11 兄妹と買い物デート
地方民の味方。
田舎学生のデートスポット。
無計画に訪れた結果、何をするかでグダつき、若干空気が悪くなったりすることもままあるようなそんな場所。
それがモール型ショッピングセンター。
映画館から装飾品に食料品までを完備する大規模商業施設である。
店々が並び、人々の行き交うモールの中を俺と彼女は二人並んで歩いていた。
「……それで、どうして私がせっかくの休日に兄さんとデートなんかしてるわけ?」
「藍夏誘うの日和った」
「正直でよろしい」
隣を歩く翠が呆れたようにため息をこぼした。不満気に、コツンとつま先を俺の足へとぶつけてきたりなどもしてくる。
それでも何だかんだで兄に付き合ってくれるところが大好きです。
「妹はお高めのプリンを所望します」
「……別にいいけど、あんま自分を安売りするもんじゃないぞー」
「…………兄さんってそういう癖あるよね」
「え、俺今なんか変なこと言った?」
「別に。藍夏さんも大変だと思っただけ」
複雑そうな顔をしている妹が何やらを考え込みながら、ふらふらと歩いていたので、その手を引いて自分の隣へと引き戻す。
「……あ、ごめん」
「周りに迷惑かけないようにな」
「わかってる」
子供じゃないから、なんて抗議の視線を受けて、大人しく繋いでいた手を放す。
俺がどうのこうの、ではなく、単純に自身のミスを恥じているのだろう。ほんのりと紅く色づいた頬から熱を除くように、翠はパタパタと手を扇がせていた。
「……今日は服だけ?」
「そのつもり。まあ、ぶっちゃけ服も絶対に必要ってわけじゃないからなぁ。色々覗いた後はゲーセンにでも寄るつもり。翠はどう?」
「折角なら、私も服くらいは見たいかも」
「あいよ」
本日、ここを訪れた目的はいよいよ明後日に迫った遠足に向けての準備であった。
具体的に言えば、それなりに動ける服装かつ見苦しくないような服装を求めにきたわけなのである。
……まあ、正直に言えば、翠にも話したように着る物がなくて困っているという状態ではないのだ。
ただ俺の性格上、このような機会でもなければ滅多に服を買いに行かないというだけで。
「ほっといたら、ずっと家から出ないもんね」
「出不精のお家大好きっ子だからな」
「大学はちゃんと出て行ってよ?」
「なんでそんなに悲しいこと言うの?」
大学については未定。
ある日突然やりたいことができたときのために、人並み程度に勉強をしている感じでございます。
将来、役に立たないような勉強をする意味がわからない、なんて文句は飽きるほど聞いたことがあるのだが、個人的にそう思ったことはない。
むしろ、自分のやりたいことのためにどれほど頑張っているのかを数値化し、他者に理解してもらえるという点は誰にとっても公平で好ましいと思えるものだった。
……だからといって、勉強をすること自体が好きなわけではないのは当然なのだが。
「しばらく外に出ていく予定はないぞ」
「婿に行くでしょ」
「嫁を貰うって選択肢はないのか?」
「漢気が足りてない」
「え、漢気が足りてないって言った?」
「言ってない」
澄ました顔で凄まじい威力のボディブローを叩き込んできた妹に戦慄している間に、服を選ぶ候補として考えていた店舗の前に到着。
キャンプ用品なども扱っているアウトドア系のブランドの店で、手頃なものを探す。
目についたものを幾つか手に取っては戻しを繰り返していると、翠が何か物言いたげな目をしている。
「……兄さんは無難なやつしか選ばないよね」
「…………派手なのが嫌いなんだよ。無難で何が悪い」
「悪くないけど、陰キャ脱却は遠そうだなと」
「同じ全身シンプル装備のやつに言われたかねえな」
「別に陽キャになりたいと思ったことないからいいの」
「その言葉、そっくりそのままで返すよ」
兄と似たような服のセンスをしている妹は主張の控えめな別嬪さんに見えるのに、兄が同じような雰囲気の格好をしても無難に逃げた地味陰キャになってしまうのは何故なのだろうか。
やっぱ顔か? 顔が全てなのか?
世の中の真理を見た気がするぜぃ。
「バカなこと考えてないで、何着か持ってきたから合わせてみて」
「お、サンキュー。非常に助かります」
「私が口を挟まないと同じような服ばっかり増えてくんだもん。それを見過ごすのは流石に来た意味がないし」
「見た目に反して面倒見いいよな、お前」
「見た目に反しては余計。兄さんこそ、身内認定した瞬間から甘えたさんになる癖どうにかした方がいいよ」
「甘やかす方が悪いと思う」
「開き直るな、おばか」
小言を貰いながら、何着かの服選び。
授業は泊まりというわけではないので遠足のためというよりは、単純に外に出ることの少ない俺のための時間である。
「うし、こんなもんだな」
「了解。じゃ、こっちも付き合って」
「はいよ」
手持ちと相談しながらそれなりに時間をかけて服を選んだ後は妹の買い物のお付き合いだ。
幸い、翠は女の子女の子した趣味をしている子ではないので、服選びなどに付き合う際の気まずさはない。
明らかに女性向けという店で買い物に付き合う男の気持ちは、きっと女性にはわからないだろう。
のんびりと色々な店を見て回る。
冷やかし、というとあまり良い印象を持ちづらいかもしれないが、特に予定を決めることなく店を覗いていくというのも偶には悪くない。
置き物等の小物類を買うこともある翠もそれは同じようだ。
「…………結構、いい時間だね」
「そうだな。どっかで飯にするか。食いたい物とかある?」
ぽんぽんとお腹を叩きながら、こちらを見る翠。
時計を見れば、短針は午の刻の後半に位置していた。午をウマと呼ぶことを知って、午前と午後の語源に気づいたのは子供時代の俺にとって衝撃的な出来事だったなぁ。まぁ、どうでもいい話なんだけどね。
午後に入る前に食事の席くらいは確保できていた方がよかっただろうか、なんて小さな後悔を覚えながら、妹の希望を聞く。
「……空いてるとこ」
「頑張って探すけど、期待はすんなよ」
人混みを嫌う翠が顔を顰めていた。
兄ちゃん努力はするけど、保証はできないかなぁ。
「んじゃ、適当に回るか」
「……ん」
歩いてばっかだな、なんて思いもしたが普段の暮らし様を考えると、まだ釣り合いはとれていないような気がしたので甘んじて受け入れるとします。
歩きたくないって言ったところでどうにかなる問題じゃねーしな。
✳︎
人の金で食う焼肉が一番美味い。
そんな冗談半分の言葉を耳にすることもままあるこの世の中。
とりあえず、兄に奢ってもらった豚しゃぶ食べ放題は中々の美味でしたとご満悦の私である。
さてはて。
恐らく本人の想像の数倍はシスコンが混じっている兄曰く、私こと薄雲翠の容姿はかなり整っている方なのだとか。
贔屓目が入っているのだと相手にしてこなかったのだが、年がら年中、誰もが認める美少女と共に日々を過ごしている彼の目を信じてあげることも偶には必要なのかもしれない。
そんなことを絶賛ナンパをされている最中である私はぼうっと考えていた。
いったい、どこで何を間違えたのだろうか。
自身の過失を思い出そうと思考を働かせてみるのだが、特に過ちを犯した記憶は見当たらない。
己の行動といえば兄がお手洗いに行くというので、モール内に設置されているベンチに腰掛けて休んでいたことぐらいである。
目の前をふさいでいるのは二人組の男性。
三つ四つは歳の離れていそうな風貌から、恐らくは大学生か、老け顔の高校生だと予想。
幾ら私が童顔ではないからといっても、中学生をナンパするのは十二分にロリコンの域に入るのではないだろうか。
私が小学生に手を出すようなものだよね? もはや犯罪じゃん。
呆れが表に出たのだろうか。
意識の埒外で声をかけ続けてきていた男の中に苛立ちが見え始める。
「あのさ、聞いてる? 今、俺たち君に話しかけているんだけど」
「無視とかちょっと生意気じゃない? そういう子も嫌いじゃないけどさ」
茶髪と金髪。
このような輩がいるせいでいつまで経っても、日本の学生は自由に髪を染めることもできないのだろう。
揃いも揃って軽薄そうな声をしている彼らを見て、そう思った。
「…………はぁ」
ため息。
兄を待てば、問題は解決するだろう。
ただ、あのおバカさんは間違いなく怪我をする。
妙に運動能力が高いくせに、喧嘩は私よりも弱いのだ。余りにも本人の気質が殴り合いに向いていないのである。
では、どうするかと自身に問う。
大人しく、ナンパ男に付き合う? 却下。
騒ぎ立て、周囲に助けを請う? あまり目立ちたくはないかなぁ。
なら、大人しく兄を待つか?
――それこそ論外だ。
「……ナンパならお断りします。今、兄と来ているので」
アレに丸投げするぐらいなら、私自身で受けて立つ。退くつもりはないと強い意志を込めた視線を真正面からぶん投げた。
一歩、男の内の片方が気圧されるように退いた。その様子を見て、これ以上、変に突っかかってくることはないだろうと判断する。
これ以上の騒ぎにならないことに安堵の息を吐く。
その直後だった。
「……ぁ、ぁ、の! そ、その人、怖がってる……よう、な……気がするん、ですけど」
震える足。
怯えの滲む声。
必死に恐怖を押し殺し、声を張り上げた。
そこに一人の青年が立っていた。
聞き覚えのない声だ。
最初に、そう思った。
次いで、余計なことを、なんて性格の悪そうなことを考えた理由は、現れた青年の身を案じたからである。
目にかかるほどの黒髪に野暮ったい眼鏡。
おかげで表情は伺えない。
黒主体の陰を極めたかのような服装は、とても一般的とは言えないもので、凄く悲しい目立ち方をしている。
その青年は、間違いなく日陰の者であった。
ともすれば、私が助けに回らないと酷い有様になることが安易に想像できてしまうくらいに。
「なんだお前、急に横から割り込んで」
「テメェには関係ねえだろ、すっこんでろ!」
「ひっ、で、でも……そ、その……」
あー、あー、言わんこっちゃない。
というか、多分このチンピラたち、私が見た目通りの大人しいタイプじゃないことを悟って、苛立つ振りをして向こうに逃げやがったな。
兄もびっくりの小物っぷりに呆れを超えて、笑えてきてしまう。
目の前で繰り広げられている騒動。
現在、渦中にいるわけではないが、原因の一端を担っているのが私であることに間違いはない。
流石にコレを放置するのは気が引ける。
どうしたものかと考え込んでいると、怒鳴り散らされている可哀想な陰キャさんと目があった……ような気がした。
「……逃げて、って言ったのかな」
その唇が音のない言葉を型作った。
何とも冴えない王子様だと気が抜けて、つい笑ってしまった。
そして、そのタイミングでコツンと後ろから頭を優しく叩かれた。
どうやらタイムアップらしい。
「何やってんですかい、マイシスター」
「……ナンパされて、助けてもらって、助けるかどうか悩んでるところだよ、マイブラザー」
「うわぁ、カオスってる。兄の手伝い要る?」
どうだろうか、と背後の兄から視線を件の陰キャさんに戻そうとして、唖然とする。
「……すんごい勢いで走って逃げてる奴が居るんだが……翠さんや、アレに助けられたの?」
「うん、アレを助けるか悩んでたの」
そこにあったのは、モール内を爆走する青年の姿だった。脱兎の如く、というのは彼のためにあった言葉なのかもしれないと思わせるような逃げっぷりである。
あまりの速さに、ナンパ男たちが感心している始末だ。良いものを見せて貰った、みたいな面してるんじゃない。
「…………ま、平和に収まったならいいや」
「よくわからんが、俺はお前がそれで納得したなら文句はねえよ」
実害がなければそれで良い。
そんな大雑把さを持っているのも、私たち兄妹らしくていいと思うのだ。
さて、気分転換に、兄のお金でゲーセンにでも連れて行ってもらうとしようかな。
「あ、でも、ナンパしたやつは許さねえ」
「わざわざ負け戦をしかけるのはやめなさい」
「はーい」
✳︎
「…………ば、バレて、ない……よね? 大丈夫、だよね? …………よし! もう二度と余計なことには首突っ込まないようにしよう…………胃が痛い……!」




