25.壁の向こうに広がる世界
私とロッチアは歩きながら景色を楽しみ、少し歩いて行った場所で立ち止まると、敷物を敷いてお昼を食べ始めた。
まるで遠足の時みたいで、とても楽しい。
ロッチアはヌェイリブさんに連れられて、小さい頃からこの壁に登っていたので慣れているらしく、全然怖くはないらしい。
サッサと食べ終わったロッチアは、平然とした顔でブロックに座り、外に足を投げ出している。
「危ないよ!」
「ん?別に平気だって」
「見ているこっちが怖いもん!」
「プッ。サナは怖がりだな」
クスクスと笑ったロッチアは、遠くの方を見た。
そして指で差し示す。
「あそこにある大きな木が見えるか?」
「ん?どれ?」
「あの森の近くにある木」
「うん。見えた!」
「あの辺が、サナが此処に来る前に、最後に休憩した場所だ」
「ああ、そうなんだ!ロッチアが、すっごい不機嫌そうな顔していた時ね!」
「そんな顔してたか?」
「うん!ずっと不機嫌だったもん」
思い出したと言わんばかりに文句を言ってみた。
「しょうがねえじゃん。カムネッカの奴らが嫌いだったんだから」
「それはそうかもしれないけど、結構酷かったよ。休憩の度に、コイツ帰って来やがった……みたいな感じでさ」
「あははは。あれな。連れて帰っても面倒なだけだったし、途中で逃げ出したって事にしたかったんだよ。それなのに、お前は何回外に出しても帰って来るしさ」
「仕方がないでしょ。行く所なんて無かったんだもん」
「まあこの砦の意味も、サナは知らなかったからな。普通の奴なら、これ幸いだと逃げ出してた」
クスクスと笑うロッチアは、遠くの景色を見つめていて、ふと思い出した。
「そう言えば、カムネッカ王国に、聖女が現れたんだってさ」
「えっ?聖女?」
「ああ。魔物の討伐軍に参加して、押し寄せてきた魔物の大群を、一気に蹴散らしたらしい。凄い魔力の持ち主なんだってさ。サナは見た事あるのか?」
「……うん。ちょっとだけ。そんなに凄い力を持っているんだ……」
恐らくロッチアの言っている聖女と言うのは、ユマの事だと思う。
そしてユマは、魔物の大群を蹴散らせるくらいの、物凄い魔力を持っているらしい。
(私……。自分が聖女だって思っていたけど、本当にそうなのかな。もしかしたら、本当にユマの方が聖女だったんじゃ……)
なんだか自信がなくなって来た。
私には、魔物を蹴散らせるくらいの魔力は無いと思う。
もしあるのなら、ネェイリブさんが受けさせてくれた職業の適正検査で、戦闘系の職業が選ばれていた筈だ。
(もし本当にユマが聖女だったら、私はなんでこの世界に居るんだろう……。何の為に、ここに来て頑張っているんだろう……)
なんだか急に不安になって来た。
壁の外を見れば、先ほどと変わらない大自然が広がっている。
でも、私の住んでいた場所は、木なんて少ししか無くて、家と電柱ばかりの、もっとゴミゴミした場所だった。
道路はアスファルト。
車とバス、自転車やバイクがバンバン走っている場所で、馬なんて走ってない。
この世界には、スマホだって、コスメだって、スイーツだって何も無い。
ラノベで読んでいた異世界への転生者は、殆どの人が直ぐに世界に順応して、自分の使命に向き合ってキラキラ輝いていた。
だけど私は、不味い薬しか作る事はできないし、他にできる事も無い。
(必死になんとかしようとして来たけれど、本当にそれに何か意味があったのかな……)
俯き加減になったサナに、ロッチアが不思議そうな顔を見せた。
「どうした?」
「えっ?別に何もないよ」
「そっか。……もうじき昼の時間も終わる頃だ。そろそろ帰るか」
「うん」
サナと一緒に歩き出したロッチアは、向かう先の階段付近で、慌てて隠れた複数の人影に気が付きイラッとした。
遠くを見てみれば、彼方此方の見張り小屋から、日の光を浴びた望遠のレンズがキラリと光る。
それも一個や二個じゃない。
まるで見世物小屋の様だ。
(クソッ!アイツら……)
苛立ちの吐息を溢したロッチアは、チラリと後ろを歩くサナを見た。
ゆっくりと歩き続ける二人には、少し距離がある。
よし!と気合を入れ直したロッチアは、ピタリと立ち止まった。
「サナ……」
少し緊張気味な声と共に、前を向いたままのロッチアは、スッと左手を後ろへと差し出した。
「えっ!?」
驚き顔のサナは、左手をジッと見つめたまま動かない。
ロッチアは早く掴めと、グッ、パーをして見せた。
本当に良いのかと戸惑いながらも、サナはロッチアに歩み寄り、その手に自分の手をソッと重ねてみた。
力強くギュッと握り返された男性の大きな手と伝わって来る温かな体温に、心臓がドキッとする。
「か、帰るか……」
「……うん」
帰り道、ずっと私達は無言だった。
ロッチアがずっと手を離さなかったので、階段途中の門では、騎士の人達の冷やかしが凄かった。
俯き加減の私の顔は物凄く熱を持ち、真っ赤になっているであろう事が、鏡を見なくても分かるくらいだった。
地面に着いた私は、なんとなくロッチアの顔が見られなくて、俯いたまま繋いだ手をジッと見つめていた。
ドキドキする心臓の音が、この手を通じてロッチアに聞こえてしまっているんじゃないかと、焦ってしまう。
「……じゃあな」
「うん……。それじゃあ!」
私は手を離すと、名残惜しさを隠すように、足早に家に帰って行った。




