戦争で死にたかった人
戦争の中で死ぬ。
それが私の転生前からの願望であった。
転生前の私は兵士に憧れていた。しかし、病弱な体であった私には同年代が徴兵される姿を眺めることしが許されなかった。
死んだ時のことは今でも鮮明に思い出せる。空襲で焼けた自宅の中で、誰にも助けてもらうことなく、病気で動くこともできず、じわりじわりと体を焼かれた。燃え盛る炎の中、意識が途絶えるまで私は自分の人生を呪った。生まれてから誰の為に生きることもてきず、ただ無能なまま死ぬだけであった自分の人生に。どうせ死ぬなら敵空母に突っ込んで死にたかった。
敵空母に特攻にしていく兵士達が羨ましかった。国の為に、家族の為に、愛する何かの為に死ねることが羨ましかった。どうせ死ぬなら私も、あのように戦争の中で死にたった。そう願って、呪って、私は死んでいった。
だからこの世界に来れたときは奇跡だと思った。
誰の為に死ねなかったこの私に、もう一度人生が与えられるなんて夢にも思わなかった。私は今度こそ戦争の中で死ぬことを誓い、二度目の人生を歩むことにした。
二度目の人生は一度目と比べて、生きやすい人生であった。ここでは空気も苦しくないし、体も前とは比べ物にならないほど丈夫であった。多くの女性に言い寄られたりもした。もちろん、元日本男児として不純なことはできなかったが、言い寄られること自体に疲れることは一度もなかった。
念願の兵士にも成れた。私は剣の才能も、魔法の才能にも恵まれていたらしい。私は兵士としてもすぐさま重宝され、数多の戦場を駆け回ることができた。
この世界に不満は何一つ無かった。しかし、一つ、価値観のズレを感じていた。それは、この世界では兵士に死ぬことを求めてないということであった。
ある日、敵の罠に引っかかり部隊の半数が何の成果も上げられず戦死するという事態が起きた。私もその部隊の一員として戦争に参加していた。当時私の上官は、これ以上の損害を出さない為に自国へ撤退することを決断した。私はその決断に猛反発した。そんなことをすれば敵前逃亡として死刑を免れないと思ったからだ。
しかし、上官は私の主張を受け入れなかった。それどころか、理解すらしてもらえなかった様子であった。「死刑?何を言っているのだ?」という感じであった。
結局部隊は自国まで撤退することになった。撤退の最中私は恐怖していた。こんな敵前逃亡まがいのことをして死刑にならないはずかない。そうなるぐらいなら私だけでも戦場に残り、一人でも多く敵兵を殺し、そして名誉の死を遂げれば良かった後悔した。
しかし、私の予感は大きく外れることとなった。
帰国後、成果を報告する私の上官に、王は「よくぞ生きて帰ってきた」と言葉を送った。それから何のお咎めも、私の部隊には与えられなかった。私は王の慈悲深さに深く感動した。敵前逃亡犯にそんな優しい言葉を送れる度量の広さに胸を打たれたのだ。
そのことを同僚に話してみると、ここでも私は理解をされなかった。同僚曰く、王は人として当然のことを言っただけとのことだった。部下を半分亡くした上官は精神的に多大なダメージを受けていた。そんな人に情けの言葉をかけるのは人として当然のことと言うのだ。私はもう少し食い下がり、それでも罰を与えなかった王は素晴らしかったと主張したが、意気消沈している人間に誰が鞭を与えるかと、一蹴されてしまった。
ここで気付かされたのは、この世界の人間は酷く優しいということ。そして、生きることを何よりも優先するということであった。例えそれが兵士であったとしてもだ。
私はこの世界の優しさに困惑した。私の望みは、戦場で死ぬことであったのに、誰も私が戦場で死ぬことを望んでいなかったからだ。
それから私は数年間、生きる理由も死ぬ理由無くして、一人でも多くの敵兵を殺すことだけに集中した。一人でも多く殺す為に、単騎での突っ込みことも躊躇しなかった。そこまでしなければ、自分の生を感じれることができなかったからだ。周囲も私を止めようとしていたが、私が聞く耳を持つことはなかった。
そのうち私は戦争が終わることに酷く恐怖した。戦争が終われば敵兵を殺せなくなるからだ。敵兵を殺せなくなった私に、これ以上生きる意味がない。くしくも私は戦争により生かされていることに気付かされた。
戦争が終わった。一応、我が国の勝利であった。皆が喜び叫ぶ中、私一人だけが失望していた。
私はひとり、戦前有名とされてた自殺スポットに足を運んだ。そこには落ちれば魔法で強化した肉体であっても即死は免れないであろう断崖絶壁と、一人の女がいた。その女は、私に言い寄ってきたどの女性よりも、醜い顔をしていた。
私はその女も自殺志願者であると思い、お先にどうぞと崖の方を勧めた。しかし、その女はどうやら自殺をしに来たわけではないようであった。なら何をしているのか聞くと、女は自殺しようとする男に声をかけて性的行為をするようお願いしているそうだ。なぜ自殺する男に声をかけるのかといえば、そういった男でもなければ醜い自分を抱いてくれないからと女は言った。
私は死ぬ前に、女の願いを叶えてやることにした。
そのセックスに愛は無かったが、久々に戦争以外で生を実感することができた。
私は一旦死ぬことを止め、その女を自宅に連れ込むことにした。抱いたときに気づいたが、その女は病に侵され酷く衰弱していた。貧困でまともな食事も取っていないようである。
私は知り合いの医者に診せ、十分な食事を女に与えた。しばらくすると女は病気を直し、非常に健康的な顔になっていた。その時には、初対面のとき感じた醜さは消えていたが、頬にある酷い傷跡が気になるようになっていた。幼いときにつけられた火傷痕らしい。
私は彼女の顔に化粧を施し、その火傷痕が少しでも目立たなくしてあげた。彼女の頬には涙が流れ、そのせいで化粧が落ち、また火傷痕が顔を表した。私は彼女の涙を拭い、再び彼女の顔に化粧を施した。その行為が私に戦争以外の生きる意味を与えてくれたのだ。
後に、彼女は自分自身で化粧品会社を立ち上げた。私は兵士を辞め、彼女が業務に集中できるよう護衛や裏方の仕事を行った。戦後でファションへの関心が高まっていたことあり、彼女の会社は順調に成長していった。彼女の会社が巷で大手と騒がれるころには、3人の子供にも恵まれ、忙しくも幸せな日々を送っていた。
そんな中で戦争は再び始まった。
私は再び徴兵され、戦場に向かうことになった。
軍に出征する日の朝、私を送り出す彼女に、「必ず生きて帰ってくる」と告げた。その時に気づかされた。そうか、私はもう生きて帰ってきたいのだと。戦場で死ぬことをあんなに望んでいた私は、もう生きて帰りたいのだと。
それからの私は戦場で生き残ることを優先した。無謀な単騎突撃は止め、作戦立案にも積極的に参加し、いかに犠牲を出さず勝利をするかを考え続けていた。当然、生き残りたいという純粋な願望もあったが、周囲の兵士たちにも自分と同じく愛してくれる人がいることに気づいたからだ。
戦争は我が国優勢で進んでいった。敵国は我が国と比較して資源に乏しい国であったから、かなり早い段階で衰弱していった。。我が国の勝利は時間の問題、そう思われた最中、敵国が牙をむいてきた。
敵国は最新の魔導空中兵器を用いて、我が国の領土の一部を一瞬で焼け野原にした。宣戦布告なし、一般市民を直接的に狙ったその所業に驚愕させられた。そして、焼け野原された領土の中には、私の妻と子供たちが暮らす町も含まれていた。
私は家族がどうなったかを確認したかった。しかし、兵士である私はここでおずおずと帰るわけにはいかなかった。敵が最新兵器も用いてこちらの指揮を下げることを狙いにしているのは明らかであったし、何より再び兵器を用いられれば、我が国の敗北は明らかであったからだ。空中魔導兵器が再び同じ攻撃をするには、魔力チャージを3日間行う必要があると推定された。それまでに、我が軍は敵国の本土を落とす必要があった。私は再び人を殺すことだけに集中するマシンへと戻った。
敵の本土を落とすまでに3日も必要としなかった。1日あれば事足りた。私が単騎で突っ込み、そのまま敵の首領の首を落とした。部下に事後処理を任せた後、一目散で妻のいる町に戻った。
町は報告通りの焼け野原で、家屋の残骸すら残っていない。そこには、その空間だけえぐり取ったような巨大なクレータがあるのみであった。私が住んでいた家がどこにあったか全く判然としなかった。はっきりとしていたのは、行方不明者のリストの中に妻と子供たち3人の名前が刻まれていた。
私は戦場で死を恐れたことを酷く後悔した。私が死を恐れなければ、戦争は初日で終わり、狂った敵国がこのような悲劇を起こす前に戦争を終わらせるたのだと。
私は自分の命を大事にしたことを酷く後悔した。私が命を大事にしなければ、最悪私が死ぬだけで済んだかもしれないから。
私は再び戦争の中で死にたいと思った。戦争で生き残っても虚しいだけと知ったから。
私は戦争を憎んだ。だけど、再び戦争が起きることを望んだ。そんな矛盾を抱えながら、数十年だらだらと生きている。
3度目の戦争はまだ始まってない。