8.黒色の大きな壁
お城から出て直ぐにある街は、落ち着いた色合いが多い街だった。
明るい色や白い色の外壁は無く、大抵は暗っぽい色かグレー色をしている。
道行く人達は、やっぱり皆んな黒色の服を着用しており、他の色の服を着ている人はいない。
(もしかしてこの街って、黒以外は使っちゃダメなのかな……)
普通の服の人も、防具をつけている人も、ローブを着ている人も、皆んな皆んな黒色の物を着用している。
気候は暑くも無く、寒くもない為、私が着ている薄手の長袖のワンピースが丁度良いくらいだ。
でも黒一色だと、視覚的に少し暑苦しい印象を持つ街だった。
すれ違う人の中には、顔や腕などに、黒色の蔓の様なペイントをしている人達がいる。
ただ、描かれている箇所や大きさに統一感はない。
でもかなりの数の人達にそれが見受けられるので、ファッションとか、宗教的な何かみたいなものかもしれない。
辺りを見回しながら歩いていた私は、大きな通りの十字路に差し掛かった。
ふと右側に伸びる道を見て、その足を止める。
遥か遠くの方に聳え立つ漆黒の壁。
ちょっとや、そっとの大きさではない。
遠くから見ている私でも大きく感じるほどに、大きな壁だった。
反対側を見ると、そちらにも遠くの方に壁が見えた。
足を止めた私に、ヌェイリブさんが歩み寄った。
「大きな壁だろ。この街全体をグルリと一周囲み込んでいる。あれだけの高さを持つ壁はそうそう無い。敵の襲撃からこの街を守っているあの壁と、中央に聳え立つ黒い城から、黒の砦という名が付いたと言われている。カムネッカ王国の支配下にはあるが、自治が許された一つの国だ」
彼の説明に、私はとても驚かされた。
(黒の砦って、黒い外壁に囲まれたこの街の事だったんだ!)
確かに砦と言われたら、要塞みたいな物を想像する。でも幽閉って言われたから、牢屋とか刑務所のイメージを持ってしまっていた。
そうでは無かったのかと少しホッとした私は、肩に入っていた力が抜けていった。
彼らの後を歩き続けた私は、グレー色の少し大きなお屋敷へと入って行った。
広いお庭のある少し大きめな立派なお屋敷。
歩いている時に見ていた様な、家とは比べ物にならない程、立派な家だ。
もしかしなくても、ヌェイリブさんはお金持ちなのかもしれない。
玄関の中に入った私達を待っていたのは、まるで春の日差しの様に温かな笑みを浮かべる、とても優しげな女性だった。
「ただいま、マノア」
「お帰りなさい、あなた」
ヌェイリブさんは、抱き寄せた女性の頬にキスを落とした。
サラリとそういう事が出来るのはさすが外国人……とか思った私は、今は自分が外国人だったと、小さく笑いを落とした。
「ただいま。今日の飯は何?」
「お帰りなさい、ロッチア。今日はロッチアの大好物な若鳥の香辛焼よ」
「マジで!?やった!!!」
ロッチアはとても嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。
(あんな顔も出来るんだ……)
そりゃ、人間だから笑うくらいはするとは思うけど、ここに来るまでずっと不機嫌そうな顔をしていただけに、彼の表情のギャップに違和感を持ってしまう。
少し驚きながらロッチアを見ていた私に、マノアさんの視線が移った。
「この子がそうなの?」
「ああ。すまないが、頼む」
「分かったわ」
マノアさんは、ドアの前で動こうとしない私に歩み寄って、同じくらいの目線まで腰をかがめた。
「初めまして。私はマノア。今日から貴女のお世話をする事になったの。お名前を教えて貰えるかしら」
ほんわかした優しいお母さんの空気を出しているマノアさんに、私は答えを返した。
「御津月サナ……。サナです。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げた私に、マノアさんはもう一度優しい微笑みを向けた。
「大変だったわね。さあ、先にお風呂にしましょう」
「えっ!?」
お風呂と聞いて、私の顔にも笑顔が浮かんでしまった。
「お風呂、好きなのね。やっぱり女の子ね」
クスクスと笑いながら、マノアさんは浴室へと案内してくれた。
案内されたお風呂場には、大人の人がゆったりと一人で浸かれるくらいの大きさの浴槽があり、お湯がはってくれてあった。
嬉しくなった私は、早速置いてあった石鹸で髪と体を洗い、さっぱりと洗い流していく。
あっちこっち赤くなって痒みの出ている箇所を念入りに洗っていく。
最後にお風呂に浸かった私は、心の底からの吐息を落とした。
(気持ち良い……)
心も体も洗い流された様な、リセットされた様な気持ち良さだった。