17 幼馴染と乙女心
「何故、遠足を月曜に決行したのか、その意図を小一時間は問い詰めてやりたい」
「私に言わないでくださいよ。いいじゃないですか、遠足なんかで月曜日が一日潰れたわけなんですし」
「遠足なんかで? 油断してたら人が死ぬ行事に“なんか”とかつけちゃダメだと思う」
「私と先輩の常識に致命的なまでの齟齬がある気がするんですが、大丈夫ですか?」
「暗に頭大丈夫と聞かれた気がしたが、大丈夫です」
「この文脈の場合、正常である方が大丈夫じゃないのでは……?」
確かに。
いや、納得してどうする。
命の危機という表現も、強ち過言ではないような気がする遠足の翌日。
当然のように、平日の授業日程をぶつけてくる学校側に慈悲はないらしい。
こんな仕打ちをされた日には授業中の睡眠も不可避ですよね。ええ、仕方ないですとも……仕方ないとは思うけれど、起床直後の幼馴染からの視線が冷ややかなものだったので、しばらく居眠りはやめることにします。
……今から尻に敷かれるのが目に見えてて辛い。ついでに筋肉痛が辛い。そういえば歳を重ねると来るのが遅くなるって話は結局、迷信だったのだろうか? 別に興味はないけれど。
そんなこんなの現在。
放課後の図書室。
貸し出しや返却の手続きを行うカウンターにて、俺は同じ委員の後輩と雑談に興じているのだった。
「…………先輩、遠足はどこに行ったんです?」
「山」
「余りにも雑な返答をありがとうございます」
不思議なことに遠足のことを思い出そうとすると、気が遠くなるんですよ。
消費カロリーがあそこまで大きい行事だとは思わなかったんだよなぁ。
「ふむ……白野兎山なら、私の知り合いと先輩ってクラスが同じなんですねー」
「知り合いが居るのか? 多分、俺と接点はないぞ」
「あ、そこは期待してないので大丈夫です」
失礼なやつめ。
満面の笑みで毒を吐く後輩。
いい性格をしていらっしゃるようでと思いながらも、不快感を覚えない辺り、彼女は相当コミュニケーション能力が高いと考えるべきだろう。もしくは、単純に顔の良さで他のマイナスを帳消しにしているかのどちらかだ。
年下であることを活かした甘え方、というものを心得ているような相手でもある。
ここまであからさまなことはないが、若干翠にも似たようなところがあるので、変に距離間を勘違いするようなことはない。
そして、ソレを彼女もわかっている。
ビジネスライクな付き合いと言ってもいい。
お互いに表面をなぞるだけのような雑談のみを続けては、時折何でもないことで笑ったりして、暇を潰す。
それで良いという認識を俺たちは口にせずとも共有できていた。
だから、俺と彼女は互いに名前を呼び合うこともないし、互いの都合に興味を持つこともない。
ただの後輩と先輩。
その淡白な関係は驚くほど気軽なもので、思いの外、悪くない。
「なあ、後輩」
「何です先輩」
「これからも、仲良くしようぜ」
「いいですよ。今まで通り仲良くですね」
浮かべた笑みに彼女も片頬を上げて答えた。
「……ああ、そうだ。先輩、遠足が月曜日でよかった理由をもう一つ思いつきました」
「…………?」
「今週、本来五日あった私たちの委員会活動が一日減ってます」
「そりゃ確かにいいことだ」
「えー、先輩、ひっどーい」
「自分から言い出しといて、それはない」
「ですよねー」
空虚な時間。
適当な話のフリに適当な返事を送りつけてながら、図書室の閉館時間までを過ごす。
何故かふと、幼馴染の顔を見たいなと思った。
✳︎
その一時間と少しほど後。
「ということで、来ちゃった」
「なんで?」
「私が呼んだのよー」
「もっとなんで?」
俺は宮城家の玄関にて、疑問符を浮かべる幼馴染からお出迎えを受けていた。
インターフォンの呼び出しを受け、ドアを開いた瞬間の藍夏の間の抜けた顔を見れただけでも来た甲斐があったというものだ。
「おかえりー、こーやくん」
「ただいまです、亜澄葉さん」
「翠ちゃんは?」
「今日やる予定だった課題を爆速で片付けてから行きます、とのこと」
「あら、相変わらずの真面目さんねー」
呆けている藍夏を後ろから抱きしめるようにして亜澄葉さんが顔を見せる。
挨拶ついでに雑談をしていると、藍夏の理性が時間をかけて戻ってきた。
直後、動揺やら何やらで感情表現が豊かだった表情が能面を貼り付けたかのような無表情に変わる。まったく随分と可愛らしい能面もあったものだ。
「…………何しに来たの」
「……? ご飯食べないかって亜澄葉さんに誘われたんだけど、聞いてないのか?」
「……私、聞いてない」
「言ってないもん」
「言ってよ!?」
報連相のなってない母親に藍夏はいつも通り翻弄されていた。
まあ、娘に母からの抱擁を剥がす様子が見えない時点で、親子仲が良好であることはお察しの通りだ。じゃれあいみたいなものだろう。
現状の説明をするならば、帰宅途中に亜澄葉さんから『夕ご飯を食べ間に来ないか?』というお誘いのメッセージを頂いたので、着替えだけしてやってきたところです。説明するまでもなかったな。
「ま、入ってよ。ちょっと豪華なディナーをご馳走してあげましょう」
「因みにメニューは?」
「愛情たっぷりの肉じゃが」
「ディナーらしさゼロだけど超楽しみ」
亜澄葉さんの料理は絶品の一言に尽きる。
それもそのはずで、彼女は翠のお師匠様だ。
本人こそ「専業だからこのくらいはねー」なんて呑気に言っているが、普通に金を取れるレベルの味だと思う。
「ふふ、藍夏もお手伝いする?」
「……………………ん」
「尚更、楽しみだな」
「うっさい……居間に引っ込んでて」
「『リビングで寛いでいて、あなた』だって」
「お母さんッ!」
料理は絶賛勉強中の幼馴染様も手伝うと聞けば、こちらのテンションが上がらないはずがない。
湧き上がる喜びを直接本人に伝えると温かい一言が返ってきた。母親の翻訳付きである。当の本人は無表情のまま、亜澄葉さんへと食ってかかっているが、細かいことは気にしてはいけない。
「んじゃ、お言葉に甘えるとします」
「はいはーい」
「…………ふん」
満面の笑みを浮かべる母と無愛想な娘。
顔を背けた幼馴染がチラチラとバレないようにこちらへ視線を向けているのを見て、くすりと笑いが溢れた。
「猫みたいなやつ」
「……何か言った?」
「言ってない」
変に耳敏いのやめて。
悪口は言ってないから。
それからしばらくの間、俺は幼馴染の家のリビングにて、ぽっかりと生まれた暇な時間をのんびり過ごしていた。
気まずさや孤独感を覚えることはない。
リビングからはキッチンの様子が見えるし、なんなら彼女らの会話も聞こえてくる。
ソファに深く腰掛けて、背もたれに体重をかける。
瞼を落とすと、聴覚がより鋭敏になったような感覚を味わうことができる。
トントンと野菜を刻む音。
ざー、と水がシンクに落ちる音。
賑やかで和やかな会話なども織り交ぜて。
心地の良い生活音に耳を澄ませていると、気づいたときには意識が飛んでしまっていたようだ。
「………………?」
次に目を開けた時、視界は横に傾いていた。
おぼろげな意識のまま、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
あれだけ賑やかだった空間は、今ではくつくつという鍋の働く音だけが静かに響く穏やかな空気に満たされていた。
「…………」
さて、それで。
俺は今、誰に膝枕をされているのでしょう。
残念ながら、傾いた世界の中に人影は存在しない。
藍夏ならいい。
というか、藍夏だと死ぬほど嬉しい。
けど、あの極度の恥ずかしがり屋が、亜澄葉さんが居るこの家のリビングで膝枕なんてものを決行するかと考えてみれば、それは甚だ疑問である。
……ないな。うん、ない。
確信があった。
うちの幼馴染にそんな度胸があるわけないだろ。解釈違いにも程がある。
「…………はぁ、起きたならどいてくれると嬉しいんだけど」
予想から幼馴染を除外した直後、誰よりも聞き慣れた少女の声が鼓膜を揺らした。
「…………なんだ、翠か」
「藍夏さんじゃなくて悪かったわね」
ため息。
ぽんぽんと頭を叩かれる。
「今の、文句じゃなくて安堵な」
「……安堵?」
「……亜澄葉さんじゃなくてよかった」
「…………それは……うん…………そうだね」
あの人なら、やる。
そんな共通認識が俺と翠の中にあった。
「……で、なんでこうなってんの?」
「兄さんが勝手に倒れてきたんでしょうが」
「身に覚えがない」
「寝てたからね。逆にあったら問題だと思う」
ツンツンと頰を突かれ、最後にぐにと引っ張られた。「意外ともちもち?」じゃないんだよ、普通に痛いからやめい。
「はい、起きて。妹に甘えてるとこ、藍夏さんに見せていいの?」
「そりゃ良くない……と言いたいとこだけど、多分バレてる」
「私もそうだと思うけど、だからって開き直ることないでしょ」
それもそうですね。
妹の意見に何の異論もなく同意し、身体を起こした。
欠伸を一つ。
改めて、身体をソファに沈める。
「……眠そうだね」
「疲れが抜けきらなくてな。そろそろ歳かもしれない」
「頑張っておじいちゃん」
「よーし、おじいちゃん頑張っちゃうぞー」
「……振っといて何だけど、凄いキモい」
「今のは俺も同感だから許すわ」
余りにもしょうもない話を繰り広げる俺たちだったが、少し離れたキッチンでは真面目な戦いが続いていたようで。
「ふふっ、あとは藍夏に任せるわ」
「え、ちょ、待っ! お母さん!?」
「あら、起きたのね、こーやくん。翠ちゃんの膝枕はどうだった?」
「嘘でしょ? え、本当にほっぽり出されたんだけど!? お母さん!」
亜澄葉さんが藍夏の悲鳴を残して、キッチンからリビングへとやってくる。
状況から不安しか感じない上に、幼馴染様が不機嫌になりそうな情報をピンポイントで差し込んでくるのはやめて頂きたい。
「……別にどうもないですよ。妹ですし」
「その通りもその通りなんだけど、癪に障る言い方しないで欲しいかなー」
変に意識する方がおかしい。
そう思い、明言してみせたわけなのだが、隣に座る妹には不評だったらしい。
さっきので味をしめたのか、ぐいぐいとほっぺを引っ張ってくる。
「相変わらず乙女心だけはわからない子ね」
「おろこらんれ」
「そういうところよ?」
亜澄葉さんが珍しく渋い表情になるぐらい、俺の乙女心とやらへの理解は薄いようである。あと翠さんや、そろそろ手を離してくれるとお兄ちゃんは嬉しいです。
「……まあ、それはそれとして、アレ大丈夫なんすか?」
「藍夏なら大丈夫よ。普通に料理するだけなら、全く問題ないもの……変に完璧を目指そうとするから混乱するのよねー」
視線を向けずともワタワタと慌てふためいている幼馴染様だが、亜澄葉さんは微塵も心配していないようだ。
彼女の作った料理を食べたことは何度かあるため、それは知っている。
では、何故彼女があんなにも動揺しているのかを考えようとしたところで「どしたの?」とでも言いたそうな亜澄葉さんの顔が視界に飛び込んできた。
「…………亜澄葉さんから引き継いだから、か?」
「……つまり?」
「いや単なる予想ですけど、百点満点のパス貰った後って、人のせいに出来ない上にミスが嫌でも目立つじゃないですか? だから、テンパってるのかなぁと」
筋は通っているような気がするのだが自分で話していながら、しっくりこない。
藍夏がそんなことで動揺なんてするか? という疑念が少しでも脳裏に浮かんでいる時点で、恐らくこの予想は正解ではないのだろう。
そこまで外れてもいないと思うんだけど、と考えたところで、隣の翠が何か納得したような頷きと共に息をこぼした。
「…………うん、確かにコレは兄さんじゃわからないね。納得した」
「えぇ……一人で満足しないで欲しいんだけど?」
「やだ、藍夏さんに悪いもん。そりゃ、緊張もするよね」
こちらに意味ありげな一瞥を送る。
そして、今度は呆れのため息を吐いてから、翠は揶揄うように言うのだった。
「乙女心は複雑なんだよ、兄さん。肉じゃが、大好物だもんね?」
「え、今、俺の食の好みって話に関係ないよね?」
「だから、クソボケだって言ってるの」
「唐突に暴言で殴りかかってこないで欲しいんだけど?」
結局、理由は教えて貰えませんでした。
あと最近、お口の悪さに拍車がかかっていますよ、翠さん。お兄ちゃんは心配です。
お待たせしました。(待っている人が居るかは別の話として)
例の如く遅筆な上に沼にハマって書けなくなりそうだったので、取り敢えず投稿して退路を断ってみることにしました。
多少、早まった気がしなくもないですが、なるべく高頻度で更新できるように頑張りますねー!




