1杯目 異世界人と宅飲みすることになった(前編)
押入れがあったはずのその場所に真っ白な部屋が広がっていた。
何これ。え?え?何これ。
振り返るといつもの自分の部屋。前を向くと白い空間。
そこは押入れでしょ、なんで真っ白なの?
とりあえずふすまを閉める。
人間、驚くと無かったことにしたがるね。うん。
かといってこのままにしておくのも気になってしょうがない。
5回も開け閉めしたのにまだあるんだから6回目もあるんだろうな。
ほらあった。
あるのは確定。無かったことにはできないみたい。
じゃあこの白い部屋は何なの?
片足で床を踏んでみたけどごくごく普通の床。けど冷たくはない。人肌ていど。
怖いけど・・・怖いけど・・・・・・いや本当に怖いけどちょっと入ってみる。
うん。分からない。
白い床。白い壁。白い天井。目には白しか入ってこないのに部屋だってわかるものなんだね。
と思ったら突然、5メートルくらい先にある壁に現れた扉が勢いよく開いた。
「・・・にゃ?・・・にゃんだにゃんだ?」
うん。驚くよね。自分も驚いてるよ。
現れたのは中肉中背の可愛らしい女性。
女子の間ではダイエットしたいなんて言いそうな肉付きだけど、男にしてみたらこれくらいがちょうど良い。
向こうも自分が居ることに気が付いたようで目が合った。
目が合い続ける。続ける。続ける。
すると女性は全身をビクッと震わせたあと、明るい茶色のショートボブの髪の毛がどんどんと逆立っていった。
「だ・・・・誰にゃー!!!」
女性はすぐさま身をかがめ、まるで子どもを守る親猫のように威嚇してきた。
自分はケンカなんて全くしたことが無いのに、ちょっとでも動いたら大怪我させられると身体が理解しているのがわかる。
崖のギリギリに立ったらこんな気持ちになるのかな。
ちょっとでも動いたら落っこちて死ぬ。かといって動かないでいようとしても怖すぎて立っているのも辛い。
身体の表面は動かないようにじっとこらえているけど、身体の内部は震えて震えてたまらない。
もう無理だと思った瞬間、どこからともなく声が聞こえてきた。
『はい。そこまでですよー』
不思議なものでその声を聞いただけで自分の体の中から恐怖が消え去り、とても穏やかな気持ちになった。
身構えていた女性の髪の毛も元に戻り
「にゃんだにゃんだ?!わけがわからないのにゃ!!!」
と辺りをきょろきょろと見まわしていた。
自分もそう。わけがわからない。口にせずにはいられない。
「誰ですか。どこですか。何なんですか?」
すると再び声だけが部屋に響いた。
『私はサクラミテリオス。お二人をこの部屋に呼んだのですよー』
「にゃ?本当にサクラミテリオス様にゃのかにゃ?!?」
『本当に本当ですよー。ゴロンニャさんのプライベートなお時間にご迷惑をおかけして申し訳ないのですよー』
「と・・・とんでもにゃいのにゃ。サクラミテリオス様と話すだにゃんて」
さっきまでの怖さはどこへやら。
あんなに怯えさせられたゴロンニャと呼ばれた女性は、今では小さく丸まりながらプルプルと震えて辺りを見回している。
借りてきた猫ってこんな感じなのかな。
向こうは話が通じてるみたいだけど、こっちはさっぱりわからない。
どうしたもんかと思っていると
『わけがわからないですよねー』
と例の声。続けて
『あなたをお呼びしたのは少し訳がありまして。聞いてくれますかー』
「聞くしかないですよね」
『ですよねー。ですです。あなたにしたらそうとしか思わないですよねー』
なんて話が先に進まないけれど、不思議と嫌な気分にならない。
のんびりゆったりしているようで非常に心地良い早さに感じられる今までに聞いたことのない声だった。
『ここはあなたの住む世界とゴロンニャさんの住む世界を繋げた特別な空間なんですよー』
「世界?特別な空間?」
『いきなり言われてもわかりませんよねー。ちょっとゴロンニャさんの髪を見てもらえますかー』
ゴロンニャさんの髪?
最初に確認したように茶色くてサラサラして綺麗で、活発そうな彼女に凄く似あうボブカットの髪型だけど、てっぺんの左右にあるくせっ毛・・・毛・・・・・・耳?
え?これって・・・いわゆるケモ耳???
『ふふふふふ。本物ですよー』
何も口にしてないはずなのに、心を読み取られてるような。
『心を読み取ってなんていませんよー』
これ絶対に読み取られてるよね。
このあと、サクラミテリオスと名乗る女神様から色々と説明を受けた。
☆★☆★☆
ここは日本と異世界を結び付けた特別な空間であること。
ゴロンニャさんは異世界で活躍する冒険家の獣人であること。
異世界からこの空間に来る人にお酒と食事を振舞って欲しいこと。
お店とは違ってのんびりとくつろげるようにして欲しいこと。
この空間を作るのに大きな力を使ったので今はまだここには何もないこと。
自分が異世界の扉をくぐることも、異世界の人が日本への扉をくぐることも今はまだできないこと。
そんなレベルじゃなくまだこの空間に持ち運べることができる物すら少ないこと。
その辺は少しずつ改善するからとりあえずやってみてー
☆★☆★☆
『・・・・・・・・・とりあえずやってみてー』
てな感じでサクラミテリオス様から説明を受けたけど・・・・・・この一方的な話を自分がやる必要はあるのかな?
『あなたは人生の大半を食べたり飲んだりすることに費やしてましたよねー』
グサッ
『あなたは積極的に人と関わろうとせず、自分のペースで飲み食いに励んでいましたよねー』
グサグサッ
『フリーターとして一人でささやかに生活する分には問題が無かったですけど、長めに勤めていてここ数年は一本に絞っていたバイト先が今日ちょうど倒産して本当のフリーになりましたよねー』
グサグサグサグサグサグサグサグサグサッ
そうだよ。これから先が不透明でヤケ酒しようと缶ビールをケースで買って帰ってきた矢先にこんなことになってるんだよ。
『もしお酒と料理をいつも用意してくれるなら、ちゃんと生活ができるようにサポートしますよー』
「でも家賃や光熱費もありますし、食事の用意と言っても既製品に頼ったり素人が自分の好みで適当に料理したりするくらいですよ」
『お金の心配はサポートするようにしますよー。料理も大丈夫です。ちゃんとあなたを選びましたからねー』
「え?」
選んだ?お金の心配はない?
ちょっと頭が追い付かない。すぐに判断なんてできるわけがない。
そんな自分の心に同調したみたいにゴロンニャさんが怯えに怯えを重ねてサクラミテリオス様に呼びかけた。
「サクラミテリオス様。お酒と食事ってこの得体の知れにゃい男が用意したものを口にしろってことにゃのですかにゃ・・・・・・」
『心配することはありませんよー。ゴロンニャさん、美味しい香りがしてきませんかー』
「にゃ?にゃにゃにゃ?!にゃんだこの匂いは!ものすごくおなかが空く匂いだにゃ!」
二人の会話を聞いて思い出した。
そうだ、この匂いは。
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