6.リファイドの後悔
ずっとその場に立ち続けていたリファイドは、遠くなって行く漆黒の馬車を見つめ続けていた。
彼に歩み寄った宰相は、ため息混じりに口を開く。
「だから、お止めしたのです。あの様な教養の無い粗野で野蛮な女性には、今後一切、お近付きになりませんように。分かりましたね!」
リファイドは返事を返さぬまま、遠くを見つめ立ち続けた。
神殿で初めて彼女を見た時、ユマの侍女か護衛だと思った。彼女はとても簡素な服で、ズボンを履いていたからだ。
我が国で女性がズボンを履くのは、主人を持った護衛などの職業についた者達だけの為、思い込みに拍車がかかってしまった。
突然酷く取り乱した彼女の様子に驚いてしまった私は、ただ茫然と見つめるだけで何も出来ず、連行されて行く彼女の背を見送った。
彼女が名前を聞かれても答えないと騎士達から報告を受け、ユマに彼女の名前を確認すると、全く知らない人だと告げられた。
そうなると、召喚者は二人いたと言う事になる。
私はそこで初めて、自分の過ちに気が付いた。
彼女に謝罪をと求めたが、周囲からの大反対を受けた。
王族への不敬は、この城に仕える者達にとって許し難き行為だったからだ。
彼女が心配で、諦めきれなかった私は、限られた者達のみが傍聴出来る、非公開で行われている裁判を覗きに行った。
彼女は一言も言葉を発する事なく、その場に一人で立ち続けていた。
彼女に大切な物を返してあげたい。
そんな気持ちから、私は預かっていた木箱を従者に届けさせた。
室内にそれが届けられた瞬間、彼女の様子が一変した。
酷く傷付きながらも、なんとか発した私への批難。
彼女の泣き叫ぶ声が、私の心を強く締め付け、苦しめた。
そんな彼女に下された判決は、非情にも黒の砦への幽閉だった。
父上に減刑を掛け合ってはみたが、お前は聖女様の事だけを考えよ!とお叱りを受けただけで、取り合っては貰えなかった。
せめて直接謝罪をと願っていた私だったが、先程彼女から直接ぶつけられた言葉に、謝って済む事では無かったのだと再認識させられた。
召喚者として優遇されるべき彼女を貶めてしまった私は、何も彼女にしてやる事が出来ない。
先程向けられた、彼女の怒りを灯した強き瞳が忘れられない。
「本当に、すまなかった……」
誰にも届かず、何の意味も為さない私の謝罪は、地平線の先へと進む馬車と共に、地へと消えた。
◇◆◇
馬車に押し込まれて五日が経過した。
馬車はトイレと馬の休憩を挟みながら、夜通し走り続ける。
馬車の外には三人の騎士が乗っており、交互に交代しながら走らせているみたいだ。
彼らがガッチリ着込んでいたのはお城でだけ。
次にトイレ休憩でドアが空いた時には、ある程度の鎧は脱いでおり、兜は外して素顔を見せていた。
そんな彼らなのだが、少し様子がおかしい。
トイレ休憩をしに行った私が林の中から戻って来ると「おい。帰って来たぞ……」と呟き合う。
いや、それは帰って来ますよ。
他に行く所無いし、ご飯もくれるし……。
罪人を運ぶ騎士の癖に、逃げ出して欲しい訳?
職務的に、それで良いの?
見渡す限り真っ黒な馬車の中で、この人達、意味が分からない……と、私は何度呟いたか分からない。
そして今日もお昼の食事とトイレ休憩を終えた私が、馬車の中に戻ろうとすると、騎士の人から声を掛けられた。
「もうじき着くからな」
コクリと了承した私に、やはり不思議そうな顔を見せる。
こっちが不思議なんですけど……。
手錠とかされてはいないけど、私犯罪者なんだよ?
逃げられて困るのは、そっちじゃない。
顔を見合わせる騎士達を他所に、私は馬車のドアを閉めた。