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新たな生活 5

 侍女としての長い一日がやっと終わったフィーアは与えられた自室で緊張から解放されていた。

 何もかもが初めての体験で、失敗もあったけれど、奴隷の生活に比べれば、遥かに幸せだった。


 みんなどうしているだろう?

 アーデル、ベルタ、別れ際に激しく鞭打たれていたアンゼム。彼は元気にしているだろうか?


 自分だけ平穏な暮らしを手に入れてしまったようで、申し訳ない気持ちが溢れてくる。けれど、今の自分にはどうしようもないし、何も出来ない。


 彼ら、彼女たちが良心的な主人と巡り合うことを祈るしかなかった。

 

 閉じられた窓から夜空を見つめる視線の先には、果てしない闇が続いている。

 未来もいまだ闇の中であることに変わりは無かった。


 ベッドから立ち上がり窓を開け、夏らしい少し湿度のある空気が部屋に流れ込むのを心地よく感じながら、風で揺れる髪に手をあてた。

 

 もうすぐ夏の盛りね。


 故郷では夏祭りの準備を始める頃だ。

 フィーアの生まれた地域は百合が名産で、夏祭りの日は街中が百合の花で飾られる。 

 花の色にも数種類あり、フィーアは王道の白が好きだった。大輪の花は清楚で気高く凛としていて、強い意志を持って咲いているようで――。

 自分もそうありたいと、子供心に思っていた。


 ふと空を見上げる。

 天空を彩る星々は故郷で見ていたものと同じ輝きを放っていた。

 

 星の輝きに比べたら、人の一生なんてたかが知れたもの。

 短い人生をここで侍女として終えるのは、奴隷の身分からしたら、きっと最高な人生なのだろう。いや、最高すぎる人生だ。

 偶然の出会いに感謝をしなければならない。


「今、私に出来ること――。それはご主人様に誠心誠意お仕えすること」


 星に誓う。


 薄っすらと涙が浮かんできた。

 身の上に起きたことを恨んでもしょうがないと、いつも自分に言い聞かせてきたのに。

 納得の行かないことも沢山あったけれど、これが自分に与えられた神の試練なのだと無理やり納得しようとしていた。


 けれど、こうしてささやかな幸せを手に入れてしまうと、どうしてももっと幸せだった頃を思い出してしまう。

 家族が笑顔に包まれていた日々のことを。


 いっそすべてを忘れるくらい、狂ってしまえたらと思うこともある。

 人の心を無くし、記憶を無くし、自分自身も分からなくなるほど狂ってしまえば、きっと知らない間に命を終えているはずだ。

 そうならないことが歯がゆくもある。

 案外人間は強いのだ。


 涙を流すフィーアに、ふと懐かし香が鼻を刺激した。

 窓の下をのぞき込むと、屋敷を囲むように百合の花が沢山植えられているではないか。

 満開の時期には少し早いのか、緑のつぼみをつけたものから、わずかに開いた花もある。

 暗闇に小さな光を灯すがごとく、白く輝いて見える。


「百合は香りが強いから、ここまで匂いが届くのね」


 風に揺れる髪を耳に掛けると、この家の紋章が百合の花だったことに気づいた。

 よく見れば、屋敷の百合はどうやらすべて白のようだった。

 

 百合にご縁があるのね。


 ただならぬ偶然を感じながら、窓辺でいつの間にか眠り込んでいた。



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