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遠雷 6

 フィーアは蛍の丘にいた。

 激しく揺れる草の間を歩いていた。

 月も星もない暗黒の世界が広がっていた。

 雨は矢のように、全身を突き刺す。


「このまま雨に打たれて死ねたらいいのに」


 天を仰ぎ、両手を広げて雨粒を全身に受ける。

 空よもっと泣けばいい。


 ここは、エルンストとお互いの気持ちを最初に確かめ合った場所。

 奴隷となった私を愛してくれた人。

 幸せな想い出をくれた人。

 私の心を鎖でつないだ人。

 

 ―—出会わなければ良かった。

 貴族と奴隷が愛し合うなんて、やっぱり許されない。

 この世界が許してくれない。


 激しく全身を叩く雨は、フィーアの涙を流す。

 屋敷を出たところで、小娘一人生きてはいけない世の中だ。娼婦になるか、もう一度奴隷に戻るか。


「何度も救って頂いた命なのに、ごめんなさい」

 

 エルンスト様の未来を奪わないために。

 ——もう、私にはこうするしか。

 

 未来が不安で、苦しくて、永遠に続く深い闇の中に生きることに疲れた。

 もう、この苦しみから解放されたい。


 フィーアはその場に膝をつくと、胸元から短剣を取り出し自分の喉元に突き付けた。

 

 雷光が光る。

 一瞬辺りを明るく照らす。

 

 神も私を歓迎しているのだわ。


「エルンスト様、愛しています」


 天がいかづちを振るった。

 雷鳴はすべての存在を浄化するがごとく地面に突き刺さった。


 空を、空気を、丘を切り裂く激しい音が鳴り響いた。


「——俺を置いて行くのか」


 短剣はエルンストの手で押さえられていた。


「言ったではないか。お前のいない未来など意味がないと。お前がカロナバスの舟に乗ると言うのなら、俺はヴァルハラの門をくぐろう。死んだら俺たちはむしろ離れ離れだ。だから生きている今、お前を死ぬほど愛してやる」


 そう言うと、フィーアに強引に唇を重ねた。

 やがて離れた唇は愛の言葉をつむぐ。


「お前の過去や身分など気にしない。お前も二度と気にするな。俺はお前と生きると決めたのだ。それが天に背くことだとしたら、俺は喜んで地獄の業火にこの身を焼かれよう」


 草原に響き渡る霹靂《へきれき》は祝福なのか、それとも怒りなのか。


「身分を隠して生きていくことが、そんなに辛いか?」

「いいえ。私が辛いのはあなたの邪魔になることです。いずれ私の秘密は陽の元にさらされるでしょう」

「ならば、俺がお前の盾となる」


 二人の間には雨さえ入る隙もない。


「俺からすり抜けるな。俺をひとりにするな。俺を孤独から救うとお前は誓ったはずだ」


 

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