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10 幼馴染と遠足計画







 白野兎山荘。

 それが俺たちが遠足で訪れる予定の場所なのだが、何ができる場所なのかを一言で説明するのは難しい。


 山荘の本来の役割を述べるのであれば、主に登山客など対して宿や食事を提供するサービスを行う場所という認識でいいはずだ。

 だが、さしたる名所というわけではなく、登頂に時間がかかる山というわけでもないローカルな山を、わざわざ日跨ぎで訪れる登山客なんて殆どいない。


 では、白野兎山荘が何を行なっているのかと言えば、本業である宿泊業はそこそこに、白野兎山周辺の自然観光事業や避暑地としてのアピール活動などを担っていたりするのである。

 ハイキングコースを作ったり、キャンプ地を整備したり、グランピングのプランを作ったり、などとレジャー業に魂を売った宿泊施設、というのが最終的なアンサーになるのだろうか。

 商魂逞しいと同時に地元の自然愛に満ち溢れた運営の方々が協力してくれているのだから、楽しむ努力を惜しまないようにしろ、というのはナル先生の談だ。


 さて、そんな自然豊かな場所に放り込まれる予定の俺たちなのだが、仮にも校外学習の名目で遠足を行う以上、やらなければならない課題が提示されている。

 ……その課題に対してのアプローチを考える時間を、俺たちは自己紹介に割り当ててしまったわけなのだが。



 のんびりと思索に耽りつつ、欠伸を一つ。

 淹れたばかりのコーヒーを口に含む。


 時刻は夜の11時。

 風呂から上がり、あとはもう眠るだけという状態をつくった俺は、本日の帰り際に担任から手渡されたしおり(仮)をパラパラと捲っていた。

 因みに、正規版を生徒全体に配るのは三日後を想定しているようである。ナル先生としては、話し合いができていない分の補填といった意図なのだろうか。


 しおりには白野兎山荘がどのような施設であるのかが、より詳細に書かれていた。

 流し見のまま読み進めていくと、数分もせずに最後のページに到達する。

 そこには、課題の内容がデカデカと記載されていた。


『意義のある遠足を計画し、実行しなさい』


 まず掲げられていたのは、シンプルかつ抽象的なそんな目標。

 次いで、目標に関する説明がズラリと並んでいた。

 今日の授業ではナル先生が口頭で説明していたそれらを、改めて読み直していく。


 そこに書かれていたことは、何を以て意義があるとするのかの仔細は問わないこと、マナーを守り道徳に反する行為は禁じること、疑問点があれば事前に質問をしておくこと、などなどエトセトラの注意点だった。


 視線を先に送る。


 同じように、ごく普通の注意事項が並んでいる長文。その最後の一文が太文字になっていることに気がついた。


「…………各班、白野兎山の山頂で集合写真を撮ることを義務付けとし、これを校外学習の唯一の評価項目とする、ね」


 なんともこの学校らしい"ゆるさ"が滲み出ている一文であった。


 要するに、取り敢えず山頂に行きさえすれば、何やっても許します。節度を保って、手を抜かずに遠足を楽しんでください。


 という認識でいいはずだ。

 手を抜かずに楽しめ、というあたりに含むものを感じるが、そこは班員と要相談といったところか。


 しおりをとじて、再びコーヒーカップに口をつける。

 ほう、と息を吐く。

 温かい飲み物を呑んだ後の呼吸にて、不思議と気分が落ち着いたような感覚を覚えるのは俺だけではないはず。


 一先ずは安心した。

 班で必ずしも行わなくてはならない事前準備がないことを確認できたからだ。

 まあ、暇な時間をどう潰すかは後で考えよう。メッセージアプリのグループでも作っておこうかな。


 そんな思考の片隅で、もやもやと残り続けている懸念点。

 それはこの遠足で唯一の義務課題とされている山頂での集合写真についてだ。

 しおりによると、山頂までのハイキングコースは片道一時間ほどの軽い運動レベルらしい。

 その程度ならば恐らくきっと多分メイビー問題ないと思いたいのだが、うちの幼馴染様の体力が保つかどうかは五分五分といった所だろう。

 幼馴染様は運動神経はかなり良い方なのだが、体力がかなり少ないのである。シャトルランとか内心では恨むほどに嫌っているはずが、体力テストの際には周りの子を励ましながら頑張っているのを見て、お兄さんは涙が止まりませんでした。

 その後、誰にも見つからないように移動してから気絶でもするかのようにぶっ倒れた件に関しては未だに許していないが。学校にいるのを忘れて、素で説教したぐらいである。


 まあ、それはそれとして。


「……荷物減らして、スケジュールに余裕もたせりゃどうにかなるか? 確証が欲しいなら下見に行っときたいけど、そこまですると引かれそうだし」


 藍夏の体力がかなり少ないこと、そして無意識にそれを隠そうとする癖に関しては、常に気を配っていた方が良さそうだ。


 遠足があるのは来週の頭。

 必要なものは今週末の休日に揃えることにしよう。

 

「久しぶりにデートに誘うのもいいよなぁ」


 ………………翠を。


 頭の中で親愛なる妹から「意気地なし、ヘタレ、シスコン」なんて罵倒の言葉の数々を浴びせられたような気がしたが、多分気のせいだろう。最後のは褒め言葉だしな、俺的に。

 



 ✳︎




「……自由時間の過ごし方?」

「そ、班員に聞くだけ聞いて回ってるとこ。因みにお前が一人目」

「まだ回ってねえじゃねえか。動き始めたところだろ。別に良いんだけどさ」


 今日も今日とて、佐竹との会話から始まる学校生活。

 いい加減飽きてきたな、なんて思いながらもログインボーナス的な感覚で会話をしているところもあるので快も不快もないというのが実情である。

 あの感覚何なんだろうね。好きなソシャゲだったからこそやり込み始めたはずなのに、やればやるほど次第に何も感じなくなっていく虚無感。着々と人間性が薄れている感じがして、割と嫌いじゃないです。脳破壊ってこんな感じのことを言うのだろうか? 純愛以外に興味はないので、どうでもいいのだが。


「…………準備に手間がかからないものってのは、夢がなさすぎるか?」

「かもな……ま、理想論しか考えない奴よりマシだろ。少なくとも、現実は見てるわけだし」

「そういうものかね」


 確かに夢はないかもしれないが、明確な実利がある。地に足をつけた考え方は、俺個人としてはかなり好むところにあるものだった。できるかわからない満足度120点の計画を立てるよりは、確実に行える80点の計画を作るべきだというのが俺の性格だ。

 失敗すらもが青春の一つだ、なんて諭してくるようなやつがいるのなら、そもそも青春を送るのに向いてないのだから放っておいてくれ、という弁を返してやりたい。


「取り敢えず、他の人にも聞いてこいよ」 

「そうする……というか、何で俺が当前のようにこんな仕事をしてんだ?」

「今更だろ」


 佐竹はヘラヘラと笑いながら「考えるだけ無駄だ」なんて言ってくる。非常にムカついたので全身全霊の全力をかけたデコピンをかましてやった。

 額を抑えながら悶絶する眼鏡を横目に席を立つ。

 一度、時計を見る。

 朝のSHRが始まるまでには、まだかなりの余裕があった。


 教室を見渡すが、次に話を聞こうと思っていたイケメンくんの姿は見つからなかった。もしかしたら、朝練か何かで席を外しているのかもしれない。

 運動部は朝から大変だと感心半分、同情半分に、ならばと他の二人に目を向ける。

 例の如く、登校を共にした幼馴染様は、教室の真ん中で談笑中。最後の一人は窓側の列に存在する自席にて、優雅に読書なんかを行っているようだった。


「……おはようさん、今いいか?」

「おはよう、紅夜。特に用はないわ」


 見てわかるでしょ? とでも言いたげな目をする涼風に、そりゃよかったとつぶやきで応じる。サクッと本題に入ってしまおうと、佐竹にしたのと同じ質問をしてみると彼女は眉間に皺を作った。


「全員で話さないと意味はないと思うけど」

「平和に集まりそうにないから個別で聞いてんだよ。結果が目に見えてるのに、わざわざ空気殺すこともねーだろ」


 ついと滑らせた視線の先を追いかけて、涼風は納得の息を溢した。

 楽しそうにしている藍夏に話しかけること。

 それによって生じる弊害の中には容易に無視できないものがある、という話だ。


 無表情の藍夏が機嫌が悪い状態なのではないことを、佐竹や涼風は既に悟っている。

 班員を集めた会話の場でどれほど空気が凍りつこうが、それで胃を痛める可能性があるのは最悪を見積もっても藤堂ぐらいだろう。


 けれど、このクラスにいる他の大多数が同じように捉えてくれるかはまた別である。

 いつも可愛い女神様が絶対零度の鉄仮面になるのはお前のせいだ、なんて文句をぶつけたい奴なんて山ほどいるだろう。

 慈悲深い女神様すらあんなにも冷たい目を向けるこの男はどんな極悪非道の最低男なんだ、なんて勝手に意志を推し量ろうとする輩が、いったいこの学校に何人いることやら。


 今でさえ、一部からはそんな目で見られている俺が、更に自身の立場を傷つけるような行動を取るのは憚られるというわけだ。

 彼らの攻撃により、俺自身が直接ダメージを受けることはない。

 俺に取っての問題は、そんな言葉の刃が傷をつける相手が俺ではないことだ。


 なぜならば、優しいあの子はそれらを善しとすることを絶対に許さないのだから。


「……ということで、俺が教室でアイツに話しかけるのは無理。帰りに俺が個別で聞――」

「そう、わかった。紅夜が無理なら、私が声をかけてくる」

「行動力の鬼すぎんか?」


 言うが早いか、席を立ち上がる涼風に慌てて待てをかける。

 私、犬じゃないんだけど、なんて睨んでくる彼女に時計を見ろと指を向けた。


「後にするぞ。藤堂もいないしな」

「…………」

「消化不良って顔されても困るんだが」


 いや、ほんと、俺のせいじゃないから。

 ペシペシ叩いてくるのやめい。



 

 ✳︎




 そんなこんなでお昼時。

 よく晴れた青空の下、俺たちは穏やかな風を肌に受けながら呑気に弁当を食べていた。


「……屋上の鍵なんて誰から貰ったんだよ?」

「担任以外にいないだろ……うちの幼馴染の威圧にパンピー諸君が耐えきれないからって言ったら、普通に貸してくれたぞ」

「それでいいのか? 本当にそれでいいのか、お前ら二人とも」


 現在進行形で幼馴染様からのグーパンチを受け入れているので、少なくとも俺は許されたと思いたい。

 ナル先生の方は知らん。多分、大丈夫だろ。この学校、校則めっちゃ緩いし。髪の毛染めてるやつとかザラだからな。ここにも金髪が一人いるぐらいだし。


 現在、屋上に居るのは俺たちの班員だけ。

 俺と佐竹の会話に耳を傾けながらオドオドしている藤堂と、初めて足を踏み入れた屋上に目を輝かせている涼風、そして無表情のまま、ちゃっかり隣に座っている幼馴染様といったラインナップである。相変わらず癖が強いね、君たち。


「本当は敷物があればよかったんだけどな」

「ハンカチがあっただけマシだ。雨が降ってないのを幸運と思おうぜ」


 五人仲良く座って円を作る。

 それぞれが自分の前に自身の弁当を置くわけなのだが、藤堂の弁当だけ存在感が凄かった。

 どうやらそこに目をつけたのは俺だけではなかったようで、上機嫌なのが見て取れる涼風が藤堂へと話しかけていく。


「藤堂、その弁当箱どこで買ったもの?」

「ねえ待って、もしかして同じものにしようとしてる?」

 

 予想の斜め上を突っ走るのやめてほしい。

 女の子らしく「わあ、藤堂君って沢山ごはん食べるんだね!」みたいなリアクションを予想した俺の期待を……いや誰だそれ? 涼風に全く似合わねえな。


「すず、動かないで食べると太るよ」

「私、食べても肉つかない体質だから大丈夫よ」

「――そっか」


 一瞬だけガチの無表情になりましたね、この子。

 目の前で繰り広げられた無慈悲な惨劇に、藤堂と佐竹が心なしか食事のペースを早める。関わらぬが吉という判断であった。


 まあ、いい。

 それはさておき、だ。


「食いながらでいいから聞いてくれ。本当は昨日話すことだったんだけど、遠足の予定を大雑把に決めたい。具体的には、昼食をどうするかと空き時間の使い方。あと、山頂に向かうタイミングなんかもある程度の予定として固めたいな」


 ぱくぱく、もぐもぐ、もっきゅもっきゅと少しの沈黙を挟んだのちに、佐竹が手を挙げた。


「昼をどうするってのは?」

「今みたいに弁当にするのが一つ。あと食材だけ傷まないように持って行けば、グランピング用の器具を貸してくれるってのがあったな。他には、事前に頼めば山荘で料理を出してくれるってのがもう一つ。最後にかなりの極論だけど、許可さえ取れば山荘を離れて料理店を探してもいいとさ」


 細かい部分は屋上の鍵を受け取るついでに、ナル先生に質問してきたので間違いない。


「……去年もそうだったけど、この学校本当に自由だよね」


 呆れ笑いをするイケメン。

 残念ながら、去年は全くグループ活動に参加しなかったので共感できない俺である。取り敢えず、笑顔を返しておこう。愛想笑いさんマジ万能っすわ、ふへへ。


「そいつ、去年は休んでるから知らねーんだよ」

「え、ぁ…………ご、ごめん」

「余計なことは言わなくてよろしい」

「だからって殴らなくてもよくない?」


 痛くないだろとジト目を投げれば、まあそうだけどと複雑そうな顔で頷きが返ってくる。

 佐竹の一言のせいで、まーた藤堂が俺のこと怖がり始めたじゃねえか……なんでこんなに怖がられてんだよ、マジで。


「…………外で、料理」

「およ、何か気になることでもあったか?」

「……別に」


 度々、亜澄葉さんが娘の花嫁修行が楽しくて仕方がないといった旨の連絡をよこしてくることがあるのだが、この様子を見ると、どうやら幼馴染さんは料理関係に興味があるようだ。

 用意を少し頑張れば、彼女の希望を叶えることはそう難しいことではない。

 ただその場合、佐竹の言った手間のかからないものという意見からはかけ離れてしまうことになるのだが。


「私、山荘の料理食べたい」

「いつになく目を輝かせてるじゃねえか。食べるの相当好きなんだな、お前」

「……? それ何か悪いこと?」

「いや、全く」


 こちらの思惑など露ほども知らずに、こてんと首を傾げる涼風。

 自分の見た目を理解しての行動なら、中々の悪女である。多分絶対そんなことはないのだろうが。

 個人的な見解を述べるのであれば、ご飯を心から美味しそうに食べる子に悪い人はいないと思います。根拠も何もないただの持論だけど。


 さて、どうしたものかと藤堂の方を見れば、彼はふるふると首を横に振って、自身に要望がないことを静かに伝えてくる。それでいいのか、なんて思いながらも、変に問い詰めると逃げられてしまいそうなので深追いはできない。というか、何で俺が野郎のメンタルケアまで同時にこなさなきゃならんのだ。そろそろ、藤堂の反応についての理由をはっきりさせたいところである。


「そんじゃ、飯は山荘の方に頼むか。俺も興味あるしな。後は自由時間の使い方だな。といっても、山荘の方にある程度の遊び道具はあるらしい。そんなに厳密に考えることでもないから――」


 気持ちの良い空の下。

 時折、流れていく雲の様子なんかを眺めつつ、心地の良いリズムで会話が進んでいく。


 ふと、隣に座る彼女の横顔に目が止まった。



「……何?」

「………ん、そうだなぁ…………バーベキューなんかは夏休みにでも一緒にやろうぜ、なんてお誘いをかけてみたり?」

「……………………そう」



 存外に他の三人が話し合いで盛り上がっている様子を、二人揃って眺めている。

 それまでは、俺の方になんて一度も顔を向けることがなかった彼女と目が合った。



「…………楽しみにしてる」



 ああ、完全にしてやられた。

 後ろにパタリと寝転んで、片手を顔の上へと被せる。とても人に見せられるような顔をしていないことは、容易に想像がついた。

 日差しを受け続けていたコンクリートが、じんわりとその熱を背中に伝えてくる。



「…………あっっっつい、なぁ」



 空に浮かぶ太陽様に恨み言を一つ。

 くすくすと鈴を転がしたように澄んだ笑い声が、すぐ隣から聞こえた。






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