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4.裁判だそうです

「何か言いたい事は有りますか?」


 目の前に座る、まるで音楽室のバッハの様な髪型をした裁判官は、私を見てため息をついた。


 彼の前に一人で立たされている私は、ボサボサの頭でジャージ姿。与えられたサンダルを履いただけの見窄らしい姿のままだ。


 言葉は分かるが、一切反論はしないし、異議も申し立てない。この世界の人には、自分の名前だって名乗っていない位だ。


 裁判官も周りの人達も、ずっと黙り込んだままの私の扱いに困っている様子だった。


 返ってこない言葉に、裁判官は再び質問を投げ掛けて来た。


「貴女は神殿の間において、リファイド殿下を突き飛ばし、殿下の御身を危険にさらした事を認めますか?」


 この質問は、もう何度目か分からない。

 私が認めようが認めまいが、もう既に周りの空気は、私が犯罪者であると決め付けている。


 勝手に召喚されて酷い屈辱を与えられたあの日。

 そして、牢屋に入れられた私には、城の兵士達の嫌がらせが待っていた。


 自分達が崇拝している王子へ暴行した女だと、鉄格子越しにゴミを投げつけられたり、食事は床に落とされたりと、かなりの嫌がらせを受けた。


 この世界の人間は、誰も信用なんて出来ない。

 そう思うには充分過ぎる出来事ばかりだった。


 私は完全に心を閉ざしていた。


 変わる事の無い私の態度に、裁判官がため息を落としたその時、一人の男が細長い小さな木箱を裁判官に届けに行った。

 耳元で説明を受けた裁判官は、箱を開いて中身を慎重に取り出した。


「これは貴女の持ち物ですか?」


 見せられたのは、半券が切り取られてしまった私の大切なチケットだった。

 手元に届いてからずっと、大切にしていた私のチケットだ。


 朝起きて確認、出掛ける前に確認、帰って来たら確認、寝る前に確認。

 毎日何回もチケットの存在を確認しながら、待ち続けていたコンサートの日。


 その思いが溢れ出て、ポロポロと涙が頬を伝い落ちていった。

 そんな私の様子に、裁判官は眉を下げた。


「これは、貴女の大切な物だったのですか?」


 彼の言葉に、私は初めてコクリと頷きを返した。

 そして震える声で、何とか言葉を発した。


「あの人が、踏んで破いてしまったから……。もう、そのチケットは使えなく……なって……」


 私はその場にしゃがみ込み、ワァーッと大きな声で泣き始めた。

 本当は、破かれてしまった事なんか、もうどうでもよかった。


 きっと今から日本に帰っても、コンサートは終わってしまっている。

 私の待ち続けた四年間は、全部無駄になってしまったのだ。


 なんで私はあの時、空間から出ずに、チケットを取ろうとしてしまったのだろうか。

 チケットは会員番号で登録されているんだから、会員カードを持っていけば、なんとかなったかもしれないのに。


 もう会えない。

 ずっと憧れ続けて会いたかったプリンス達には、もう二度と会えないんだ……。



 静まり返る室内では、ワンワンと泣き続ける少女に、同情の視線が向けられ始めていた。


 二階席から様子を伺っていた国王もまた、どうしたものかと、深い吐息を溢す。


 王族(第一王子)に対しての不敬。

 本来ならば、死刑を言い渡すべき罪状である。

 しかし古来より、異世界から来た者への待遇は、厳しく定められている。

 滅多な事はできないのだ。


 しかもどうやら、王子が彼女のとても大切な物を破いてしまったらしい。

 裁判を傍聴している者達の中にも、あの娘に対して同情の瞳を向ける者は少なくない。


 この裁判は非公開、非公式の元で行われている。

 理由は勿論、あの少女が異世界からの召喚者だからだ。


 この裁判が傍聴出来る者達は、事情を知っているこの国でそれなりの権力を持っている者達のみ。

 そんな者達の中からも同情的な空気が流れているのは、かなりの問題だ。


 ここで彼女を(処刑)してしまっては、国に混乱を招く事になるやもしれない。


 悩んだ国王は、片手を上げて、裁判官に合図を送る。

 それを見た裁判官は、木製の木槌を三回鳴らした。


「これにて休廷!再開は一時間後とする」


 裁判官の声と共に、サナは騎士達に抱えられながら、部屋を後にした。



◇◆◇



 コンコンとノックの後、裁判官は用意された部屋へと入って行った。

 目の前に立つ国王に頭を下げる。


「失礼致します」


「ああ、来たか。エンザウムよ、あの娘への判決を、どう考える」


「はい。殿下が踏んで破いてしまったあの紙は、あの娘にとってとても大切な物だった様です。一言も喋らなかった少女が見せた、あの痛々しい姿を見た今となっては、私にはとても死刑判決は下せません」


「……確かに、それはそうかもしれないな。だが、王子に対しての不敬な行為には、沢山の目撃者がいる。処刑しない訳にはいかん……」


 神殿の神官、そして警護の騎士、城の魔道士。

 召喚の儀には、かなりの数の人間が立ち会っていた。


 彼らの中で人気の高い、次期国王と位置付けられている第一王子に対しての不敬な行為は、彼らの中で許し難き行為であると騒ぎになっている。

 

 召喚者が二人いた事で、彼女の価値がかなり低くなっている事も影響している。

 厳罰をと、望む声は少なくない。


 ため息を零した国王を見て、エンザウムが娘の擁護へと回った。


「あの奇怪な格好から言いましても、あの娘は間違いなく召喚者です。召喚者には、国の最大級の保護が求められます」


「……本来、聖女に選ばれし少女を一人だけ召喚する筈の魔法陣が、今回は何故か二人も召喚させてしまった。もう一人の少女も、あの珍しい髪色から言って、召喚者である事は明白。一体、何がどうなっているのか分からん」


「処刑はいつでも行えます。ですが、処刑してしまった者を生き返らせる事は出来ません」


「ならば、どうする」


「黒の砦への追放と一生涯の幽閉と言うのは如何でしょうか。もしもの時は、恩赦として釈放も容易いかと」


「黒の砦か……。分かった」


 頑なに処刑を望む国王の仕方無しの了承により、娘への処罰は決まった。

 エンザウムはホッと胸を撫で下ろした。


 罪を消してやる事は出来なかったが、命だけは何とか助ける事が出来そうだ。

 あそこもまた過酷な場所ではあるが、今直ぐに死ぬよりはマシであろう。


(願わくば、少女のこれからの人生に、幸あらん事を……)


 エンザウムは、瞳を瞑って神に祈りを捧げた。



読んで頂き、ありがとうございます!

少しでも興味を持って頂けたのなら、評価等よろしくお願いします。


毎日一話、1500から2000文字くらいの更新を予定しています。

更新時間は未定です。



◇◆◇



この話は書き始めたばかりですので、お時間がある方はジャンルの違う他の話も読んでみて下さい。


※魔王よりも魔王らしい俺が転生して転生した話は、外伝までで一度完結しています。

その後、少し続きを書いている状態です。


※東の森の魔女は連敗記録更新中は、完結しております。


※最強の勇者が転生したら……の話は、書いていたものが全て消えてしまいましたので、途中でストップしています。

削除するか書き直すかで悩んでいますので、更新は暫くありません。


新しい話共々、よろしくお願い致します!


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