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12 幼馴染と遠足(1)







 ときに、人間は二種類に分類される。

 同じ起源を持ち、同じ進化を辿り、同じ文明を共に生きゆく輩に、神はどうしてこのような残酷な定めを与えたのだろう。

 

 率直に言って。


「……酔った」

「おいバカやめろこっち向くな! 窓の外見てなさい!」


 車酔いである。

 いやもうね、ほんと意味わからんのよ。

 人体構造ほとんど同じはずなのに、どうして酔う人間と酔わない人間がいるのかって話である。

 三半規管が弱いって何? どーすりゃ強くなるってのさ。あー、キレそう。ついでに吐きそう。気持ち悪りぃぃ。


「……大丈夫か? 袋いる?」

「いる……ぅ………きもち、わるい……」

「お、おう。景色見とけ、窓も開けといてやるから」

「死ね勝ち組ありがとう」

「凄まじい暴言吐いてなかった?」


 酔わないので、全部チャラだろ。

 人生は不公平だ。まさか隣に座るクソ眼鏡が山道を通るバス内で読書をしても車酔いをしない人種だとは思ってもいなかった。

 

 こちとら酔い止めを飲んだ上で窓側をキープし景色をずっと見てたのに、出発してものの十数分でノックアウト寸前なんだが。

 やべぇ、既に帰りたい。徒歩で。


 と、まぁ、そんな俺の車酔い事情なんてものは置いておくといたしまして。




 遠足in白野兎山荘 ついにスタートです。



「あ、吐きそう」

「全て諦めたような満面の笑みを浮かべてんじゃねぇぇぇ!?」



 因みに吐いた。


 まあ、近年ではゲロインなんて単語も生まれてるらしいし、気にするほどではないだろう。


 ちゃんと袋に出したので許して。


 


 ✳︎




 学校が借りたバスが白野兎山荘に到着した頃には、俺の気力は完全に底をついていた。

 考えられる中では限りなく最悪に近いスタートダッシュである。遅刻してないだけマシだろうか?


 他の生徒は皆、バスの外の駐車場にて、教師から最後の注意事項などの話を聞いている。

 その様子をバスの席から一歩も動くことなく気力の回復に努めていた俺と、監督役のナル先生が眺めていた。


「……大丈夫か、お前」

「…………まぁ、なんとか」


 俺を見るナル先生の死んだ目にも心なしか哀れみの情が浮かんでいるような気がした。

 幸い、一度ゲロっちゃったことで気分はそれなりに落ち着いている。

 連射機能が搭載されていないことに救われたな。そんなものが有ってたまるか、という話ではあるのだが。


「……先生、ここって自転車とか置いてないですかね? 無くても俺、徒歩で帰りたいです」

「流石にそれを許すほど自由な学校じゃないな。たくさん遊んで疲れて眠るんだな」

「うす…………そろそろ大丈夫です。先生も忙しいでしょうし」

「そうか? 無理は…………いや、お前は宮城と居た方が元気になるか」

「ねぇ、デリカシーって知ってる?」


 教師がその弄りしちゃダメでしょうが。

 高校生ってデリケートな生き物なのよ?


「冗談だ。じゃあゴミだけ回収してくぞ。楽しんでこい」

「あざす」


 四重ぐらいの勢いで密封したメイドイン私な汚物を回収して、ナル先生は外へ出ていった。

 少しだけ時間をおいてから、俺も忌々しいバスを後にする。


 外に出た。

 直後、ヒンヤリとした空気が肌を撫でる。

 相当早くに集合をかけられたこともあり、山荘に到着したのは八時半という驚くべき時刻だった。

 山荘到着が普通に学校が始まるのと同じくらいの時間なのは、率直に言ってバカだと思うんだよね。学校行事に力入れすぎでは?


 大して高度のある場所というわけではないが、ここがある程度街から離れた山中であることも事実である。

 空気が美味しい、なんてありきたりな感想を抱きながら、大きくノビをした。


 周りの様子を伺うと、どうやら集会擬きは終わっているみたいだった。

 既に班ごとに分かれて自由に活動を開始しているようなので、俺も愉快な班員たちの姿を探すことにする。


「…………? どこ行った、あいつら」


 佐竹は兎も角、他の三人は圧倒的なビジュアルの強さから見失う方が難しいと思うのだが。

 そんなことを考えながら、適当に近くを歩き回っていると、通りがかったクラスメイトが声をかけてくれた。


「薄雲くん、宮城さんたち、山荘の方で待ってるみたいだよー」

「あ、マジで? あざます、委員長」

「いえいえ、どうもー」


 このクラスの学級委員長を務めている元気のよい女子生徒に、感謝の言葉を捧げながら山荘の方へと足を向ける。

 今の委員長とその彼女と一緒にいることの多いもう一人の生徒は、二人でコミュニティを独立しているような、クラスの中でも特殊な立ち位置にいる存在だった。


 個人的には、社交的な涼風のような立場だと表せると思うのだが…………社交的な涼風って何なのだろうか? 想像しただけで脳がバグりそう(失礼)。


 まぁ、委員長の交友関係については、少なくとも今の俺には関係のない話なので、気にしなくてもいいだろう。目下の対応案件は班員との合流なのだから。


 さて、手持ち無沙汰な今のうちに、近辺の立地を簡潔に説明したい。

 真上から、ここら一帯を見下ろした形だ。

 真ん中に一本道があるとすれば、左下にバスが止まっている駐車場があり、山荘があるのは右上だ。

 一本道を上に、或いは北に進めば、白野兎山頂へと続くハイキングコースがあり、下方向へと進めば、グランピング等の施設が広がっている。


 俺は今、その一本道――正確に言えば坂道なのだが――を山荘を目指して北上しているところである。実際に北かどうかは知らん。あくまで現在地を俯瞰的に見ての話だ。


「……アレだな。想像の倍くらいデカいけど」


 見えてきた建物は自然と調和を保っている木造の山小屋。煙突の目立つ二階建てのソレは近づいてみるとかなりの大きさで、年季を感じさせる古びた看板には『白野兎山荘』の文字が残されている。

 想像以上の山小屋らしさに、圧倒される。

 観光業に勤しんでいるなんて俗っぽい話を聞いていたのもあり、山中の洋館的なものを想像していたが、ちゃんと山小屋でした。

 

「……っと、感動してる場合じゃなかった」


 山荘の前で数秒ほど呆けてから、意識を現実へと引っ張り戻す。

 パシャパシャと正面から見た山荘の写真をスマホで撮ってから、山荘の中に入ることに。


「御免くださいなーっと」


 建物の中は温もりを感じさせるような橙の灯りによって明るさが保たれていた。

 乾いた木造の床に木製の椅子やテーブルが並び、壁には不均一に登山道具なんかを飾ってある。

 山荘内の一角には小さなお土産コーナーなんかも存在したが、それも素朴さを感じさせるようなデザインになっていて、雰囲気を壊しているようには感じなかった。

 登山客の中には登山バッチなんかを集めている人も多いと聞く。

 手拭いから簡素な人形のような置き物まで、見ていて飽きない雑多さが、なんともお土産屋らしさを醸し出していた。


 さてはて少し眺めていたくもなるのですが、なんて考えながら山荘内に目を向ける。

 何の苦労もなく、目的の集団を見つけた。


「…………お、やっと来た。大丈夫かよ、薄雲」

「悪い、待たせたな。体調の方は一応、問題はない。只今、帰りのバスに乗らずに帰宅する方法を募集中です」

「徒歩」

「鬼のような現実ぶつけて来ないでくれる?」

「…………? 他に思いつかないわ」

「ダメだ畜生悪気がねぇ!?」


 奥の方のテーブル席に腰掛けていた佐竹たちに、手刀を切りながら合流。

 軽い冗談に真面目に取り合ってくれる涼風が優しくて、お兄さんは心が痛いです。


「薄雲君、これからの予定はどうする? 確か、予定では――」

「変更する」


 藤堂の話を途中で遮り、そう断言したのはウチの幼馴染様。

 睨まれていると錯覚させるほどの鋭さを帯びた視線をぶつけてきているが、多分、俺のことを心配してくれているのだろう。斬新かつアグレッシブ過ぎて俺以外に伝わってないけど、きっと合ってる。


「…………わかったが、ちょっと落ち着きなさい。皆には悪いけど、自由時間を午前に引っ張る形に変更しよう。本当は体力と時間に余裕がある最初の方にハイキングを持ってきたかったんだけどね。俺はちょっと休みます」


 午前中に山登り。

 山荘で昼食をいただき、自由に遊ぶ。

 そんな計画だったのだが、午前と午後の予定を入れ替えることにした。


「つまり、今から遊びの時間ね。確か道具があるって聞いてたけど、何があるの?」

「山荘の管理者さんに聞いてくれってナル先生が言ってたな…………多分、お土産コーナーのスタッフさんのことじゃない? らしい人があの人ぐらいしか居ないし」


 自分で言っていて信じられないが、山荘の関係者がその男性スタッフしか居ないのだから仕方がない。

 とりあえず、聞くだけ聞いてこいと佐竹と涼風を送り出してから、俺はテーブルの上へと突っ伏した。

 少しザラザラとした木の感触が心地よい。

 恐らく、手作りだと思われるテーブルからは木材の匂い――確かフィトンチッド、なんて名称がついていただろうか――がして、それは今いる場所が日常から離れた場所であることを感じさせるものだった。


「…………」

「別に平気だ。お前もバテない程度に遊んでこい」

「…………ん」


 目は口ほどに、なんて言葉を聞くこともあるが本当にその通りだ。

 目を見るだけで彼女が何を考えているのかの大凡を察してしまえるのは、デリカシー的な面で少々の罪悪感を覚えることでもある。まぁ、お互い様なところもあるので、割り切ってはいるのだが。


 トンと背中を押してやれば、何度か振り向きたそうな素振りを見せながらも、藍夏は佐竹たちの方へと歩いていった。


「…………これで付き合ってないの?」

「何か文句があるなら聞くぞー」


 呆然としたようにつぶやく藤堂に笑顔でそう言えば、ぶんぶんと面白いぐらいの勢いで首を横に振られる。見事なまでの怯えっぷりであった。

 目の前のイケメンとのコミュニケーションの取り方がわからなくなりつつある今日この頃です。


「紅夜、見て」

「ん? 何かあっ――」

「沢山貰った」


 ふふん、と無邪気に薄い胸を張る涼風。

 その腕には、バドミントンのラケットやらサッカーボールやら、フリスビーやらバスケットボールやら、その他諸々エトセトラの運動器具が抱えられていて。


「絶対に午後までに体力を使い果たすという固い意志を感じるのは何故?」

「…………サッカー」

「うずうずしてんじゃねぇ!? いつもボール蹴ってんだろうが!」

「おい、薄雲ー! UNOにトランプ、ボドゲもあるってよ!」

「至れり尽くせりだな!? すげぇな、山荘」

「ボドゲは私物らしい」

「尚更すごいよ、お言葉に甘えず返して来なさい」


 まあ、とりあえず、暇を持て余すことにはならなそうで何より、なんて思っておこうか。




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