落ちなくて大変でしたよ。テンション下げ下げです。まぁ、先輩の可愛い悲鳴を聞けたのでその分だと思っておきます」
「それは忘れて欲しいかなぁ」
嫌です! と満面の笑みで言う後輩に、甘え上手な子だなぁ、なんて年寄り臭い考えを浮かべながらガスコンロの火を止める。
「はい、完成。盛り付けよろしくね?」
「ゔぇっ、早くないですか!? 私何もしてないんですけど!」
ちょっとした意趣返し、ということにして貰おう。何も考えずに調理を進めてしまったという事実には気づかないことを祈ることにする。
「酷いですよ、先輩〜」
「ごめんごめん、ついうっかりね」
「くぅ、無駄にハイスペックなんですからー!」
「あれ? もしかして、褒められてる?」
「あ、もうバレちゃいました」
うっかりうっかり、とわざとらしく戯けてみせる月見さん。本当に可愛い後輩だな、としみじみと思っていたときに――悪寒を覚えた。
ぶつかった視線が、私を真っ直ぐに見るその目が、笑っていないような気がした。
「……そういえば、ですけど。さっき、あの人に何を聞かれていたんですか?」
「…………えっと、別に大したことじゃないよ。うん、本当に」
「そうですか? なんだか困っているように見えましたよー?」
ニコニコしながらも、どこか底知れなさを感じさせる雰囲気をまとう月見さんには、つい先程までの可愛らしい後輩としての面影が見られなかった。
何とも言えぬ圧力を感じて、一歩分後ずさる。感覚としては幼馴染についた嘘を誤魔化そうとしているときとよく似ていた。因みに、隠し切れたことはほぼない。
「んー……まぁ、大丈夫ならいいんです。けど、何かあったら言ってくださいね?」
数秒ほど、じぃと見られたが私が何も言わない姿勢を見せると月見さんは少し不服そうにしながらも引き下がってくれた。
「さてっ、じゃあ盛り付けちゃいますよ……って、いつの間にかサラダとかも仕上がってる!?」
「あれ、本当だ?」
「無意識だったんですね……!?」
気がつけば、月見さんの雰囲気はいつも通りの人懐っこい明るいものに戻っていた。
緊張の糸が切れる。
鼻歌を歌いながら盛り付けを行なっている後輩の姿を視界の真ん中に捉えながら、私は深く息を吐くのだった。




