cocktail
夜が深まる中、街角にひっそりと立つ一軒のバー。
おしゃれで落ち着いた雰囲気のそのバーに似つかわしくない声が響く。
「もう遊びをやめたなんて言葉、聞き飽きたのよ!!!いい加減、その貴方が本気になったという相手を教えなさいよ!!」
キャンキャンというよりもはやギャンギャンと喚くスタイル抜群の美女。
巻き毛のブロンドに深い緑の瞳の彼女は笑っていれば魅力的だろうが、今はその魅力のかけらもない。
最近本命ができたと噂されている王都一の遊び人と評判の色気溢れる美丈夫に向かって、叫ぶ彼女へバーテンダーが1人、近づいていく。
「お嬢様、そんなに怒っていては貴女の美しさが損なわれてしまいますよ?
お嬢様は大輪の薔薇の様に笑ういつもの笑顔が似合います。貴女のような魅力的な女性に見向きもしないような節穴のこんなアホのことは忘れて新たな出会いを探してみては?
例えば……私とかいかがです?こんな腑抜けたバカとは違って、貴女のような最上級の女性といる間は貴女へ、世界にたった1人のお姫様のように傅きますよ?」
にこやかに男をけなしながら、バーテンダーは美女の右手を両手で取りながら口説く。
バーテンダーも顔が整っている為、王子や紳士の様な振る舞いがとても似合っていた。
美女は怒りと男の事を忘れたかのようにバーテンダーへ頬を染めている。
はっ、チョロい。
俺はブロンド女の手を恭しく両手で取りながら内心鼻で笑った。
スタイルは良いし、顔もいいから一夜の遊びには良いな。でもこういうタイプはめんどくさいから俺は一度も関係を持ちたくない。
アホへチラリと視線を向けると何故かショックを受けた顔をしていた。
あ?テメェ何そんな顔してんだ?
このブロンド女を下手くそな切り方したのはお前だろぉが?
お前が下手打ったから俺が出ることになったんだが?あぁ?
視線にそんな思いを込めて睨むと何故か顔を赤くする。なんで赤くなるんだ、やめろ、野郎に赤面されても嬉しくねぇ。
アホは放っておいて、ブロンド女と視線を合わせ、耳元へ口を近づける。
「お嬢様、せっかくの美しいブロンドの御髪が崩れかけてしまっています。よろしければ私に結わせて下さいませんか?」
耳に囁く様にそういえばさらに真っ赤になった女はコクコクと頷いた。
バーの他の店員とアイコンタクトで二階に上がると伝えて、女をエスコートをしながら二階へと上がる。
二階の個室へ案内をして、着ている服装やアクセサリーに合うヘアスタイルへと変える。さらにおまけとして部屋の花瓶から花を抜き取り髪へ花を挿せば女は喜び、一階に戻ってからも高い酒を購入してくれた。
一階へ戻ってから、客にカクテルを作ったりしているとアホからの視線が煩わしい。
一度アイツが絡まれてるのを助けてから、ずっと何か言いたげに俺を見つめて来る。ほんとにどうしたんだアイツ。
チラッとアホを見ると視線が合ってカクテルを頼まれた。
アホに頼まれたカクテルを持っていく。
「あー、その……この後ちょっといいか?」
「飲みか?」
「いや、数分だけでもいい」
「別に時間はあるから飲みでいいぞ、ただしお前の奢りな」
「あぁ、もちろん。いつもの裏扉で待ってる」
今日の騒動の迷惑料として、強制的に奢らせることにした俺は、仕事の後にアホと飲みに行くことになった。
その日の仕事を終え、店の裏のドアを出ると壁にもたれかかって待っていたアイツが振り返ってこちらを見た。
なんせ大層な美丈夫だもんでそういう仕草が様になる。
言葉を交わさずに、いつもの場所へとどちらからともなく歩き出す。
「おつかれ」
「おう、お前もおつかれ」
「…さっきは助かった、ありがとう」
「ほんっとマジでお前、最近どうしたんだよ?
女の切り方下手になってんじゃねぇの?」
「あー、うん、まぁ、自覚はある…すまん」
「まぁ、お前が話したいならとりあえず話は聞いてやる」
話していると目的の場所へと辿り着き、扉を開けて中へ入る。
「マスター、二階貸してくれ」
「おうよ、酒は好きなのもってけ」
「サンキュ」
マスターに二階の部屋の鍵を貸してもらい一番高いものを含めて酒瓶を数本持っていく。
店内に入ってから妙に静かになった後ろのアホにも酒瓶を数本押し付け、二階へと上がる。
二階は連れ込み宿としても使われているが、俺らはもっぱら酒飲みに使っている。下で飲んでると絡まれてめんどくせぇんだよ。
扉を開けてさっさと中へ入りベット横の机に酒瓶を置く。
備え付けのグラスを二つ持って来ると何故かアホがまだ扉の前で固まっていた。
「おい、早く鍵かけて入ってこい。そこで何やってんだ?」
「あ、あぁ…」
何故か動揺しながら施錠をするアホ。
「お前マジでどうしたんだ」
「いや、その、緊張して……」
「はっ、今更何を緊張することがあんだよ?」
鼻で笑うと、何故か視線を逸らす。おい、なんでお前は後ろめたい時にする仕草をした。
マジでコイツが分からんくなってきた。これでも学生時代からの付き合いでアイツのことはある程度知ってると思ってたんだが……
「とりあえず、酒開けるから話したいタイミングで話せ」
「そ、だな、えーと、いつも通りに飲む…?」
「あ?んなもん決まってんだろ。何年一緒に飲んでると思ってんだ」
さっさとベットに腰掛け1番高い酒瓶のコルクを外す。
「いつまでそこで突っ立ってんだ。そこに突っ立っときてぇなら知らんが、せっかくの高い酒俺だけが飲んじまうぞ」
「ちょ、待って、俺も飲む」
慌てて机の上に酒瓶を置いて横に座ったアホを横目にグラスへ酒を注ぐ。
俺は酒を注ぐ時の赤や白、黄色や琥珀色…様々な色の酒の中の光の揺らめきが綺麗で好きだ。だからバーテンダーをやっている。
ちょうどいい量まで注ぐとグラスをアホの前までスライドさせ、もう一つのグラスにも注ぐ。
「あぁ…好きだな…」
「ん?俺も好きだぞ「えっ!?!?」酒を透かすと光が綺麗だよな」
「……あぁ、そうだよなぁ〜、こいつはそうだよ、男との恋愛なんて想像もしてないんだもんな、うん、こいつはそういうやつだ…そういうとこも含めて好きでもあるんだけど…」
俺の方を見ながら好きだと呟くアホに、俺も好きだと言った時視界の端でアホがこちらを凝視して声を上げたが、俺が続きを言うにつれ項垂れていき、ブツブツと何かを言い始める。
なんなんだ、コイツ…妙に湿っぽい。キノコやコケでも栽培する気か?
グラスへと酒を注ぎ終え、瓶を隅に避ける。
湿気ってたアホもだいぶ乾燥してきたのを確認してグラスを傾ける。
俺の仕草で察したヤツも同じように傾けてチリンと軽くぶつけ合わせた。
「「今宵の夜空に、乾杯!!」」
窓の外には綺麗な満月と満点の星空が広がっていた、とある春の夜の話。
この場所でいつものように酒を飲み交わす2人の関係が大きく変わりはじめるのは、この数時間後の話。
そして、想いが通じ合うのはまだまだ先の話である。
バーテンダー
主人公。しなやかな体つき、甘いマスク、紳士的な外面が男女共に人気の遊び人。しかし本人は男に好かれる事は気付いていない。本命以外は一夜だけの関係派。客の男とは学生時代からの腐れ縁。
客の男
野性味溢れる容貌とフェロモンが女性に人気の遊び人。複数のセフレをキープする派。バーテンダーに助けられて惚れ、本命にはヘタレだと発覚。きっとセフレたちにはよく相談することになってそのヘタレ具合に呆れられる。
ブロンドの女性
客の男のセフレの1人だったが、突然関係を切られてお怒りに。本音はアンタだけ本命作ってムカつく!!
ちなみにその後、いい出会いがあったとか…
マスター
バーテンダーと客の男が学生の頃から使っている店のマスター。きっと2人の心境や関係の変化に1番最初に気づくのはこの人。
今回の来店で噂の客の男の本命がバーテンダーだと知り、いつものように連れ込み宿にもなっている部屋を借りるバーテンダーを見て客の男に同情の視線を向けていたとか…
読んで下さりありがとうございます!