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それは静かな夏の夜 8
空に輝く月は静かに二人を見守っていた。
エルンストの腕の中で彼と触れ合う肌を感じ、耳元で彼の息づかいを感じ、閉じた瞼が小刻みに震えるのを感じる。
一瞬が永遠を感じさせる夜。
胸の鼓動はいつまでもおさまることを知らず、押し寄せる波のように繰り返され、徐々にフィーアの意識を奪ってゆく。
「フィーア」
背中から短く発せられた言葉は、甘く優しくフィーアの心と体をしめつけた。
激しく上下する胸の高まりをエルンストは気づいているだろうか。
熱くなる肌は、彼に伝わってしまっているだろうか。
愛してはいけない人なのに。
この強く温かい腕を振り払わなければならないのに、自分を抱きしめるエルンストの腕が私の心を引き戻す。
たとえすべてが夢に消えるとしても、あなたの想いを受け止めたい。
フィーアはエルンストの胸に顔をうずめたのだった。
――二人はお互いの気持ちを肌の温もりから確かめ合っていた。
それは静かな夏の夜。




