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「今日は算術の練習をしましょうね。ローレンはそれが終わってから訓練場に行きなさい。」
「うぇっ!はーーい……。」
あれから毎朝マーサがウィルと私の勉強の面倒を見てくれるようになった。私は途中で切り上げて訓練場に向かうことが許されているがウィルは勉強ばかり続けている。
彼は一般常識と共に魔導について理解も深める必要があるので私以上に勉強しなければならないのだろう。既に魔導について教えてくれる人の目処は立っているらしい。
私が学んでいるのは文字の読み書きや算術そしてこの国の歴史や宗教だ。
遥か昔、この大陸は国が乱立し諍いが絶えなかったそうだ。だが大いなる力を持つ唯一神パドラ様の力を借りて建国王クラークがこの大陸を一つに統べた。そしてパドラ様はクラーク王に王となるように告げた。
そんな慈悲深く民を救う事を尊ばれるパドラ様に感化された人々が集まったのがパドラ教の始まりだそうだ。
マーサが言うには国が一つしかないこと、そしてパドラ教のお陰で私達人間同士は長年争わずに健やかに暮らせているらしい。だが私はそれだけではないと思う。
不定期に出没し私達を襲う魔獣はいくら討伐されても死に絶えることはない。恐らく魔獣という私達の共通の敵も恒久の平和に一翼を担っているのではないだろうか。
(でもパドラ様が何でもできるお方ならば魔獣を滅ぼされればいいのにね。出来ない理由があるのかしら?それとも魔獣がいる方が私達の為になるの?)
神様には神様の深淵なる考えがあるのだろう。どうせ考えても今なお王宮の奥に住まうパドラ様にお会いできることは無いし私が思い悩む必要はあるまい。早く今日の勉強を終わらせて訓練場に行くのみだ。
勉強、訓練、勉強、訓練……。そうして私の日々は過ぎていく。その日の訓練を終えて孤児院に帰ってくると突然ウィルに話しかけられた。
「待ってたよローレン!実は君に頼みたいことがあるんだ!」
「なあに?どうしたの?」
目を輝かせてウィルが私の元に小走りでよってくる。そしてきょろきょろと周りを伺った後、私の手を引いて人気の無い場所へと連れて行こうとする。
「ちょっとここではまずいんだ。静かにこっちに来て。」
言われるがまま後を追い、孤児院の庭の端へと辿り着いた。ウィルは私の方へと向き直り声を潜めて内緒話を始めた。
「白魔法は癒しの魔法に適性があるって言うだろ?僕はそれは人を回復させることだと思ってたんだけどそれだけじゃなかったんだ。」
興奮した様子でウィルは話を続ける。
「人を癒すだけでなく強化することだってできるんだって!王都にはそういう魔導士もいるらしいよ。いつもより力を強くしたり、体の感覚を鋭くさせたりできる。それでね、ローレンはいつも力が強ければって言ってるだろ?僕に魔法をかけさせてくれないかい?」
なるほど。癒しの魔法は怪我や病気の相手じゃないと効果がわからないので練習は限られる。だが強化魔法なら私のような普通の人間で練習できる。それに強化魔法があれば苦手な剣術だって何とかなるかもしれないが……。
「ダメよ。そんなの受験では使えないもの。でもウィルの強化魔法練習台になるだけならいいわ。」
「違うよ!受験で使えっていってるんじゃない。でも強化魔法をかけた状態でローレンが今練習するのも役に立つと思ってるよ。」
「どういう意味?」
「大人と同じ力で練習できたらいつかローレンが本当にそれだけの力を身につけた時に役に立ちそうじゃない?それにちょっとした気分転換にもなると思うんだ。」
そうは言っても身長や体重が違うだろうし力だけ大人と同等になってもちゃんとした練習になるとは思えないが……。だが強化魔法がかけられた状況で動けるようになるのは必要な気がする。私がいつか強化魔法を使える魔導士と組む時が来たときにも役に立つだろう。
「うーん……。まあわかったわ、強化魔法をかけてちょうだい。弓や短剣は訓練場以外で使えないし私は木の剣で練習することにするわ。」
「よおし!じゃあ今からかけるね!はやく試してみたかったんだ!僕結構雑らしくて力にムラがあるけどよろしくね!」
「えっ」
こうして私の日課はまた一つ増えた。