2.負けられない戦い
「キャアァアアァァー!!!」
不思議な力に引っ張られ、真っ暗で大きなトンネルの中を、落ちる様に引き摺られて行く。
まるで滑り台の中を落ちていっているかの様に、勢いよく下降していった。
私の抵抗は意味をなさず、私の部屋の天井が、みるみるうちに遠ざかって行く。
(なに?なんなの、これ……)
状況が上手く理解出来ない。
引っ張られていく先を見ると、魔法陣が描かれた床が見えて来た。
(まさかこれ、異世界転移!?)
日本で有名な異世界転移。
私だって、その話の一つや二つ目にした事はある。
だがちょっと待って欲しい!
明日は、待ちに待ったLaLaLaプリンスのコンサートの日なんだ。
歓喜の当選通知から二ヶ月。
ずっとずっと楽しみにしていたコンサートが、ようやく明日開催されるんだ。
「ふざけないで!冗談じゃないわ。私は明日、プリンス達に会いに行くのよ!」
火事場の馬鹿力。
抵抗出来なかった力に対して、グッと両足に力を入れて素足で踏ん張ってみる。
引っ張る力と、踏み止まる私の力が拮抗して、その場に立ち止まった。
「プリンス……達がぁ!!私をぉ!!!待っているのよぉぉぉ!!!」
一歩、また一歩と、私の部屋の天井に向かって歩いて行く。
その時、頑張る私の体に、複数の力が新たに纏わりついて来た。私を逃すまいと、向こうは更に力を増やして対抗してきた様だ。
愛しのプリンス達との出会いを賭けた、負けられない戦いが始まった。
男三人に女一人と言う兄弟間で育った私は、普通の子と比べると負けん気が強い。絶対に負けてなるものかと、歯を食いしばって前へと進んで行く。
なんとか私の部屋へと向かい続ける私の耳に、ふと可愛らしい女の子の声が届いた。
「お願い、私も連れて行って」
横を見ると、同い年位の女の子がそこにいた。
しかし、暗闇に覆われていて顔がよく見えない。
「ご、ごめん。私は今、それどころじゃ無いの!!」
本当なら連れて行ってあげたい所だけど、今の私は結構ギリギリで、出来たら助けて欲しいくらいなんです。
申し訳ないとは思いつつも、他の人に手を伸ばしてあげる余裕は全く無かった。
私は再び前を向くと、ゆっくりとだが、一歩一歩確実に前に向かって歩き始めた。
今の私は、両手と両足、そしてお腹周り等の全身に、大きなゴムバンドを装着されたかの様な状態だ。
元に戻ろうとするゴムバンドに対して、負けないように引っ張り続けている様な、そんな感じ。
ちょっとでも力を抜いたら、一気に引き寄せられてしまう状態だった。
ポタポタと流れ落ちる汗が、私の運動量を表している。
中高と文化部だった私が、こんなに汗をかく運動をしたのは、久しぶりなのでは無いだろうか。
私は今、世の中何が起こるか分からない……という事を体験している。
もし無事に家に帰る事が出来たのなら、これからは兄達の運動器具を使って、自主的なトレーニングをしていきたいと思っています。
私の根性と頑張りのお陰で、あと少しでゴールと言う所にまで来ていた。此処から私の部屋の穴まで、あと二十メートル位だ。
チラリと見えた明日着ていくプリンセスの洋服が、私に声援を送ってくれている。
「行くわ!絶対に行ってみせる!私のプリンス達の元へ!!!!」
ドオーンと音が響き渡るほど力強く、足を前に一歩踏み出した。
その時だった。
私の部屋のカーペットから何かが滑り落ち、ヒラヒラと舞い落ちてくる。
必死に抵抗し続けている私は、それを横目でチラリと確認した。
ヒラヒラと落ちていった物は、コンサートチケットだった。
(ああ、チケットか。私は今、そんな物を気にしている暇なんて……)
気にせず足を踏み出そうとした私は、ハッとした。
(ん?チケット!?嘘でしょ!!なんで鞄の中に入れた筈のチケットが!)
考えてみたら、さっき確認の為に鞄から取り出して、しかも御丁寧に封筒からも出したんだった。
(これを無くしたら、コンサートに……プリンス達に会いに行けなくなっちゃう!!)
バッと振り向いた私は、慌ててチケットに向かって飛び付いた。
必死に抵抗していた私の力が無くなり、異世界からの力が一気に私を引き寄せ始めた。
パシッとチケットを手にした私は、安堵しながらも悲鳴をあげる。
「いやぁ!!!!誰か助けてぇ!!!」
引き摺られる私に向かって、さっきの女の子が手を伸ばして来た。
「掴まって!!!」
彼女の声に反応した私は、藁にもすがる思いで彼女の手をガッチリと掴んだ。
さっき見捨てた私に対して、手を伸ばしてくれた彼女には感謝しかない。
しかし、私とは違ってか弱そうな彼女では、引き寄せられる力に対抗は出来なかった。
必死な抵抗も虚しく、私は異世界の魔法陣の上へと放り出されたのであった。
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更新時間は未定です。
(今日は、夜にも更新予定です)