52杯目 昼間の噂と夜の争い
冒険者になるための講習は順調に進んでいるよ。
最初にギルドの人とグリンナで
「グリンナさんが指導するのでしたら何も問題なく発行しますよ」
「いえ。他の人と同じように普通に取得したいのよ」
なんてやり取りがあってね。
それでグリンナに付き添ってもらいながら進めてるんだけど、これ本当に誰でも簡単に取得できるような感じだね。
ダンジョンでギルドの人の説明を数十人単位で受けるんだ。
1時間くらい説明を受けたら、また次の場所に行って別のギルドの人の説明を受けての繰り返し。
自分が1日に3時間しか異世界に居られないからすぐには取得できないけど、5日くらいずっとそれだよ。
その間、グリンナはずっと付き添っててくれてさ。ありがたいよね。
乾きの杯は凄く有名だからグリンナと一緒にいると大変なことになるかなと不安だったんだけど、ある噂を流したこともあってか全く何も問題がないんだよね。
それは乾きの杯がギルド本部の命令でこの街を視察しに来てるんじゃないかっていう噂。グリンナは自分を連れて冒険者になるため講習がちゃんとしてるかをチェックしてるって。
だからグリンナと一緒にいても怪しまれてないし、特に目立ってもいないんじゃないかな。
てな感じで昼間は順調。夜もいつも通り飲んでるよ。
「そろそろタクノミの講習も終わりそうね」
ビールを片手にグリンナが教えてくれた。自分はどうなれば終わりになるか知らないし。
「もうほとんど終わってるわ。明日か明後日には取得できるわよ」
もうそんなところまで来てたんだね。問題なくいけそうだね。
自分はこんな感じで過ごしてたけど、みんなはどうしてたんだろう。
「ゴロンニャはタクちゃんが出かけてる間は部屋でゴロゴロしてたのにゃ。いつでもタクちゃんちの扉を出せるように待ってたのにゃ。そのあとはダンジョンの3階で運動してたのにゃ」
ダンジョンの3階って前にマルマルコロリンと戦ったところだね。あの時は痛かったなあ。
「拙者は街をずっと散策していたでござるよ。昼は人がダンジョンに行くから空いてて歩きやすいでござるよ」
この街って特に何があるってわけじゃないのにね。でも歩いてると視察してるって思われるのかな。
「テトは街の外にある芋畑に行ってたよね。作業してる人と仲良くなって芋を収穫する体験もさせてもらったんだよね」
あー。あのパッサパサの芋ね。それでも砂漠の真ん中にあるこの街の大事な食料だもんね。
「ワタクシはいろいろな宿泊施設を見学していましたわ。プライベートがない雑魚寝のようなところが多くて、ふんにょり亭の素晴らしさを再確認しましたわ」
この宿って良いところなんだね。一人で使うのにそこそこ広さがあるもんね。
みんないろいろやってたんだなあ。
というか本当に視察してたのかな。と思ったら違うってさ。好きに行動してただけだって。
でも噂のおかげかみんなもあまり声をかけられずに気楽に過ごせたらしいよ。
じゃあ今夜のメインのつまみを取りに行ってこよう。
取りに行くっていうのは、お店に予約をしてたんだよね。
気が付いたんだ。せっかく移動可能な扉があるのなら、飲んでるときにテイクアウトすれば出来立てをすぐに食べられるって。
そうすればみんなも日本のお店で食事をしたことに近くなるんじゃないかって。
それで今日は評判の良い焼鳥屋さんにしたんだ。
個人でやってる焼鳥がメインの居酒屋なんだけど、とっても美味しいんだって。
店の外にも良い匂いが広がっているよ。ちょうど注文していた分が焼きあがったみたいで、焼鳥を詰めたパックがアチアチだよ。
てなわけでそのアチアチの焼鳥をみんなに。
「これまでのお肉と全く違うのにゃ!シュッとしてジュワッとして美味しいのにゃ!」
「香ばしさがたまらないでござる。ただ焼いたのとは違う感じがするでござるよ」
「こっちの団子のような肉も柔らかくて美味しいわ。コリッとした歯ごたえもあって面白いわね」
「この何もついてない串もタレがついてる串もどっちも美味しいよね。悪魔的には同じ肉だとは信じられないよね」
「串のまま食べるなんて粗野だと思っていましたわ。でもこれは串であることで成立していますわ。この香ばしくてジューシーな状態は串で食べてこそですわ」
みんな夢中で食べてるよ。
今日はモモとつくねを買ったんだ。両方とも塩とタレのどっちもね。
だからモモの塩とタレ、つくねの塩とタレの4種類を楽しめる感じかな。
冒険者になるのも順調だし、みんなも昼間は過ごしやすそうだし、焼鳥も気に入ってもらえたようだし、平和で良いよね。
「この焼鳥ってやつは本当に美味しいのにゃ。ビールがとっても進むのにゃ」
「そうだね。自分の国でお酒を飲むときに食べる料理としては定番だからね」
「みんないつも食べてるのかにゃ!?」
「いつもではないよ。家庭ではなかなか上手に作れないからお店で食べるか今日みたいに買って帰るかすることが多いからね」
みんなめちゃめちゃ真剣な表情で聞いてるよ。
その顔のまま焼鳥を食べてうんうんうなずいて。
それで塩とタレとどっちが素晴らしいかって言い合ってる。
わかるなあ。自分もつい口を出してしまったよ。
「そうだよね。自分の国でも塩派とタレ派の戦争があったりするし」
「せ・・・戦争かにゃ!恐ろしい食べ物だにゃ」
「でもこの美味しさなら戦争になるのもうなずけるでござる」
間違って伝わっちゃった。訂正しなきゃ。
「戦争ってのは表現なだけで実際には戦ってないよ。言い争いをするだけだよ」
「やはり争うのね。大げさな表現ではないのだわ」
「悪魔的にはやむなしだよね」
「こんな素晴らしい食べ物ですもの。争いの種になるのも当然ですわ」
うーん。日本語って難しいなあ。
「今のみんなみたいな感じのことだよ。実際に争うんじゃなくてさ。どっちのほうが良いって主張するくらいだよ」
「それなら良かったのにゃ。こんな美味しいもので争いが起きたら悲しいのにゃ」
伝わったみたいで良かった。
みんな焼鳥を気に入ってるみたいだから、もっといろいろと食べて欲しいな。
「他にも味噌の味付けもあるからね。辛味噌とかニンニク味噌とか。柚子胡椒をつけることもあるね。人それぞれ好みがあるから話が弾むんだよ」
「にゃにゃにゃ!!!!他の味もあるのかにゃ!」
「これは由々しき事態でござる」
「これはただの争いではないわ。乱戦よ」
「悪魔的には世界が3度滅びるくらい激しくなるとしか思えないよね」
「無理ですわ。もうこの世の終わりですわ」
いやー。本当に焼鳥にハマったみたいだね。
モモとつくねを食べてこんなんじゃ、他にもナンコツとレバーとか色々な部位があったり豚を使った焼きとんがあるなんて知ったらとんでもないことになりそうだね。
これだけ熱いと今日は言わないほうが・・・・・・ってあれ?心を読み取られた?もしかして声が漏れちゃってたかな。みんなの目が燃え上がってるよ。
それからもう焼鳥について質問攻め。
本当に白熱しちゃって、途中でみんなが言い争いするくらいに。
何事もなく平和に過ごせると思ってたのに、こんなところに落とし穴があるとはね。
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