20 幼馴染と対応策
私用&遅筆で遅くなりましたが、もう一話仕上げたので何卒お許しくださいませ。
「さて、弁解を聞こうか?」
「お願いだから一度落ち着いて話を聞いて欲しい」
藤堂と藍夏が付き合っているという衝撃的な噂が出回っていることを知った翌日の朝。
俺は早速、サッカーの朝練を自主的に行なっていた勤勉な藤堂さんをグラウンドから校舎裏へと拉致することにした。
俺の顔を見た瞬間、表情を完璧に硬直させた藤堂は自分が何故、俺に連れ出されるのか心当たりがあったらしい。話が早くて非常に助かる。
「いや、別に怒っているわけじゃないんだよ」
「もう怒ってるよね、それ」
「まさか、そんなまさか……あははは」
「否定してるようで否定してない……!」
辺りに人の気配はない。
つまりそれは、俺が何をしても藤堂が言わなければバレることがないことを意味している。
「そんなに怯えなくていいんだぞ?」
「顔が怖い」
「……や、ほんと怒ってはないのよ。うん、紅夜君、嘘つかない」
「…………本当か?」
「ごめん、ちょっと苛々はしてる」
「やっぱ怖いんだけど!?」
ぴぃ、と悲鳴を上げる藤堂に『王子様』としての威厳は一切なかった。
遠足で少しは縮まった気がした心の距離がどんどん開いていくのを感じます……あまり、ふざけていないで本題に入るか。
「ま、苛ついてるのはお前に対してじゃないから、そこは勘違いすんなよ。仮に、噂がデマじゃなくてもそこは変わらねーし」
「…………噂が、デマじゃなくても?」
「おう。お前が誰と付き合おうが自由だろ。アイツだってそうだ。別に誰とも付き合ってないんだからな」
「……………………少し、意外だな」
目を丸くする藤堂。
その反応は予想できていた。
「アイツが自分の意思で選んだ相手なら、俺は納得する。本心から諦められるかは兎も角、文句はつけない…………俺はな、あの子の選択肢を縛ったりしたくないんだよ」
「…………時々、薄雲君と話していると君が同級生だってことを忘れそうになるね」
「老けてるって言いたいのか? それとも幼稚って思ったのか? どっちにしろ、喧嘩なら買うぞ」
「やっぱ普段より沸点低くなってない!?」
それは否定しません。
理性の話と感情の話はまた別なのよ。
わたわたと表情の変化に忙しい藤堂には悪いが、あまり長い時間彼を拘束するのは外聞的によろしくないだろう。噂のことを考えると尚更だ。
「さっさと本題に入るとするか。あの噂、原因に心当たりはあるか?」
「ないよ。全くない。断言してもいい」
「そっか。わかった」
だろうな、と思いながらも一安心。
ここで交際宣言なんかされた場合、いよいよ俺の脳破壊待ったなしであった。
「……………自分で言って何だけど、信じるの早くない?」
「お前、嘘つけるほど器用な性格してないだろ」
「それは……そうかもだけど」
藤堂が複雑そうな顔をするのを横目に、これからの対応について考える。
事前に幾つかプランは練ってきたのだが、どうしたものだろうか。
「…………致し方なし、か。」
「薄雲君?」
「いや、何でもねー。ちょっと自分の性格が悪過ぎて、自己嫌悪してたとこ」
「…………? そんなことないと思うけど」
そんな純粋な目でフォローされると落ち着かない。女子が偶にやってる可愛いの譲り合いみたいな絵面になっていそうだと気づいた瞬間、身震いした。
「なぁ、藤堂……わかったら、でいい。この噂をばら撒いてるのが誰かわかったら、こっそり教えくれないか?」
「……わかった。任せて」
「自分から探らなくていいからな。そういうの絶対、苦手だろうし……あ、あと、噂を止めようとしなくていい。誰かに直接聞かれた時だけ、正直に答えて否定してくれ」
「止めなくていいの?」
「うん、問題ない」
疑問符を浮かべる藤堂。
その目が何かを訴えているように見えて、どうしたんだと視線を返した。
「……いや、その…………宮城さんは、どう思っているのかなって」
「…………あー、なるほど。まあ、そんなに気にしてないと思うけど。本当に困ってる時は俺がわかるから、心配しなくてもいいぞ」
「流石過ぎて言うことがないね…………あ、そうだ。これは今回の件に関係ないんだけど、幼馴染と上手く付き合うコツとかってある?」
話題の飛び方が凄いな。いや、俺と藍華から連想したなら、言うほど離れてはいないのか?
「何だその質問…………んー、コツか、コツなぁ……一概にどうした方がいい、とかはないと思うぞ、人間だし。そんな万人に通じる画期的な方法があるなら、俺が教えて欲しいぐらいだ」
「そっか。そうだよね。変なこと聞いてごめん…………コホンッ、そ、それじゃ、僕はそろそろ朝練の方に戻ろうかなって思うんだけど」
「……? わかった。悪かったな、練習中に」
「ううん、気にしないでいいよ。僕が好きでやってるだけだから」
照れ臭そうに笑う金髪王子様の爽やか度が凄い。こいつ、サッカー関係の時だけは本当にカッコいいな。直前まで挙動不審なコミュ障みたいな動きしてたのが嘘みたいだ。
また教室で、とグラウンドへ向かっていた藤堂の後ろ姿を眺めつつ、のんびりと頭を働かせる。
「……今は特に、やることはない…………よな……?」
確かめるように口に出し、一度頷く。
そのとき、スマホのバイブレーションがメッセージの着信を伝えた。
アプリを開いて、その旨を確認する。
『今日、昼一緒』
短文ながら中々の破壊力を持つメッセージを見て悶えそうになるのを必死で堪えたのは言うまでもない。
……校舎裏でそんなことしてたら完全に不審者だからね! いや、どこでやるかは多分関係ないけどさ。
✳︎
昼休み。
もはや借りっぱなしになっている屋上の鍵を利用し、やってきた安住の地。
日差しが強いので陰になっている場所へと座り込む――幼馴染と俺。
「……………………」
「………………………………え、二人きり?」
沈黙に耐えられずにそう聞くと、彼女はコクリと頷きを返す。てっきり涼風がついてくるものだとばかりに思っていた。どうしよう、当たり前のように佐竹へ屋上で昼食をとることを伝えてしまった。
一応、訂正の連絡を入れておこう。こっち来んなメガネ、っと。暴言でしかないのだが、嬉しそうな顔をしたクマが『了解』とサムズアップしているスタンプを送り返してきたので気にしない。さてはドMだな。知ってたけど。
「……で、今日はどした」
「……………………朝、なんで先に?」
「あー、ちょっと委員会の仕事を頼まれてな」
「…………そう」
全く信じていなさそうな幼馴染様からの視線が痛いです。何で貴女、こういうときは妙に鋭いんですかねぇ。
朝、というのは俺が藤堂と話をするために彼女よりも早く登校した件についての話だ。個人的な考えを押し付けている自覚はあるが、人間関係のゴタゴタなんかを彼女に触れさせたくなかった、というのが独断専行した主な理由。
沈黙を挟んだ。
側から見たら、相当静かなお昼休憩に見えるだろう。校舎内から伝わるざわめきと風の音だけがその場に残り、不規則に静寂を交えながら、断続的に会話は続く。
会話の内容はどれも特に大した意味を持たないようなものばかりだ。
授業、部活、家族、友人なんかに関する他愛もない話に一区切りをつけるように、藍夏は深く呼吸をする。
「………あの………薄雲…………何か、手伝うことは、ある?」
彼女はきっと俺の回答に予想がついているのだろう。その予想を裏切ることなく、俺は首を横に振る。
「…………そっか」
ため息。
その裏には隠しきれない苦悩が滲んでいる。
けれど、選択を間違えたとは思わなかった。
これは俺の我儘だ。
「……ただ、アレだ。お前が元気に楽しそうに笑っていてくれれば、文句の一つもない。ついでに髪なんかを弄って貰えたら、最高だな」
「…………考えとく」
「おう」
この件についての話はおしまい。
そんなことを言いたげな俺の雰囲気を感じ取った幼馴染様は、少し照れながらも不服そうにしていた。
彼女へ申し訳ない、と感じつつも自分の意見を曲げようという考えが浮かんでこないのは、俺が頑固な性格をしているからなのだろう。
お世辞にも広いとは言えない日陰の中、肩が触れるか触れないかの距離を保ったまま、空を見る。
「…………今日は、暑いね」
「そーだな……中に戻るか?」
同じように空を眺めていた彼女が目を細めた。
「…………もう少し、ここにいる」
「……水分は摂れよ」
「…………わかってる」
そっぽを向いた藍華としばしの間、無言の時間を共有する。結局、それ以上の会話は生まれなかったが、俺たちは昼休みが終わるギリギリの時間まで屋上で時を過ごしていた。
✳︎
「…………で、どうして私が貴方と食事をしないといけないわけ?」
「つれないなぁ。いいじゃねーか、余りもの同士仲良くしようぜー」
「勝手にグループに組み込まれた挙句、余った人扱いをされるのは不本意なのだけど」
その日、涼風美鈴は食堂にて、胡散臭い笑顔を顔面に貼り付けた眼鏡男子と相席するという不幸に見舞われていた。
「貴方と私に何の接点が?」
「あれ、もしかして遠足で同じ班になったこと、忘れられてます?」
「……………………はぁ」
健康な高校生たちでごった返すお昼時の食堂は喧騒に包まれている。
根本的な人の多さが気にはなれども、クラス内に比べて涼風へ向けられる注目度は非常に低い。不躾な視線を疎む涼風は基本的に食堂で昼食を摂ることが多かった。堂々たるぼっち飯である。本人は一切気にしていないが。
黙っていればただの美少女。
裏ではそう評されることも少なくない涼風が一人で食事をしているのを見て、接触を試みる者は少なくない。だが、その全てを無視し続けてきたのが彼女だった。
とはいえ、最近できた友人の親友を自称する者を無視するのは流石の涼風もどうかと思うのである。
「…………で、何の用?」
「……ふむ、何の用……何の用、と来ましたか」
目線を投げることもなく返した言葉。
大袈裟に云々と頷きを繰り返したのちに、佐竹和馬は不敵に笑う。
瞬間、軽薄でおちゃらけで道化じみた気配を漂わせていたその男の雰囲気が豹変した。
「用ならある。質問をしたいのはこっちの方だ。いい加減、もういいだろ…………お前、俺の何が気になって班員なんかになったんだ?」
「――――そう。貴方、やっと私と会話をする気になったのね」
幼馴染バカップル(仮)の親友。
お互いの立ち位置は同じだ。片方は自称で、もう片方は相手側が自称している状態である、という補足はつくが。
賑やかで、和やかで、平和な食堂の日常風景。その片隅で。
この場に全くそぐわない、強烈な意志のこもった二つの視線が真正面からぶつかった。
日々、お気に入り数や評価が増えるのを見てニヤニヤしております。承認欲求に成り果てそうで怖いですが。
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