2杯目 異世界人と宅飲みすることになった(後編)
いきなり現れた不思議な部屋。猫耳のかわいらしいゴロンニャと呼ばれる女性。サクラミテリオス様の声。
頭の整理が追い付かなかったけど、あの匂いでちょっと現実に戻ってきた気がした。
ゴロンニャさんは匂いが気になるのか、あちこちを見渡してはクンクンクンクンとかぎ続けている。
そのうち少しずつ自分の方をチラチラと期待のまなざしで見つめてくるようになった。
『それではタクノミさん。その匂いがする食べ物をもってきてくださいー』
自分の名前を知ってるのは不思議だけれども、目の前で起きてる出来事に比べたら些細なこと。とりあえず言われるがままに持ってこよう。
「匂いのもとはこれです。えーと、テーブルか何かありませんか?」
『ごめんなさいねー。ここを作るのに力を使いすぎちゃってテーブルを用意するどころかタクノミさんの部屋から持ってくることもできませんですよー』
そういうもんなのかと納得するしかない。
仕方がないので床に座り、持ってきた皿も置いた。
ゴロンニャさんは飛び掛かりそうな勢いでお皿の目の前にやってきて顔を近づけている。
「にゃんだにゃんだにゃんだ!このおなかが空く匂いのものは!!!」
「これはカレーという食べ物です。ごはんが進みますよ」
「食べたいにゃ・・・・・・食べたいにゃ・・・・・・でも」
ゴロンニャさんは身体を前後に大きくゆすっている。
めちゃめちゃ我慢してるのが伝わってくるね。
すると
『ゴロンニャさん。ちゃんと安全ですから食べても大丈夫ですよー』
サクラミテリオス様ののんびりと伸ばす語尾どころか大丈夫のぶの字を言うか言わないかのところで、ゴロンニャさんはスプーンをつかむとカレーをすくって口の中へ放り込んだ。
「にゃ・・・にゃ・・・にゃ・・・辛いにゃー!!!でもとんでもなく美味しいにゃーーーーー!!!!!」
山びこのように「辛いにゃー」と「美味しいにゃー」の声が部屋中に響き渡っている。
その声の主はまるでカレーに突き飛ばされたかのようにゴロゴロと逆でんぐり返しで反対側の壁にぶつかっていた。
ただのレトルトのカレーなのにここまで喜ぶとは大げさな。
でも長い間をかけて好きなレトルトカレーを選んできた自分にとっては、その行為が認められたように思えて少しうれしかった。いや、だいぶうれしい。いやいや、めちゃめちゃうれしい。何だこれ。
2口目を食べてもまた「辛いにゃー」と「美味しいにゃー」を繰り返しているゴロンニャさんを見ていると、サクラミテリオス様から
『ビールもありますよねー。キンキンに冷えたビールもゴロンニャさんに差し上げてくださいー。あと私にもお願いしますー』
「サクラミテリオス様は声だけしか聞こえませんよ」
『そうでしたーそうでしたー。そちらに行くのは無理なので、ここにいただけませんかー』
と言われた途端、青白くピカピカと点滅する旅館の宴会で使われるような床に置くお膳が出てきた。
『ここに置いてくだされば、私のところに届きますのでー』
そうですか。そうですか。こうなったらもう何でも良いや。
ヤケ酒するつもりだったんだから、もうここで飲んでしまおう!!!
覚悟してからは何だか楽しくなってきた。
自分の分も用意して宅飲みが始まった。
ゴロンニャさんは
「ビールは口の中がすっきりして美味しいにゃー。カレーを食べると辛くて美味しいにゃー。ビールを飲むとまたすっきりして美味しいにゃー」
とすっかり気に入ったみたい。
サクラミテリオス様はというと
『これがカレー。口の中に広がった刺激が口の中だけじゃ納まらずに全身を駆け抜けていきます。それを追いかけてくる旨味が刺激された体中に染みわたって美味しいが爆発しています。そこにこのビール。苦い汁だと聞いて気になっていましたが、飲んでみるとその苦さがほどよいアクセントになっています。口の中で味わうのではなく喉で味わうとはこのことなのですね』
と感想を言う時だけなぜかめちゃめちゃ早口。
でもそれ以外は
『美味しいですー。呼んで大正解ですー』
とそれまでと同じようにのんびりした声に戻っていたけど、聞いてるだけで喜んでいるのが伝わってきた。
しかも二人ともビールのおかわりを催促してくる。
良いよ良いよ。美味しいんでしょう。飲んで飲んで。
酒が進むにつれて、ゴロンニャさんとサクラミテリオス様が会話を楽しみだした。
最初のうちはいかにカレーとビールが美味しいかというのをお互いに力説していたけど、どんどんと仲良くなり、いつの間にかゴロンニャさんはサクラミテリオス様のことをサクラミちゃんと呼び始めていた。
しかも『「おかわり!」』って同時にタイミング良く求めてくるし。
そんな二人につられて自分も酒が進んじゃった。
二人の会話を聞いてるだけなのに全く飽きることもない。
するとゴロンニャさんがじーっと自分を見つめている。
「ど・・・どうしたんですか?おかわりですか?」
「違うにゃ。タクちゃんも楽しそうだなって思ったにゃ」
「え?そう見えます」
「ずっとニヤニヤしてるにゃ」
「え?!」
思わず両手で顔を覆った。ニヤけてる?本当に?
自分では全くわからない。
『ニヤけてますねー』
「最初のときとは大違いにゃ」
そういうとゴロンニャさんが近づいてきて、自分の両手をつかんだ。
「ほらほら、ニヤけてるにゃー」
近い。ゴロンニャさん近い。
やわらかい。ゴロンニャさんの手がやわらかい。
ドキドキする。めちゃめちゃドキドキする。ドキドキドキドキドキドキドキドキする。
「顔が赤いにゃー。酔ったのかにゃ?」
「こ・・・こんな可愛らしい人が近くにいたら・・・・・・き・・・緊張します」
「か・・・可愛らしいにゃ?!アタシがにゃ?」
恥ずかしくてゴロンニャさんのほうを向けない。
自分の太ももを凝視するしかできない。
『はーい。そろそろお開きにしますよー』
サクラミテリオス様の声ではっと我に返った。
ゴロンニャさんは・・・自分に背中を向けて元の位置に戻りながら
「もう終わりにゃ?もっと飲みたいのにゃ」
と名残惜しそうにお願いしている。
でも
『今の段階ではこの部屋でこうやって飲むのも2時間が限度なんですー』
と言われておもいっきり両肩が下がった。背中側からでもガッカリしてるのが良くわかる。
するとくるりと振り返り
「明日も飲みに来るのにゃ!ビールとカレーを用意しておくのにゃ!!!」
と自分に向って指さした。
「それは良いんですけど・・・お金が・・・」
それは良い?自分で自然に口にした言葉にびっくりした。
今日も飲んで明日も飲む約束をする?
今までの自分では信じられないことだった。
職場の付き合いとして飲む約束をしたことはあっても、個人的に誰かと約束をして飲むことはほとんど経験が無い。
ましてや2日連続だなんて。
また一緒に飲みたいのか。自分は。
「ちゃんと稼いでくるにゃ!」
声に気が付いてゴロンニャさんを見ると、指さしていた手がいいねボタンの手に変わっていた。
「稼いでくる?」
『そうですよー。さきほどゴロンニャさんとお話ししたんですけど、ゴロンニャさんは向こうの世界で私にお酒とお食事のお金を支払うのですよー。そしてこれにお金が入りますから買い物をしてきてください』
これって何だ?と思うと、ピカピカと光るお膳の上に1枚のカードが現れた。
手に取ると神様ペイと書かれている。
「神様ペイ?」
「そうですよー。これがあれば電子マネーの決済ができるのですよー。これを使って買い物してゴロンニャさんと私の分のお酒とお料理を用意してくださいねー」
お酒と料理のお金がもらえるのはわかった。
でもそれだけじゃ生きていけない。家賃や光熱費や日用品のお金も必要だ。
『大丈夫ですよー。タクノミさんがやると決めてくだされば、この空間に住んでいただいて構いませんから』
「この空間に住む?」
この後で説明されたサクラミテリオス様の提案は、ものすごく興味深いものだった。
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