表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/86

奴隷の女 5

 不意に掛けられた声に、怪訝な顔をして奴隷商は手を止めると声の主を探す。

 奴隷たちも声の主に視線を向けた。

 

 フィーアの薄れる意識はなんとかその場に留まっていた。

 

 そこには、艶やかな毛並みの黒い馬にまたがり、軍服を着た青年の姿があった。

 歳の頃は二十代中頃だろうか。端正な顔立ちに切れ長の鋭い瞳。シルバーブロンドの髪は陽の光を浴びて、一層輝いていた。


「奴隷と言えども人間だ。あまり手荒なことはするな」


 青年は淀みない所作で馬から降りると、奴隷商に向き直った。

 奴隷商と並ぶと、彼の美しさが一層引き立つ。脂の乗った大きな腹を揺さぶる奴隷商に対し、細身で服の上からも筋肉質だとわかるその体躯。軍服の胸には数々の勲章が光り、飾緒しょくしょと呼ばれる右肩から胸にかけて金色に輝くロープ状の紐が眩しい。


「はんっ、どこぞの将校さんですか」


 忌々しそうに奴隷商は青年に向けて言葉を吐く。


「悪いですけどね、大きなお世話なんですよ。こいつらは俺の所有物なんでね。いかに将校さんでも文句を言われる筋合いはないんですよ」


 所有物と言うあたりに、奴隷商の奴隷に対する価値が見てとれた。


「鬼畜め」

「何とでも言ってくださいよ、旦那。そもそも奴隷に人権が無いことくらい、旦那だってご存じでしょう?いうなれば、こいつらは俺の家畜なんですよ」


 青年への当てつけなのか、奴隷商は再びフィーアに鞭を振るった。


「あうっ」

「やめろっ」


 青年は奴隷商の腕を掴んだ。


「離して下さいよ。それともこの女を買ってくださいますかね?将校の旦那」

「なに?!」

「さっきから善人ぶったこと言ってますけどね、俺に命令するならこの女を買ってもらわないと」


 欠けた前歯を見せて笑う奴隷商の顔は、下品そのものだ。


「こいつは上玉でしてね。夜はきっと旦那を楽しませてくれますぜぇ」


 いやらしい顔で声をたてて笑う姿が、青年を不快にさせたようだった。


「奴隷女を抱くだと?馬鹿も休み休み言え」

「そっちが目的で、奴隷女を買う御仁だっているんですぜ」


 あんたも知らないわけないだろう。と言いたげな表情だ。


「俺はこの先のお屋敷に早く行きたいんですよ。こんな所で無駄に時間を潰したくはないんですよ。で、買うんですか、買わないんですか?」

「奴隷など買うつもりはない」

「へー、そうですかい」


 言うが早いか、奴隷商はフィーアの脇腹を勢いよく蹴り上げた。

 声を上げることなく、フィーアは石畳の上を転がった。

 

 どうやら、商売の駆け引きに関しては奴隷商に一日の長があったらしい。


「・・・いくらだ」

「そうこなくちゃね。こいつは金貨五十枚でさぁ」


 奴隷商はニヤリと口元を歪める。


「何だとっ?!」


 眉尻を上げて青年は怪訝そうな顔をする。


「全身は汚れ、背中の中ほどまで伸びた髪は埃と泥でデコレートされたこの女が、金貨五十枚だと?冗談にも程がある」


 冷めた視線を奴隷商に向けると、青年は話にならないとばかりに顔の前で手を振って見せた。


「この女にそれだけの価値があるとは思えんな。残念だが、またの機会にしよう」


 青年が馬のあぶみに足を掛けた時だった。


「まっ、待ちなって旦那。見た目は汚いが、この女を買って損はありませんぜ」


 まさかの展開に今度は奴隷商が慌てた。上手く行けば、奴隷が二人売れる。おそらくそんなことを考えているのだろう。


「では金貨三十枚だ」

 

 そして交渉の余地はないぞ。とばかりに金貨の入った革袋を奴隷商に投げつけた。


「三十枚なんて横暴だ」


ブツブツと不満を漏らしながら、奴隷商は革袋を拾うと胸元にしまう。


「さあ、今日からこの方がお前のご主人様だ。せいぜい可愛がってもらいなっ」


 地面に横たわるフィーアに別れの言葉を浴びせると、他の奴隷たちに再び鞭をふるった。


「出発だ。この女みたいに立派なご主人様に買ってもらえるように頑張れよっ」


 奴隷たちはゆっくりと立ち上がると、ノロノロと歩き出す。

 青年はそれを無感動な瞳で見送ると、足元に転がるフィーアに視線を移した。


「さて、どうしたものか?」


 しばらく思案していたが、「起きれるか?」フィーアを抱き起こし問うたものの、フィーアは唇はわずかに動かしただけだった。


 アーデル・・・アーデル。


 フィーアの意識の糸は完全に切れそうだった。


「やれやれ、コンラートへの言い訳を考えなくてはな」


 それがフィーアの聞いた最後の声だった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ