46.直ぐ後ろに迫る追っ手
建物の陰へと身を隠した私達は、ハアハアと激しい呼吸を繰り返していた。
コッソリと後ろを覗いたマリクが、周囲を見回してみる。
「大丈夫。追って来る奴は居ないみたいだ」
マリクの言葉に、私と子供達はハァーッと大きな吐息を溢して脱力した。
急に襲われて驚いたが、彼らの目的は薬だったので、なんとか逃げ出す事に成功したようだ。
(皆んな、ちゃんと逃げられたかな。怪我人がいなければ良いけれど……)
心配なのは、自分を逃してくれた常連さん達だ。
あの騒ぎに巻き込まれて怪我などしていないだろうか。
少し不安が過る。
落ち着いた男の子達は、もう一度洋服を脱いで自分の体を確認し始めた。
そして、笑顔を見せた。
「凄えよ、ねえちゃん。あの不味い薬、邪紋を消せるんだな!」
「俺達、これでもう死ななくて済むんだよな!」
「うん!そうだね」
皆んな死の恐怖から解放された事で、晴々とした、とても良い笑顔を見せている。
常連さんを一気に全て失うと言う、経営の危機的状況に陥ったが、こんなにも嬉しい危機なら何度来てくれても良いくらいだ。
その時、笑顔を見せていたマリクが、ピクッと反応をした。
耳を澄ませた子供達は、一斉に逃げて来た方向へと顔を向ける。
「どうしたの?」
「駄目だ。追い掛けて来ている。逃げよう」
私の手を取って立ち上がったマリクに、私は首を振った。
「私だけで逃げるよ。あの人達の狙いは、私でしょ?このまま一緒にいたら、皆んなが危ないし……」
「土地勘の無いねえちゃんじゃあ、逃げきれないよ。大丈夫。この街は、俺達の庭だからな」
「任せておけよ、ねえちゃん。絶対に逃げ切ってやるからさ」
「ありがとう……」
私は子供達と一緒に立ち上がると、再び逃げ始めた。
沢山の人の声が、後ろから聞こえて来る。
その数は、段々と増えているようだった。
「ヤバいな。どうする?」
「ねえちゃんを城に連れて行った方が良いかも」
「だな!よし、上級層を目指そうぜ!」
「「おう!!!」」
彼らは十歳前後の子供達なのに、とても頼もしい。
生き伸びる強さとか、生命力と言うか、そう言う光り輝く物が私とは全然違う様に思えた。
私は彼らに守られながら、中級層の門を目指す事になった。
下級層から中級層に上がるには、中央の道にある関所の様な門を潜らないと上の層には上がれない。
しかし、とても広くて大きな道な為、隠れる場所は無くて、追手に見つかり易い。
それでも、そこを通るしか、私が助かる道は無かった。
◇◆◇
「おい、マリク。どうだ?」
「うーん。もうちょっと待って。……多分平気……かな」
建物の影から門の前の道を見回したマリク達は、互いの顔を見合わせると、コクリと頷きを落とし合った。
「ねえちゃん、今なら平気そうだ。行ける?」
「うん。大丈夫」
「よし。何もなかったかの様に、普通に歩いて行くぞ」
「おう!」
「うん!分かった」
人が行き来する大きな道で、急いで走って行ってはとても目立ってしまう。
その為、私達は人の流れと同じ速度で、門を目指し始めた。
門まで五百メートル位ある。
私の心臓はドキドキと激しく高鳴り、両手が震えてしまう。
(お願い!見つかりません様に!!)
必死に祈り続けて歩いていた、その時だった。
「おい!あの子じゃないか?」
「そうだ!あの黒髪の子だ!」
後ろから男の人の声が聞こえて来た。
歩いていた私達は、一斉に振り返った。
ワラワラと男の人達が集まって行くのが見える。
「やばい!ねえちゃん、見つかった!」
「走れ!」
「うん!」
私達は、門を目指して走り始めた。
後ろから大きな声が聞こえてくる。
「待ってくれ!頼む。俺にも薬をくれ!!」
「逃げないでくれ!」
「頼む!薬を売ってくれ!!!」
沢山の人が、後から追いかけて来ている。
薬を作って売るのは構わない。
でも、作るまで静かに待っていてくれる様な感じがしない。
捕まったら最後的な、恐ろしさを感じる。
大通りにある門を護る騎士達が、この騒ぎに気が付き、門を閉じ始めた。
「ヤバイ!ねえちゃん、急いで!」
「早く行かないと、門が閉められる!」
私は一生懸命走り続けたが、元々体育は苦手。
体力無いし、足は遅いと自負する私は、段々速度が遅くなって行く。
しかもこの広い道は、緩やかな上り坂。
体力的にも限界に近かった。
後ろを振り返ったマリク達が、ギリッと歯を鳴らした。
「駄目だ。門に行くまでに追い付かれる!」
マリク達に手を引かれながら、私は一生懸命走り続ける。
その時、閉まりかけて行く門の方から、私を呼ぶ大きな声が聞こえて来た。
「サナァ!!!!」
馬に跨り、門から駆けて来たのは、ロッチアだった。
「にいちゃんだ!」
マリク達の顔にも笑顔が浮かぶ。
ロッチアは私の前まで来ると、後ろから迫る群衆を見た。
「サナ、馬に乗れ!」
「う、うん」
私の腕をロッチアが引き上げ、そして馬に乗せる。
「にいちゃん!ねえちゃんの事、頼むな!」
「ああ!お前達は平気か?」
「うん!俺達なら平気!」
「分かった。気を付けろよ」
「うん!」
ロッチアはマリク達の返事を聞くと、馬の腹を蹴って走り始めた。
チラリと後ろを見ると、マリク達が道から外れて、草木が生い茂る草原の方へと逃げて行く。
しかし後ろの人達は、真っ直ぐに私達の後を追って来ていた。
閉められて行く門をギリギリ潜り抜けたロッチアは、上級層を目指して走らせた。
閉められた門の向こうからは、怒号が響き渡ってくる。
少し進んだ所で、馬の速度を緩めたロッチアは、後ろを振り返った。
「あれは、一体なんなんだ?お前、何をしたんだよ……」
「常連さんに薬を売ってたの。でも、薬を飲んだ常連さん達の体から邪紋が消えて。それで……」
「邪紋が消えたのか!?」
「うん……」
キチンと閉まっている門を見たロッチアは、再び前を見て走り始めた。
ロッチアの腕の中にいる私は、馬の鬣を握り締めながら前を見る。
沢山の人に追いかけられて、とても怖かった。
でも馬に乗って走る私は、ふと別の事を考えていた。
真っ白な白馬に乗ってこの道を走ったあの日。
とても怖かったけれど、あの人を間近で強く感じたあの時間。
忘れたくても忘れられない、大切な思い出が蘇って来る。
あの人と一緒に乗った時の事を思い出しながら、近付いて来る漆黒の城を見つめ続けた。




