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19 幼馴染と委員長








「おーい! そっちボール行ったぞー!」

「任せろって! ――あ、やべ、トラップミスった」

「大丈夫、カバー入るよ」

「サンキュー、藤堂! 男前!」


 炎天下、白野兎高校ご自慢の人工芝グラウンドにて、サッカーボールを追いかけ回す同級生たちをコート外の日陰から眺めていた。

 普段は鬱陶しいくらいに隣にいるメガネは現在、コート内で上手にサボっている最中である。

 水筒に口をつけ、喉の渇きを潤す。

 忌々しい暑さも麦茶が美味しくなる一因だと思えば少しばかり免罪の余地があるような気がする。許す気はないが。

 カランコロンと水筒の中の氷が涼やかな音を立てる。

 風鈴然り、せせらぎの音然り、日本人は音で涼しさを感じることのできる稀有な人種なのだという話は聞いたことがある人も多いだろう。確か風鈴に関しては風が吹いているという記憶を想起させるから、なんて理由だったか。

 精神論も中々バカにできない、と考えている間にホイッスルの音が鳴る。


「交代だ! 次のチームはコートに入れー!」


 体育教師の元気な声かけに従い、休憩時間を過ごしていた生徒たちはのそのそと日陰を離れ始める。若さなど一切感じさせない生気のない足取りである。

 まあ、かく言う俺もそのゾンビ擬きの集団の一人であるのだが。


「…………あっつ」


 これで梅雨前とか舐めてんだろ、そんな文句を誰に言うまでもなく溢しつつ、大人しくコートの隅に移動する。

 生憎と無邪気にボールを追いかけて楽しめるような可愛らしい性格はしていない。

 邪魔にならない程度に適当に動いていれば、勝手に時間は過ぎていくはずだ。


 キックオフを告げるホイッスルが鳴った。

 やがて少しずつ、コート内が騒がしくなっていく。

 ゾンビ集団だとはいえ、試合が始まってしまえばなんだかんだで盛り上がることができる彼らを見ながら「若いなぁ」なんて独りごちたのは内緒の話。老けてるみたいで嫌なので。

 

 さてはて。

 校外研修こと遠足が終わり、早二週間。


「怪我しない程度に気合い入れてけよー! 球技大会までもう一ヶ月もないんだからなー!」


 青空の下、響き渡った教師の激励に「少しは休ませてくれ」と切に願った。



 ✳︎



 白野兎高校は学校行事に力を入れている高校である、という話は何度かしたことがあると思う。

 そこを最大のウリにして学力等に固執することなく幅広く生徒を受け入れている高校だ、とこれだけ聞けば生徒思いの素晴らしい高校のように聞こえる本校なのだが、逆に言えばそれ以外の強みはかなり薄い学校であるというのが長年の悩みの種であった。


 有名な大学を目指したい人たちのために、と作られた特進クラスは存在するのだが、あそこは天才及び変人の巣窟みたいな魔境になっているらしいので逆に人が集まらないことで有名である。加減を知らねーのか、この学校。

 ……まあ、それに関しては例外も例外のため、今の話からは除外させてもらう。


 つまり、学校行事が賑やかなため学費が特別に安いわけではなく、専門系の高校ではないため資格を得られるわけでもない微妙なレベルの普通科高校というのが白野兎高校の立ち位置であったのだ。

 結果、高校生活を楽しめる可能性がある、というメリットのみで生徒を集め続けなくてはならないことになるのだが、流石に学校側も将来的に厳しいと考えたらしい。

 近年になって白野兎高校は新たな取り組みを行い始めており、それが部活動の活性化――つまりは、サッカー部を中心とした運動部の活動支援であった。

 指導者を雇い、有望な中学生へ勧誘を行い、練習環境の充実として人工芝のグラウンドを用意した……ほんとに加減を知らねーのな、この学校。

 そうして力を入れた甲斐もあり、白野兎高校のサッカー部は徐々に結果を出し始め、県内での知名度も中々のものになっていったのである。


 これが俺たちが入学する数年前の話。

 長々とどうでもいい白野兎高校の歴史なんてものを話してきたのには、当然、幾つかの理由があった。


 まず一つ。

 学校行事に力を入れていた高校がサッカー部の支援に力を入れ始めた結果、何が起こるのかを考えてみてほしい。

 答えは球技大会の規模がドン引きするぐらいに大きくなる、だった。

 遠足で仲を深めさせるという目的もこの行事の存在が理由の一つなのだろう。

 丸三日をかけて行われる球技大会は、今では暇を持て余した地域住民が観覧しに来るほどの一大行事だ。俺としては秋頃に球技大会とは別に体育大会も用意されている辺りに頭痛を覚えます。

 

 次に、これは学校側でも不本意だったであろう変化がもう一つ。

 それはクラスカースト内でサッカー部に所属しているという事実がある種のブランド力のような影響を持ち始めた、ということだ。

 これは我らがクラスのイケメン爽やか君こと藤堂颯が、学年を超えた知名度を誇っている事実を考えればわかりやすい。藤堂が顕著というだけで、他のサッカー部員たちの多くもそれぞれのクラスの最陽キャグループに所属しているらしい。

 つまりこの学校にはサッカー部には逆らうな、という暗黙のルールのようなものが存在するのである……ルールってのは言い過ぎたか? 単純にデメリットが大きすぎるというだけで。


 前置きは十二分、本題に移ろう。

 思い出すのも億劫なのだが、遠足で発生した小さな事件を覚えているだろうか? そう、頼んでもないのに勝手にお湯をかけて、全身の泡を洗い流してくれた親切な男の子についての話です。

 これまで全く興味がなかったので知らなかったのだけれども、佐藤君(仮)ってサッカー部だったらしいのですよ。


 ……うん、何も考えずに喧嘩売ったなぁ。

 どちらかと言えば、買ったの方が正しい気もするが。


 結果、ただでさえ友達が少ないのに、クラスでの腫れ物扱いが悪化したんだがどうしろと?   





「…………おーい、親友? 何ぼうっと呆けてんだよー?」

「…………はぁ」

「無視するだけ無視して、顔見た瞬間ため息を吐かれるって中々な仕打ちだと思うんだが」

「気のせいだ。何か用?」

「用がなきゃ話しかけちゃダメなのか?」

「面倒臭い彼女みたいな絡みやめなさい」


 体育の時間の後、さっさと着替えを終えて席についた俺に話しかけてくる能天気なメガネ。

 コイツも俺が佐藤君(仮)と諍いを起こしたことについての噂を耳にしたことはあるはずだ。やけに情報通なとこあるし、それは断定していい。全部わかった上で何の変化も見せずに話しかけてきているのだろう。随分と顔の面が分厚いやつだ。


「で、どったよ?」

「体育のせいでガス欠気味。気にすんな」

「……お前さん、別に動いてなかったよね?」

「こんなクソ暑い日中じゃ、外に立ってるだけでも苦行だろ」

「まー、それ言われちゃ反論はないけどな。人のこと言えないのもあるし」


 そもそも体力的に辛いわけじゃないからな。疲れたのは精神的な方です。

 体育は他クラスとの合同授業のため、不躾な視線が通常時の二倍くらいに増えたことが原因と思われます。

 部活の方で有る事無い事好き放題に言われているのだろう。遠足から既に二週間も経ったと言うのに飽きないやつだ。


「………………なぁ、薄雲……やめさせるか?」

「……別に。ほっといてやれよ。そもそもお前に何ができんだよ」

「…………そうだな。俺が突然、授業中に裸踊りとか始めたら校内の話題を独り占めできると思わないか?」

「その瞬間、お前の友達は居なくなるけどな」

「相変わらず無慈悲がすぎる」


 冗談だけどな、と何故か楽しそうに笑っている佐竹の頭をペチッとはたく。

 変なことはするなよ、とだけ伝えて席を立った。次の授業が始まるまで、まだ少し時間が残っている。


「どした?」

「お花摘み」

「いってらー」


 さて、ちょいとお手洗いにでも、と軽い気持ちでトイレに向かったのだが、そこには想定外の先客がいた。


「…………」

「…………」

「あ、薄雲君!」


 佐藤君(仮)と藤堂の二人である。

 彼らを同時に視界へ入れると相対的に藤堂が懐っこいわんこのように見えてくる。つまり、それぐらい隣の男子高校生が発している無言の敵意が凄まじい。


「よっ、藤堂。サッカーお疲れさん」

「薄雲君も……って、薄雲君は上手にサボってたね」

「そこに関してはうちのメガネも同罪だからな。お前は素直に楽しめたみたいで何よりだ」

「あはは……ちょっと恥ずかしいね。まあ、サッカーが好きだって自信を持って言えることは数少ない僕の自慢だから」

「嫌味か?」

「なんで!?」


 藤堂は自分がどれだけ一般男子高校生が羨まれる存在であるのかをまるで理解していない。

 この自己肯定感の低さはどこから来ているのだろう? 流石に性格の一言では済まないレベルの話な気がする。


「……と、藤堂、早く行こうぜ」

「え? あ、うん。じゃあ、僕たちは先に戻るね」

「はいよ」


 たかがトイレに先に戻るも何も無いような気がするのだが……同じ教室だし。連れション文化の派生か何かなのだろうか? 気を遣うべきポイントでは無いと思うけど。

 それにしても、やや強引に藤堂を連れて教室に戻っていった佐藤君(仮)は、何故あんなにも勝ち誇ったような顔をしていたのだろうか。


「……男子高校生って難しいな」


 思わず零した独り言に返事はなく、後に残ったのはなんとも言えぬ気疲れのみであった。




 ✳︎




 幼馴染様から『今日、部活』と、余りに簡素なメッセージを送りつけられたその日の放課後。彼女に合わせて『知ってる』の一言のみを送り返した俺は図書室へとやってきていた。

 図書委員なんて役柄を担っているわけではあったものの、別に読書をするためにここへやってきたのではなかった。先日のお勤めで委員会の仕事からも解放されているため、今日この場所を訪れたのは暇つぶしという名の私用でしかない。


 図書室の奥の方にひっそりと存在する長机と椅子の上に荷物を置いて腰を下ろす。

 背もたれに身を預けると無意識のうちにため息が飛び出てきて、自分が思っているよりも疲れていることを改めて自覚した。

 トントントンと机の上を指で叩きながら、頭の中を整理する。現状、マストでやらなくてはならない作業は思い当たらない。であれば、一度思い切って休んでしまうというのもナシではない。


「…………寝るか」


 僅かばかりの逡巡。

 直後、決断を下す。

 机の上に並べ始めていた課題を端へと寄せて、両腕を枕に身体を伏せた。瞼を下ろせば、すぐに心地の良い静けさに身を包まれるような感覚が訪れる。

 図書室を訪れる生徒の数は決して多いとは言えないが、それでもゼロというわけではない。

 そこにあったのは完全な沈黙ではなく、貸し出しの機械音や足音、抑えられた会話なんかを織り交ぜた穏やかな空間だ。

 意識を遠くの方に優しく置くようなイメージを浮かべながら、次第に微睡に落ちて行く。


 気持ちの良い睡眠が出来そうだ。


 そんな確信を抱きかけた瞬間、脇腹に突起物を叩き込まれたような感覚。


「――――ッッ!?」

「……お、偉い! よく声抑えたねー?」


 ガタッと椅子を揺らしながら、悶絶する俺を背後から近づいてきた外敵はクスクスと笑う。

 そこに悪意などは微塵もなく、単なる悪戯なのだろうということはすぐにわかった。


「……何してくれやがるんすかね、委員長?」

「嫌だなぁ、ただの挨拶だよ薄雲くん。そう怒らないでよ、もー! あ、それと私の名前、委員長じゃないんだけどー?」


 そこに居たのは我らがクラスの学級委員長こと水嶋雪羽さん。

 時折、思慮深さを感じさせつつも、基本的にはハイテンション&フレンドリーを地で行く彼女は比較的に俺と関わりのある人間だ。


「まぁ、去年も委員長やってたし」

「去年から言ってるんだけどなー? 私は悲しいよ」


 よよよ、と泣き真似をする委員長の頭を机に置いてあったノートで叩いて、本題から脱線しそうな会話の軌道修正に入る。


「……で、何の用? 用もなく人の脇腹を突き刺したとは言わせねえぞ?」

「ふふふ…………ちょっと考えさせて」

「ていっ」

「痛ぁっ!」


 ペシッと少し強めにもう一発。

 反応はいいがほとんど痛みはないはずである。多分、きっと、おそらくは。


「酷い。女の子に暴力とかモテないぞー」

「生憎と、誰も彼もにモテたいなんて夢は見てないものでありまして」

「あー、そっか。薄雲くんには宮城さんがいるもんね……つまり、宮城さん以外には暴力を振るい放題ってこと!?」

「人聞きが悪すぎること言わないで? 拡大解釈にも程があるでしょうが」


 この人、単純にアホなのか揶揄ってるのかが怪しいんだな。冗談で言っていると思いたいところだけど、万が一が有り得そうな辺りタチが悪い。


「冗談に決まってるでしょ。私、そんなに暴力的な思考してないからね。ふーたんほど脳筋でもないし」

「え、榊さん脳筋なの?」

「あ、これ内緒ね。ふーたん怒ると怖いから」


 親友を遠慮なく脳筋呼ばわりした委員長だったが、自身も直情タイプであることには気がついていないようだ。

 まあ、仲良しなようで何よりである。


「ところで委員長は何しに来たんだ?」

「んー、内緒……と普段なら言ってるけど、薄雲くんならいっか。もうバレてるし……お恥ずかしながら、勉強の方をちょっとね」


 あはは、と恥ずかしそうに笑いながら、教科書を取り出す委員長は俺の隣の椅子へと腰を下ろした。

 頑張れと素直に応援してやりたい気持ちはあるのだが、どうして態々俺と同じスペースで勉強を始めようとしているのだろうか、この人は。


「ほんっと高校の勉強は嫌い。すぐにわかんなくなっちゃう」

「…………」

「難しいなー。どこかに勉強を教えてくれる優秀な方はいないかなー?」


 わざとらしく、そんな事をつぶやきながらチラチラと視線を送ってくる委員長に「まずは自分で頑張りなさい」とため息混じりに返答した。

 考え始めてすぐに云々と唸り出す彼女の姿を見て、懐かしさを覚える。


 思い出した。


 彼女と初めて話したのは去年の追試テストの時だった。俺は欠席による追試で、彼女は単純な学力的な問題での追試。

 追試テスト自体が成績の補助となる可能性があるだけの任意参加のものだったので、教室には俺と彼女しか居なかったのだ。


『……委員長も欠席か?』

『………………ハイ、ソウデスケド?』


 クラスメイトと無言で二人っきりが辛すぎて、声をかけてた結果がこの反応。

 この子、嘘つくの向いてないんだなぁ、というのが一目で分かった瞬間だった。


「……よくバレずにやってるよ」

「何か言った? 助けてくれる気になった? 私の威厳がかかってるんだから!」


 クラスで話をすることこそ少ないが、同じ時間を過ごしてみることで確信できる。

 彼女も確かに俺の友人の一人なのだろう。


「暇つぶし程度にはなるか」

「人の苦労を何だと思ってるのかなぁ!?」


 偶には、こんな時間も悪くない。




 ✳︎





「そういえば、最近宮城さんと藤堂くんが付き合ってるって噂をよく聞くんだけど、あれ何?」

「…………………………は?」






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