14 幼馴染と遠足(3)
「いやぁ、なんだか若い子が態々山荘の料理をご所望してくれてるって聞いてね。嬉しくなって、普段なんかじゃ絶対に出さない山菜の料理なんてものを作っちゃったよ」
あははは、と豪快に笑ったのは料理人だという山荘のスタッフさん。見ての通り、テンションが高めである。
普段出さないものを山荘の料理と呼んでいいものか、などと細かいところへ意識が向かいそうにもなったが折角の好意だ。有り難く頂くことにしよう。
聞けば、山荘に求められることの多い食事の役割は、登山客のために朝早くの弁当を用意したりすることなどで、山の幸を堪能できる場を提供するというわけではないとのことだ。気分が乗った日は作ることもあるそうだが。
期待に応えられたかな? との問いに、涼風や委員長が食い気味に頷いており、この反応にはスタッフさんもご満悦のようである。
いただきますと声を揃えて手を合わせ、俺たちは一斉に食事をスタートする。
ホカホカの白米をぜんまいのナムルをおかずにかき込んだ。少ししょっぱいくらいの味付けがご飯とよく合い、食欲を更に煽り立てる。
主菜はシンプルな焼き鮭。これは、山荘で提供する朝ごはんのデフォらしい。
副菜にぜんまいのナムルを含む山菜料理がずらりと並ぶ。初夏は秋に並んで山菜が旬の季節だ。この時期に遠足があったのは幸運だったかもしれない。
うまうまと語彙の浅さが筒抜けの感想を垂れ流しつつ、汁物に口をつけた。
じんわりと全身に温もりが広がっていくようなこの感覚は、味噌汁や緑茶を呑んだ時により際立つように思う。どこか懐かしさを覚えさせる日本古来からの味が、そう感じさせるのかもしれない。
個人的に印象深かったのは山うどの酢味噌和えだ。しゃきしゃきしているような、でも固さはそこまででもないような食感に、山菜らしい苦みが後に抜けていく。
独特な風味を最大限に活かすためだろうか。山うどを生で味わうことのできる酢味噌和えで提供してくれたスタッフさんの気遣いには、ほとほと頭が上がらない。
各自、目一杯に食事を楽しみ、全員がきっちり完食を果たした。
「ごちそうさまでした」
手を合わせ、食後の感謝をする。
これほどに風情のある食事をしたのだ。すぐに動き出すのは勿体ない。
そう考えたのは俺だけではないようで、皆様
は早くも談笑の態勢へと移りつつあった。
特に委員長はキラキラと目を輝かせて涼風のことを見続けている。
「…………お前、女子からの人気すごいな」
「……何の話?」
「無自覚垂らし系主人公かよ。一周回って尊敬するわ」
「それ褒めてる?」
「うん、多分」
当の本人はこんな具合だが、やはり涼風はクラスの中では一目置かれる存在のようだ。同じく友達の少ない俺や佐竹とは、そこが大きく違う点なのだろう。
思考の裏でイマジナリー眼鏡の「俺を巻き込む必要なくない?」なんて声が聞こえたような気もしたが無視一択。仮にも親友を名乗っているのなら、粗雑な扱いには慣れてもらいたい。
「涼風ちゃん、涼風ちゃん! 私、水嶋雪羽! 皆には委員長って呼ばれてるよー。えへへ、あなたとやっと話す機会が出来て、嬉しいなぁ」
「…………圧が、強い」
「えっと、すず? どうして私が盾にされてるのかな?」
「私、怯えられてる!?」
その後もわーわー、きゃーきゃーと何かと騒がしい女性陣。対照的に大人しいのは俺たち男子組である。
「……元気だねー」
「そーだなー」
「お茶うめぇ」
「「それな」」
お茶をちびちびと飲みながら、のんびりと雑談に耽る様は老後のお爺ちゃんたちの集まりのようである。圧倒的に若さが足りてねぇ。ピチピチの男子高校生のはずなんだが……ピチピチとかいう死語使ってる時点でアウトでは?
「……あの、こちら食べますか?」
そのとき、停滞した空間に光明が投じられた。
声をかけてきたのは、パッと見ではギャルとしての印象しか与えてこない金髪の女性である。委員長が「ふーたん」と呼んだ白ギャルさんの名前は榊楓奈。
それは委員長と二人で独自のコミュニティグループを形成している見た目だけは気の強そうな女性だった。
さてはて、そんな見た目とは裏腹に落ち着いた声音と丁寧な言葉遣いで話しかけてきた彼女の手には、小分けのお煎餅が入っている袋があった。
「お茶請けにどうでしょう?」
「有り難く頂戴したいと思います!」
「ふふっ、はい。ゆっくりどうぞ」
佐竹が食い気味に貰った煎餅を天へと掲げているのを横目に、藤堂がワタワタしながら榊さんと会話している様子を眺める。あのイケメン、一々動きが陰キャ臭いのは何なんだ。親しみが湧いて仲良くなりたくなってくるから、やめて欲しいんだけど。
この数秒間のやりとりで十二分に理解できたと思うが、榊楓奈という女子生徒はギャルの皮を被った大和撫子さんなのである。
大和撫子とはご満悦そうに煎餅を食べている者のことなのだろうかという疑問はさておくとして、見た目とのギャップに関しては涼風並みであるのが彼女の特徴だった。
ちっこくて可愛い兎だと思ったら、実は猛毒の牙がありました、みたいな誰かさんのような残念なギャップではなく、ちゃんと萌えとして成り立つ正統派なギャップ持ちである。あ、おい、こっち睨むな涼風。委員長と仲良くしてなさい。
「薄雲君もどうぞー」
「ん、ありがとう。何か返せるものがありゃ良かったんだけどな」
「いえいえー。それより体調の方は大丈夫でしょうか? 雪ちゃんから、顔色が悪かったと聞きましたよ」
「お気遣いどうも。休んだからもう大丈夫だ」
力こぶを見せるような動作で元気に満ち溢れていることを伝えると、榊さんは穏やかに微笑みを浮かべる。
これまでにクラスで絡んだ記憶はないのだが、破壊力が凄いんだよな、この人。
おっとり嫋やか大和撫子×白ギャルとか、性癖を捻じ曲げに来ているといっても過言ではないのでは? 亜澄葉さんで耐性つけといて正解だったぞ。
ばりぼりと煎餅を味わい、偶に雑談なども交えつつお茶を楽しんでいると、藍夏たちの方の話が一段落ついたらしい。
丁度、他愛ない話に花を咲かせていた藤堂へと一気に注目が集まってしまい、それに気がついた彼は死にそうな顔をしていた。うん、お前はもうこっち側でいいよ。よく頑張った、偉い。
「……そういえば委員長たち、他の班員はどうしたんだ?」
ふと気づく。
幾ら彼女たちが仲良し二人組ユニットで活動しているとしても、班を四、五人でまとめなくてはならないというルールには逆らえないはずである。
パッと見ではそれらしい生徒が見当たらないけど、と疑問をぶつけてみると委員長は少し気まずそうな顔をする。
「…………他の人とはお昼ご飯は別行動なんだ。その、なんというか……元気いっぱいの高校生らしい子たちみたいで……あはは」
「誤魔化さなくてもいいんですよ、雪ちゃん。こうなったのは、私がここでの食事を希望したからです。他の方たちは、別の班の方のバーベキューに参加するとのことでした。幸い既に山頂で写真は撮り終わっていますからね。あとの時間は私と雪ちゃんで過ごす予定です」
「わぁ、自由。まあ、楽しく過ごせるならそれもアリと言えばアリか」
榊さんは「私、委員長なのにこんなルールの穴を突くような真似を……!」なんて呻いている委員長を笑顔で見守っている。つくづくギャルの姿が行動に似合わない人である。見た目的にはめちゃクソに似合っているわけでありますが。
物腰の柔らかさに騙されそうになるが、委員長よりも榊さんの方が強かである印象を受けた。
「僕たちもそろそろ写真を撮りに向かった方がいいかな?」
「そうだな。時間に余裕を持たせる分にはやり過ぎても問題ないし、そろそろ行くか」
藤堂に時計を見るように促される。
木の温もり、という言葉で伝わるかはわからないが、山荘の居心地の良さに委員長たちのフレンドリーさも相まって、想定以上の長居をしてしまった。
「じゃ、こんなとこで切り上げるか。食事誘ってくれてありがとな、委員長」
「こちらこそ! 涼風ちゃんとお近づきになれて、感謝です!」
「…………涼風さん怯えてないか、アレ」
「何か文句あるの、佐竹君?」
「ないですないです全然ないです」
委員長ですらこの扱いの眼鏡である。
もうちょい優しくしてやろうか、なんて血迷った考えが俺の脳裏を過ぎたぐらいだ。その思考が留まることはなく、過ぎ去っていったのは言うまでもない。
食事を提供してくれたスタッフさんにも礼をして、白野兎山荘を後にする。
そして目指すは白野兎山の山頂。
よし、やるか! と気合いを入れ直す。
「……さて、最後までもつといいけどな」
「…………? 紅夜、トイレぐらい恥ずかしがらずに行くといいわよ?」
「今トイレの話はしてない」
✳︎
そんなこんなで始まったハイキング。
山道で行われるソレをトレッキングなんて呼ぶこともあるそうなのだが、細かいことは置いておく。
多くの人々が歩いたことで自然と整備されているその道の横幅には、二人並んで歩けるぐらいの余裕があった。
態々、一列になることもない。
藤堂と佐竹が前を歩き、涼風はその後ろに。最後方にて俺と藍夏が隣り合う形だ。
「……」
「…………」
「………………」
木々に囲まれた山道。
鳥の囀りや風による葉擦れの音が静寂に紛れ、時折、鼓膜を揺らす。
数メートルも離れていない場所で行われる男子共の雑談。
キョロキョロと変わり映えのしない林の様子を飽きることなく見渡している少女。
隣には沈黙を共有してくれる幼馴染。
「……贅沢な時間だなぁ」
「…………そうね」
思わず溢れた本音に小さな声で同意が入る。
やけに素直だなと視線を投げれば、彼女の顔を真正面へと固定されていた。わかりやすいやつである。
「…………んっ、…………ふぅ」
自然の閑けさに身を委ねつつ、思いきりよく伸びをした。
腕を下ろす僅かな間に、ほんの少しだけ目尻を下げた彼女の顔が視界に映る。
「…………何?」
次の瞬間には当然のように表情を無に戻している彼女に、なんでもないと首を振った。
「おい、薄雲ー! ガム食わないか? ガム!」
「捨て紙あんのか?」
「もちのろんよ」
「何歳だよ、お前。あるなら貰うわ」
テンション高めの佐竹が涼風経由でガムを渡してくる。捨て紙を別で用意というよりは、包み紙が大きめな板ガムである。
態々触れるまでもないかもしれないが、涼風もちゃっかり自分の分を確保していたりした。まあ、端から佐竹もそのつもりだったのだと思うが。
「ほい」
「…………ん」
ぺこ、と黙ったまま、佐竹に一礼するうちの幼馴染が可愛い。
「ありがとな」
「いいってもんよ」
板ガムを返し、歩行を再開する。
直後、佐竹が何かに気がついたらしい。
「あ、やべぇ、ミスった!」
「……どうかした、佐竹君」
「ただでさえ、会話少ねえのにガムなんて配布したらいよいよ会話消えるじゃねえか!?」
「今更気づいたのかよ……しりとりでもするか?」
「初手から最終手段すぎない?」
コミュ力に疑惑のあるイケメンに、癖が強い結果友達のいない美少女。加えて、特に会話がない現状に満足してしまっている幼馴染組である。
佐竹が最もコミュニケーション能力が高い可能性がある集団とか中々ないだろう。
まあ、特に問題があるわけでもない。
別に何もしなくていいだろ、と傍観を決め込もうとした瞬間である。
「私、しりとりやったことない」
「よーしお前ら、しりとりやるぞ!」
理性とか理屈とか、何も関係なく魂で叫んだよね。
見過ごすには余りにも悲しい一言だ。
言った本人こそ何も感じていないような顔をしているが、そのとき藍夏を含めた他の全員の心が一つになっていた。
このような団結力を見せたのは、藤堂がモテない発言をした時以来である。
……意外と直近だな。割と仲良しか、俺たち?
✳︎
「桜並木」
「……き、起承転結」
「つ……つ、通天閣!」
「…………く、くかぁ……あ、空気椅子」
「……スルメイカ」
「柏餅」
「おい、女子早いって。強すぎない?」
「次は“ち”よ、紅夜」
「うっきうきだなぁ、お前はよ」
楽しそうで何よりです。
しりとり。
それは言葉の最後の文字を頭に取って、交互に単語を述べていくだけの至ってシンプルなゲームである。
ただ、大の高校生が真面目にやると『る責め』だの『ぷ責め』だのが始まり、語彙力というより性格の悪さを競うようなゲームへと変貌してしまうため、簡単な縛りを設けていた。
五文字以上の単語で濁点、半濁点の禁止。
その場のノリで決めたルールだが、六文字以上にしなくてよかったと心の底から思うほどには、キツい縛りでした。
濁点禁止が本当に辛いのなんの。思考に時間をかけると、どうしてこんなしりとり如きにガチになっているのだろうかと、冷静になってしまうのがまたよろしくない。
「んー……あー…………蝶形骨」
「また"つ"!?」
すまん、偶然。
ギョッと目を剥いた佐竹には悪いが、本当に悪意はないので許してくれ。
なんだかんだで、しりとり自体も楽しみながらのハイキング。
休憩をこまめに取っていることもあり、藍夏の体力も今は問題なさそうだ。無理してる時はすぐ顔に出るので、そこに間違いはないはず。
云々という唸り声を聞いたり、時々、自分が思考のドツボに嵌ったり、なんてこともあったが、それも遂に折り返し地点へと至ろうとしていた。
背の高い木々はいつからか姿を消し始めていて、それが何を意味していたのかを顕著に示していたのがその場所だった。
「…………!」
「……これは、凄いな」
視界が一気に広がった。
砂利のような、岩場のような湿気のない地面によって作られた緩い傾斜は、一本道を残すように緑色の絨毯が敷かれていた。
「…………ハイマツってやつだな。割と有名」
「森林限界の話ね」
「そ。確か2000mぐらいだっけ? 山ってそのぐらいになると一気に景色が変わるんだよな」
ハイマツの丘を登った先が丁度山頂になっている、というのは遠足の前に集めた情報で知っていたのだが、これほど綺麗な境界線が目に見えて引かれているのは驚きだった。
標高2000mと聞くと少し身構えそうにもなるが、山荘自体がそれなりの高度にあったこともあり、実際に登った高さは200mにも満たないだろう。ハイキングと言われるぐらいなので、もっと少なくても不思議ではないほどだ。
まあ、別に山登りに対して並々ならぬ情熱があるというわけではない。
ぶっちゃけ「景色が変わったー! 凄い綺麗!」とそんな感想を抱けた時点で、十二分に目的は達成できている。
後のことは大体全部、野暮ってものだ。
風情ってそういうものだろう。
つい先程までしりとりをやっていたことなど忘れて、食い入るように景色を眺めている班員たちを、少し後ろの方から眺めていた。
それから、隣に目を向ける。
「…………そんじゃ、山頂まで後少しだ。頑張れるか?」
「………………ん」
多少疲れが溜まってきたのだろう。
少しペースを落としていた幼馴染が息を整え終わるのを待って、それからゆっくりと歩き始める。
我先にと丘へ登っていた佐竹と藤堂が「早く来いよ」とでも言うように手を振っていた。
「元気だなぁ、アイツら」
「…………行ってきたら?」
「おんぶしてもいいなら考えるわ」
「………………なら、いい」
「姫様抱っこでもいいぞ?」
「調子乗るな」
「へいへい」
いつも通りの揶揄いに、いつも通りのつれない態度。やっていること自体は彼女も俺も変わらないのだ。
彼女は行動に、俺は言葉に。
ただ好意を表し続けているだけ。
風が吹く。
一つに結われた茶色の髪が、ふわりと揺れていた。




