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「僕はテーベ村に1番近い魔道学校に行く予定だよ。そうなると隣町のルタにある学校かなあ……。うちの村って医術士しかいないだろ?だから白魔導士になって将来ここに戻ってこようと思ってるんだ。」
私は夕飯を食べた後、ウィルの部屋に訪れて将来のことを聞いた。
魔力持ちが少ないこの世界で白魔導士の治療の及ばぬ人々の面倒をみるのは医術士と呼ばれる人々だ。彼らは魔力に頼らない優れた治療法を確立し続けている。だが白魔導士による癒しは医術士のそれを遥かに凌駕する奇跡とも呼べるシロモノなのだ。
ウィルに白魔法の適性がある以上本人が望まなくとも白魔導士になるために魔道学校に進むのは決定事項だろう。私とはもう歩く道が違うのだ。
「そっか……。ルタに行くんだね。私はウィルの事ずっと応援してるね。」
ウィルは少し不思議そうに私を見つめた。
「何?まるでサヨナラするみたいに言うんだね!ローレンだって村に残るんでしょ?僕は村に戻るつもりだから寂しがることないよ。」
「いいえ、私は残らないわ。」
「なんだって!?」
あれから私なりに沢山考えた。ジェイクの弟子になって訓練を積み、テーベ村1番の戦士になった所で私の名は売れない。私の行くべき場所は王都クラレルシアだ。
「今は村でおじさんと頑張るつもりよ。でもいずれ王都の騎士学校に行きたいと思っているの。王都にはクラレルシア王立学校があるのはウィルも知っているでしょう?私はそこに入学するつもり。」
「クラレルシア王立学校!?本気で言ってる?あそこは入るのがとても難しいんだよ?そりゃああそこでなら沢山学べるだろうけど流石に無理だよ……。」
クラレルシア王立学校は王国で最も有名な学校だ。魔道学科、騎士学科、総合学科の3つだけで成り立つ名門校である。
王立の名の通り王直々に手掛けて作られた最も栄光ある学校だ。そこでは1年に1度試験が行われ優秀な者から順に各学科10名ずつが入学を認められる。
そしてその学校を卒業したものは誰もが国を背負って立つ人間として認められる。
まさに私の目的の為の学校だ。
「試験は難しいと思うわ。でもそれが関係ある?挑戦もせずに諦めるなんて絶対に嫌よ。そんなのもう襲われた時で懲り懲りなのよ。」
「でも……。でもさ……。王都に行ったら村に帰ってくるのは大変だよ?ローレンは方向音痴なんだよ?帰ってくるのすごく大変だよ?」
「何変なこと言ってるのよ!方向音痴は関係ないでしょ!大丈夫、ちゃんとみんなに会いに帰ってくるから。ウィルと離れ離れになるのはすごく寂しいけど私頑張るわ。」
ウィルの夕焼け色の瞳に薄く膜が張っていく。
「ローレンが決めたなら僕は応援するけどさ……。ごめん、ちょっと1人で考えさせてくれるかな。おやすみ。」
ウィルはそう言うなり顔を伏せ、毛布に潜り込んでしまった。こうなったウィルとはしばらく話はできないしそっとしておくしかない。少し唐突に話しすぎたかもしれない。まだ話し足りないが私はウィルの部屋をそっと後にした。
実はクラレルシア王立学校に行きたいとはジェイクに弟子になる際最初に伝えている。その時はあっさりと賛成された為ウィルにこんな反応をされるとは思わなかった。でもきっとウィルもわかってくれるはずだ。彼は私の1番の友達だから。
「でもなあ……。ここまで言って試験に受からなかったらやだなあ……。」
独りでに弱音が口から溢れ落ちる。
クラレルシア王立学校の試験は子供の私でも知っているぐらい本当に過酷なものなのだ。性別や年齢、身分、財力それらは入学するのに関係はなく試験を突破するしかない。王国中からただでさえ難しい試験を突破する為に自信がある人間が山ほど集まってくる。
ましてや私は男性の多い騎士学科を目指すのだ。私が大人になっても純粋な筋力は劣るだろう。考えれば考えるほど受かる理由よりも落ちる理由の方が増えていく。有名な女性騎士の話だって聞いたことがない。つまりは未だかつて女性の身で騎士学科に合格した人はいないのだろう。
「そう考えると逆にやる気が出てきた。初めての女性合格者……。うーんいい響きよ、有名になりそうだわ!こうなると最年少あたりも狙いたいわね!」
最初から困難であればあるほど成し遂げた時の名声は大きい。魔獣の前で怯えて立ち止まった時に弱い私は死んだのだ。ここから先は二度と立ち止まるつもりはない。