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13 幼馴染と遠足(2)






 トーン、トーン、ぽす。

 トーン、ターン、トーン、ぽす。

 トーン、トーン、すかっ、ぽす。


 傾いた視界の中、宙を舞うスカート付きの白球。サラサラと、草原の中に吹きゆく風の流れを示す音。

 レジャーシートの上に寝転んだ俺は、半ば微睡みながら彼女らの声を聞いていた。


「す、すずってこんなに運動苦手だったの?」

「……別に苦手じゃないけど」

「そ、そうだよ、ね? うん! 偶々だよね」


 普段は邪険にされがちな涼風と遊べてニッコニコの幼馴染様と、それを眺める二人の男子高校生。

 彼らの手にはラケットがあり、地面に落ちたシャトルを涼風が拾い上げている。


「…………なぁ藤堂、アレ、お前はどう思う?」

「……あはは、そう、だね」


 賢明にも言葉を濁した眼鏡の質問に、イケメンさんは苦笑い。その理由はお察しの通りだ。

 現在進行形で難しそうな顔のままシャトルを凝視しているちびっ子についてである。


「…………!」


 手から宙へと軽くシャトルを放り出し、狙いを定めてラケットを振り抜く。

 スカッ! という勇ましい音の後に、ぽす、と情けない音が続いた。


「「………………」」


 男共がどうフォローするべきか、と頰を引き攣らせる。

 どうやら、本人としても大振りのサーブミスは流石に恥ずかしかったらしい。

 俯いてしまった涼風のことを目を輝かせて藍夏が見ていた。うん、ちっこくて可愛いのはわかるけど自重しなさい。


「今ので苦手じゃないは無理だろ」


 微妙な沈黙を破ってやろうとそんな言葉をプレゼント。

 「言ったぁァァアア!?」の顔をするDK(男子高校生)共は、涼風に対して気を遣いすぎだと自覚した方がいいと思う。

 確かにクラスで浮いている存在ではあるが、素直で友達思いのいい子である。無自覚にこちらをぶん殴ってくる癖があるので、こちらからも弄ることに遠慮の心などはない。


「…………」

「おうおう、どした。グーパンですかい? 顔はやめとけ、ボディにしな」

「それ、撃たれる側が助言することってあるんだな」


 寝転ぶ俺に無言で近づいてくる涼風。

 佐竹が呆れた顔でボヤいている。


 てしてしと彼女はレジャーシートのスペースを開けろと爪先をぶつけてきた。

 仕方なし、とさながらイモムシの如くモゾモゾ動いて横にずれると、涼風は俺の隣で横になる。


「…………ぁ、ぇ、な…………へ?」

「うわ、手が早いなアイツ。クソだ、クソ」

「え、薄雲君ってやっぱりそうなの?」


 思考がショートして意識を飛ばしかける藍夏とシンプルに口が汚い佐竹に、やっぱりって何だ藤堂。


「…………何してんの?」

「不貞寝」

「さいですか」


 そして、割と動揺している俺に通常運転の涼風である。

 さては無敵だな、こいつ。


「……………………薄雲」

「怖い怖い怖い、ハイライト消すなって。俺は別に悪くないだろ、これ」

「じゃあ何で頭撫でてるの」

「孫ができたみたいで嬉しくて」

「死ね」


 藍夏から軽蔑の目で見下されるのたまんねーな、とか呑気に思ってたら顔面踏み潰されかけたんだけど、殺意高すぎんか?

 緊急離脱をした俺に代わって、藍夏は満面の笑み(無表情)で涼風の頭を撫で始める。お前、さては羨ましかっただけだろ。


「……薄雲君、凄い動きで躱してなかった?」

「アイツ、変なところで高スペックだからな」


 何か大袈裟に驚かれているが、俺が藍夏と一緒にいる上で必須の技能だったので覚えただけです。

 多分、彼女も絶対に躱してくれるという自信のもとで攻撃をしているのだろうし。

 ま、これが、信頼関係ってやつかな。


「多分、違うと思う」

「わかってるよ、俺だって。悲しくなるから言うな」


 顔に出ていたのか、涼風からの否定が入った。

 なんとも甘くも酸っぱくもない信頼関係があったものである。酸っぱい信頼関係って何?


「まぁ、いいや。結構休んだからな。俺も少し遊びますかねー」


 身体をぐいと上に伸ばして、幼馴染の方へと目をやる。


「……ん」

「サンキュー」


 ラケットとシャトルを受け取ってから、不貞寝を続けている少女に声をかけた。


「じゃ、練習付き合ってくれ、涼風。いきなり動いて、筋繊維ぷっつんとか嫌だしな」


 幸い、運動音痴は身内に一人いるため、教えるのには慣れている。

 軽くラリーを続ける程度までなら、すぐにだって上達するはずだ。


「…………私、運動音痴じゃないから」

「頑なに認めてなくて笑う」




 ✳︎




 トーン、トーン。

 トーン、トン、トーン。

 トン、トーン、カッ、トーン。


 不規則なリズムで、けれども確かな安定さと共にシャトルが宙を舞う。

 それを、私は少し離れた大樹の木陰から眺めている。

 風が吹き抜け、結われた私の髪が靡いた。


 視界の真ん中に立つ彼は、どこか無邪気に少年のような笑みを浮かべていて、時折、凄い方向へと飛んでいくシャトルを丁寧に打ち手へと返していく。



「…………宮城さんって、本当に薄雲のことのこと好きなんすね」


「うん………………うん???」



 とんでもない直球の言葉が私の意識に飛び込んできたのは、丁度、そんなときであった。

 自分でもびっくりするぐらいの速度で首を声の主へと向けてから、努めて冷静な態度で私は対応する。


「べ、べ、別に、こ、紅夜くんのことなんか、なんとも思ってませんけど!?」

「わぁ、名前呼び。砂糖吐けそう」

「ち、違っ! な、名前は、私が勝手に心の中で、その……呼んでる、だけで…………はい」

「あ、はい。もう供給過多なんで充分です」

「扱いが雑だね!?」


 うへぇ、と彼の親友を名乗る同級生のメガネくんこと佐竹くんは苦虫を噛み潰したかのような顔をする。

 色々と遠慮のない人だった。だからこそ、地味に癖の強いあの幼馴染の友人なんてものを率先してやっているのかもしれない。


「じゃあ、宮城さんはどうしていつもアイツに塩対応なんすか? 俺は薄雲から、嫌われてるわけじゃねーって話はよく聞いてたけど、それにしても結構謎ですよ」

「…………私もしたくてしてるわけじゃないから。こ、紅夜くんが近くにいると頭の中がごちゃごちゃして、感情を抑えてないと何言い出すかわからないの」

「…………そんなことある?」

「あるから私も困ってるの!」


 訝しげな顔をする佐竹くんに、こっちの気を知りもしないで、とむくれていると別方向から仲裁の声が入る。


「確かに、本人にしかわからない悩みもあるよね。先入観込みで見られるって話は僕も少しわかる気がするよ」


 そう言って爽やかに微笑む美形の男子。

 陽キャモードの際には話をすることも多い藤堂くんは、どこか私のことを羨ましそうな目で見ていたような気がした。


「おー、人気者なりの悩みってか。肩身が狭いな! 俺には理解できないわ」

「満面の笑みで言うセリフじゃないよね?」

「いやいや、俺は今悲しくて仕方がないぞ」

「本当に悲しんでる人は自分から悲しいって口に出してアピールしないと思うんだけど」


 やっぱこの人も変な人だ。

 この瞬間、私はそんな佐竹くんに対して抱えていた疑惑を揺るぎなき確信に変える。

 少し前に、紅夜くんが「信用はしているけど信頼はしていない」と彼を評していた理由が分かった気がした。


 そして、僅かな間が空いた。

 

 普段から共に時間を過ごしている訳でもない相手と一緒に居るのだ。空白の時間が生まれることなど、何の不思議なことでもない。


 そんなことを考える。

 同時に、首を横に振った。


 コレは違う。

 この間は、そんな自然なものじゃない。

 そんな確信が心の中のどこかに生まれていた。


「まあ、正直見てる分には面白いから何でもいいんすよ」


 軽い口調にヘラヘラした態度。

 それに似合わないのは、レンズの奥で微かにも笑っていない双眸だ。

 この静寂は私に与えられた猶予だったのかもしれない。きっと彼は始めから私にこの話がしたかったのだろう。

 

「……ただ、自分の行動の価値を正しく認識できるならって前提があればですけど」


 忠告。或いは提言か。

 ああ、そうだと今更ながらに思い出した。

 彼はあの涼風美鈴が興味を持つような稀有な人物だ。


「…………私、佐竹くん結構苦手かも」

「女神様に嫌われちゃうとか、いよいよ俺の好感度って末期なのでは?」

「嫌ってはないよ。苦手って言った。ミミズの次ぐらい」

「ねぇ、それどのくらい低いの? 基準値ミミズにするのやめない?」


 いい人だとは思う。

 少なくとも、彼は友達想いのようだから。

 けれど、苦手なものは苦手だ。


 思わず溢した本音に対して、軽口を返したその眼鏡はやはり、いつもと同じ愉しそうな笑みを浮かべているのだった。





「…………ん、どしたん藤堂? え、なんか居場所がない? 急に寂しいこと言うなよ、涼風の相手変わろうか?」

「紅夜、私そろそろ疲れた」

「僕も少し気疲れが」

「また登山前なんですけどねぇ??」



 私も疲れたって言ったら、怒られるかな?

 彼に怒られる少ない機会を楽しんでいることがバレたら恥死も辞さない所存であるのだが……多分、知られていないはずである。


 割と自信はないのでバレていないかを聞く勇気はありません。




 ✳︎




「お腹が空いたわ、紅夜」

「あとちょっと我慢してくれ……というか、何で俺に報告するんだよ。どうしろってんだ」

「別に何も求めてないわよ?」

「尚更なんで報告したの?」

「…………? ダメだった?」

「ダメじゃない。ダメじゃないんだけどね? あー、くそぅ。行き場を無くした感情が渋滞起こしてんだけど…………爆ぜそう」

「大丈夫か、薄雲ー? ナル先生みたいな目してんぞ」

「やっべ、末代までの恥だわ」

「何お前、ナル先生嫌いなの?」


 別に普通。


 さて現在、疲労を考えてバドミントンをやめ、年甲斐もなくフリスビーではしゃぎ、藤堂の我が儘で軽くサッカーボールを蹴った俺たちは、多大なる疲労感を抱えながら昼食をいただきに山荘へと戻っているところであった。余りにもバカ過ぎて泣けてくる。


 因みに、俺たちが遊んでいたのはキャンプ客などに開放されているという開けた草原の広場であり、そこには俺たち以外のクラスメイトの姿もチラホラ見受けられた。

 つまり、一瞬だとはいえ俺と涼風が添い寝状態になっていたのがクラスの連中に見られた可能性が微レ存。微レ存ってもう死語よね。俺的『元ネタを知って後悔した略語ランキング』の三位ぐらい(適当)に位置してる単語でもあります。まーじで、どうでもいいな。やっぱ疲れてるか、俺?


「…………」

「問題なし。そんな顔すんな」

「……ん」


 普段より二秒ほど長くこちらを見ていた藍夏に体調に不備はないですよと伝えると、彼女は満足げにしながらそっぽを向く。

 

「薄雲君って、宮城さんの心読めてたりするの?」

「真面目な顔で何言ってんだ、藤堂」

「……コレに関しちゃ俺も藤堂に同感だぞ。コミュニケーションが成り立ってるのが凄えよ、お前」

「…………まあ、幼馴染だからな」

「理由になってないけど納得できる答えで万能カウンター形成するのは狡くない?」


 狡いとか言われても知らん。

 長い間一緒に居れば、相手の考えなんて自然とわかるもんじゃないのか?


 そんな変なことをしている自覚はないんだけどなぁ、と藍夏の方を見ると彼女は何故か顔を赤らめて(無表情)目を逸らした。


「なあ、何で俺今そっぽ向かれたの?」

「お前にわからないことが俺にわかる訳ねーだろ」

「乙女心はむつかしい。モテモテイケメンサッカー部の藤堂さん、見解をどうぞ」

「急に無茶振りかまして来ないでほしいんだけど!? わからないよ。僕別に女子にモテたこととかないからね!?」


「「「「え?」」」」


 衝撃のカミングアウトに涼風、藍夏までもが驚愕の声を重ねた。

 全員からの視線を受け、藤堂はわたわたと慌てふためいている。この程度の注目度で慌ててんじゃねえよ。陰キャじゃあるまいし。


「告白されたこととかあるだろ」

「ないよ! ある訳ないでしょ!?」


 何でないの? 学年で一番の優良物件だろ。

 白野兎高校の女性陣の目が節穴なのか、または草食系超えて絶食系の女子しか居ないのか。

 一瞬、美醜逆転モノの世界にでも生まれ変わったのかと思うぐらいの衝撃である。


「…………あ」


 と、そこで藍夏が何かを思い出したらしい。


「………そういえば……藤堂君には告白をしないっていう暗黙のルールが女子内にある…………なんて、誰かに聞いた覚えが」

「「女子怖すぎんか?」」


 破ったら後で処されるやつだろ、それ。

 勝手に藍夏の親衛隊みたいな気分になってる男子も大概だが、女子も女子だな。


「……そんなくだらないルールがあるのね」

「女子認定されていないのでは?」

「紅夜、幾ら鈍いらしい私でも怒ることはあるわよ?」


 ちびっ子のジト目に平伏したりなどもして、そんな藤堂の恋愛事情なんかにも触れつつ、雑談に興じていれば、山荘への道程はすぐだった。

 相変わらずの壮観っぷりを誇る山荘に入ると、視界の片隅で何かが動いた。


「…………?」

「おーい、宮城さん、薄雲くーん! 山荘の料理ならこっちだよー!」


 満面の笑みで大袈裟に手を振る快活な女性。それは俺が班員に合流するために力を貸してくれた委員長だった。

 その隣には優雅な振る舞いで湯呑みに口をつけている金髪ギャルの姿もある。


 トタトタと小走り気味に藍夏が彼女らの元へと駆けて行く。

 この一瞬で彼女が陽キャモードに入ったのは、説明するまでもないだろう。


「委員長たちも山荘でお昼? 一緒だね!」

「ふーたんたっての希望だからね! 宮城さんたちも一緒に食べよー?」

「うん! もちろん!」


 キャピキャピと若さが滲み出してくるような、如何にも女子高生然とした空間を作り出す二人の姿を、残された班員は大人しく見守る。

 ここで、涼風に混ざらないの? と聞くのは流石に酷なのでやめにしておいた。


「僕たちも行こっか」

「そうだな。普通に腹減ったわ」

「同意よ」

「わかりやすく語気が強いの面白いからやめて」


 さて、昼食は何でしょうかねー。

 少なくとも、ウチの班員がお腹いっぱいになるくらいの量があると嬉しいかなぁ。






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