4杯目 異世界のサムライは酒蒸しで踊る
スレンダーという言葉で辞書を引いたらこの人の挿絵が使われているんじゃないかというくらいの美女を目の前にして、自分はめちゃめちゃ緊張していた。
美女だから緊張するなんて段階はとっくに終わっている。
いつもの空間でこの女性と宅飲みを開始してから30分、ビールを出しても簡単なつまみを出しても
「・・・・・・・うむ」
しか言ってくれない。
表情も変わらない。怒ってるのかな。怖い。怖いよ。
そうだよ。自分は人付き合いが苦手な人間だったよ。
ゴロンニャが良い人過ぎてすっかり調子に乗ってました。ごめんなさい。
早くも宅飲みを続ける自信が無くなってきたよ。
どうしてこうなった・・・・・・・・・・・・
遡ること2日前、ゴロンニャから信じられない言葉が飛び出した。
「この部屋に来ることが出来なくなってしまったのにゃ」
え?
頭の中が真っ白になって何も考えられなくなったけど、すぐに安心する言葉を聞けた。
「どうしても外せない用事があって、3日くらい出かけなきゃいけなくなったのにゃ!」
「3日か・・・また戻ってくるんだよね」
「当たり前だにゃ!用事を早めに片付けて、またここで飲むんだにゃ!」
それからゴロンニャと話していくつかのことが分かった。
ゴロンニャの世界でこの部屋に繋がってる扉は、泊っている宿の部屋についていること。
ゴロンニャは3年くらい冒険家パーティーを組んでいるけれど、これからもっと発展させていくために現在は個人個人の状況を整理しようとそれぞれがソロでやっていること。
しばらくしたらパーティー活動を再開するけど、それはもう少し先になること。
パーティーの他のメンバーは各地に散らばっているけど、何かあったときのために拠点として宿の部屋を取っていて、ゴロンニャはそこで留守番をしていること。
そして
「ここに繋がる扉を誰にも渡したくないのにゃ!!!」
ということでゴロンニャが出かけている間、パーティーメンバーの1人が戻ってきて宿の部屋を取り続けること。
その娘にもここのことを伝えておくと言っていたけれど・・・
・・・そして現在。スレンダーの女性と二人きりで気まずい雰囲気というわけ。
おかしいなあ。ゴロンニャは真面目で良い娘だと言ってたんだけど。
ビールも飲んでるし、つまみにも手を出すから口に合わないことも無いのかな。
ゴロンニャと違って箸の使い方も上手だ。
でもその目つきが怖いです。沈黙が怖いです。何を考えているのか分からないのが怖いです。
ゴロンニャから聞いたところによると彼女の名前はリンコ。
ドラゴンの血をひく竜人という種族らしい。でも見た目は龍らしさがまったくない。
すらりとした色白の美人。つやつやした長い黒髪を後ろで1つにまとめている。
ゴロンニャとは違って背筋をピシッと伸ばして座ってる姿も様になる。
剣士だと聞いていたのもあってか、女性版のサムライのように思えるんだよね。
でも怖い。別に威圧されてるわけじゃないよ。何かされたわけでもない。
なんていうかな。警察官を見かけたときに何も悪いことしてないのにびくびくしちゃうのに似てるかも。
「ビールのおかわりを取ってきましょうか」
「・・・・・・・うむ」
悪い人じゃないんだろうけどなあ。
ビールを取るためにアパートに戻って冷蔵庫を開けると、ある食材が目についた。
あっ、これがあるじゃん。あとこないだのアレも残ってたよな。
ビールをリンコさんに届けたあと再びアパートに戻って料理を開始した。
出来合いの物ばかり出してるけど、少しは自分でも作らなきゃね。簡単なものしかできないけど。
それと料理をしている間はあの雰囲気の中に居なくて良いってのも少しはあったりして。
・・・できてしまった。思ったより早くできあがっちゃった。
でもせっかくなら温かいものを食べてもらいたい。
再びあの雰囲気に戻るとするか。
「お待たせしました」
飲み場に戻ると、あれだけ無表情だったリンコさんの顔がピクリと動いた気がした。
リンコさんの前に料理を置く。間違いなく顔つきが変わった。
大きく目を見開いて、料理に顔を近づけておもいっきり臭いをかいでいる。
かと思えば今度は自分の顔と料理を何度も交互に見つめはじめた。
「どうぞ。食べてみてください」
それを聞いたリンコさんは料理を口にした瞬間、物凄い勢いで立ち上がった。
ヤバい。怒らせちゃったか。思わず顔を背けてしまった。
しかもなにやらドンドンドンドンと大きな音が聞こえる。怖い。やられる。
でも自分に何か衝撃があるわけでもないな。何が起きているんだろう。
恐る恐るそーっと見ると、そこには手をジタバタさせながら大きく足踏みをするリンコさんの姿があった。
無表情だった顔は満面の笑みを浮かべている。
「タクノミ殿!」
殿?
「この料理は何でござるか!」
ござる?
「あさりの酒蒸しと言います。殻は食べずに取り出してください」
「あさりの酒蒸し。実に美味いでござる」
そういうとリンコさんは座りなおしてビールを飲んだ後、再びあさりの酒蒸しを口にした。
「やはり美味いでござる!!!!!」
また立ち上がってジタバタダンスを踊っている。
さっきまでの無表情で無口だったリンコさんはどこへやら。
日本酒は何日か前に買ってきてあった。
ビールばかりじゃお金がかかると思って日本酒を買ってみたものの、ゴロンニャもサクラミもビールのほうが好きってことでそれっきりになっていたんだ。
せっかくだから料理に使おうと思ってあさりを買ったんだよね。
作り方は簡単。
しっかり洗ったあさりと刻みショウガと日本酒を深めの皿に入れてラップをしたらレンジでチン。これだけ。レンジって偉大。
ジタバタダンスも落ち着いて座りなおしたリンコさんが話しかけてきた。
「拙者の故郷のお酒の味に良く似ているでござる」
拙者?
殿やらござるとか、もうこれは本当にサムライにしか思えなくなったよ。
最初の鉄仮面はどこへやら。とても柔らかい表情になったね。
でも相変わらず背筋はピシっとしているところがサムライらしい。
「これは自分の国のお酒を使って料理したんです」
「タクノミ殿の国のお酒でござると。それはまだあるのでござるか?」
「まだありますよ。持ってきましょうか」
小さめのコップに入れた日本酒を飲んだリンコさんは、酒蒸し以上の激しいジタバタダンスを見せてくれた。
「うーむ。拙者の国のお酒に似ているけど、こっちのほうが断然美味いでござる」
「もしかしたら自分の国とリンコさんの国は似ているのかもしれませんね」
「これはゴロンニャ殿が駄々をこねていた理由が分かったでござるよ」
「駄々をこねていた?」
「もう出かけなきゃいけない時間のはずなのに、ずっと行きたくないにゃと騒いでいたでござる」
それを聞いて嬉しくなった。それほどゴロンニャはここを気に入ってくれてたのか。
そういえばなぜリンコさんは無口だったのだろう。
「拙者の国の言葉は独特でござるからな。あまり人前では話さないようにしているでござる」
「気にしないで大丈夫ですよ。話してくれるほうが気が楽です」
「うむ。これからタクノミ殿とは普通に会話するでござるよ」
ビカビカビカビカビカ!
突然、サクラミのお膳が光り出した。
光り出すのが突然なのはいつものことだけど、今回はこれまでにないくらい眩しい。
『あさりの酒蒸し。私も食べたいですよー』
声しか聞こえないけれど、お膳の光り方からみるとよっぽど食べたかったんだろうな。
「ゴロンニャ殿から聞いてはいたでござるが、本当にサクラミテリオス様がいるのでござるな」
『いますよー。早く酒蒸しを食べたいですよー』
「ちょっと待っててくださいね。これから作りますから」
「タクノミ殿。拙者もあさりの酒蒸しをもう1つ食べたいでござる」
自分が選んだ出来合いの物を美味しそうに食べてもらうのは嬉しいけど、自分が作ったもので喜ばれるのはまた別の嬉しさがあるもんだね。
またリンコさんのジタバタダンスを見たい・・・・・・あれ?
「日本酒足りるかな」
「それは困るでござる!サクラミテリオス様はまた今度食べるでござる」
『・・・・・・リンコさん。もうこの部屋に入れなくしますよー』
「それはもっと困るでござる!!!」
『冗談ですよー。冗談ですよー。冗談ですからねー』
うーん。ちょっと本気だったよね。
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