樹火
世界樹に巨雷が落ちた。
燃え上がった。
大火だ。
大火事。
大変なことになってしまった。
世界樹が死ぬと、世界が終わる。
あたしは消火隊員だが、こんな大きな火事は手に負えない。
小さな水魔法では、世界樹火災を消し止めることなんてできない。
あたし以外の隊員も呆然と樹火を見ている。
なすすべもない。
家が燃えたくらいなら、火を消せる。
町中が燃えたとしても、懸命に消火しようとするだろう。
だが、この世界樹火災は無理だ。
山より高い巨大な樹。
あたしの水魔法はせいぜい2階に届くくらいだ。
とうていこの樹火を消すことはできない。
町の人々はみんな絶望しているようだ。
都市の人々もきっと樹火に気づいて、慌てていることだろう。
世界中の人が樹火のニュースを聞いて、顔面蒼白になるにちがいない。
だが、誰も世界樹火災を消し止める手段を持っていない。
事態が大きすぎる。
このままだと世界が終わってしまうが、なすすべがないのだ。
いや。
本当にそうか?
あたしは祈ることにした。
雨乞いの祈りだ。
大雨が降れば、樹火が消えるかもしれない。
あたしは世界樹にできるだけ近づいて、祈った。
ときどき黒焦げになった枝が落ちてくる。
かまうものか。
このまま手をこまねいていたら、どうせ世界が終わり、あたしは死ぬ。
みんなも死ぬ。
「アズ、そこにいると危険だ」
ダンが言った。
「邪魔するな。あたしは雨乞いの祈りをしているんだ。世界樹火災を消すために」
「無理だ。いまは乾季のど真ん中だぞ。あと1か月は雨は降らない」
「1か月も待っていたら、世界樹は完全に燃え尽きてしまう。世界は終わる」
「おまえは雨乞いの魔力を持っているのか?」
「そんなものはないよ。でも、こうでもする他に手はないだろう? あたしはできるだけのことをやりたいんだ。座して世界の終わりを待つなんて、まっぴらごめんだ!」
「わかった。おれも祈るよ」
ダンがあたしの隣で祈り始めた。
その祈りは町中に広がった。
町に住むすべての人が祈りに参加したのだ。
幼い子ども、少年少女、青年、大人、男も女も、老いも若いも。
赤ん坊すら泣き叫び、祈った。
その祈りは都市に広がり、やがて世界中に広まった。
大雨が降った。
奇跡的に雨が降ったのだ。
あたしは大火が消えるまで祈りつづけた。
水も飲まず、パンも食べず、雨が降りつづけるよう一心に祈った。
2日間、大雨が降り、もうやく樹火が消えた。
「よかった……」とあたしはつぶやき、倒れて気を失った。