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戦い方の目標までは決まったもののジェイクは私にすぐに弓を扱わせはしなかった。いくら弓が剣より軽くても幼い私には重く、弓を引き絞ることすら出来ない。子供用の軽い玩具のような弓も存在するがそれもまだ私には扱いきれないだろう。
「ローレン、お前がこれからやるのはバランスと距離の感覚を掴む事さ。こういうのは俺たちみたいな大人になってからじゃ身に付けるのは結構難しいんだ。筋肉をつけるのなんかはいつからでもできるんだがなあ。」
あの日、訓練場で騎士達の模擬戦を見せたきりジェイクは特に何も私に指示することはなかった。次の日も、その次の日もジェイクが指導の内容を口にする事はなく、正直私の指導を忘れてしまったのかと思っていた。だが日が昇り始めたばかりの朝に叩き起こされて庭まで連れてこられた所を見るとそういう訳ではなかったらしい。
「おはよう……。もうおじさんは私の事なんて忘れちゃったのかと思ってたわ……。ありがたいけれど私まだ顔も洗ってないのよ……。」
いくらやる気に満ちていても何の説明もなしにベッドから引きずり出されれば愚痴の一つでも言いたい気分になる。だがニコニコと自分の髭を撫でながら話すジェイクにはおそらく何も聞こえていない。
「流石にお前みたいな小さな女の子を教えた経験はないしなあ!どうすればいいのか色々人に聞いたり俺なりに考えたりはしたんだ。ただの戦士になるなら小さな弓の練習から始めればいい。だがお前は有名な戦士になりたいんだろう?」
「そうよ!ジェイクおじさんだって守れるぐらい強くなってクラレルシアで1番有名な戦士になってみせるわ!」
私の答えを聞いたジェイクは満足そうにうなずき近寄ってきた。眠くて気がつかなかったがジェイクの手には紐が握られている。私のそばに来るとそのまましゃがみ込み紐を広げた。
「ちょっと大股で歩くつもりで足を前後に広げてみろ、長さを測るぞ。」
言われたまま私は大きめに足を広げた。ジェイクは紐を私の歩幅に合わせ短剣で切り揃えた。何がしたいのかわからないがとりあえず見ていれば良いのだけはわかる。
ジェイクは紐を目安にして庭に杭を打ち始めた。杭は私の両足がギリギリ乗るかどうかの細さだ。それが私の歩幅感覚で打たれていく。
最後の1本が打ちこまれると端から端まではかなりの長さとなった。杭を打ち終わったジェイクに呼ばれ急いで駆け出したが辿り着いた頃には息切れするほどだった。
「これで完成だ!これからしばらくお前はこの杭の上を素早く歩けるようになれ。それが出来るようになったらまた俺を呼ぶんだぞ。」
私が歩けるようにだろう、杭の高さは確かに私のふくらはぎよりも少し低い。
「それだけでいいの?こんなのすぐに出来るようになるわよ。遊びみたいなものじゃない。他には無いの?」
「ワッハッハッ!言うなあ!じゃあ木登りもしておけよ!お前ら子供は遊ぶことだって大事なんだ。ただしチビっ子達が杭で遊ばないようには見といてやれよ。」
期待していた訓練ではないしガッカリする気持ちはある。でも私は何も知らない子供だから1番信用できる人の言う事は聞くべきだろう。この人は私の為に考えて真面目に向き合ってくれているのだから。
「わかったわ。ジェイクおじさん、本当にその……。」
「いいさいいさ!大した事はしてねえ!怪我だけには気をつけろよ!」
「違うの!訓練のこともそうだけど私おじさんに助けてもらった時ちゃんとお礼を言えてない。騎士様に助けてもらいたいなんて言っててごめんなさい。おじさんは私の英雄よ!!ありがとう!」
少し驚いたように私を見たジェイクが眉を下げて恥ずかしそうに笑う。どんな時も思ったことを言ってしまう彼がただ照れ臭そうに笑う様子は何故か私の心まで落ち着かなくさせた。私の本当の父がジェイクのような人ならいいのに。
「いいんだいいんだ……。まだ朝飯食ってなかったな。ローレンも腹が空いただろ、家に戻るぞ。」
歩き出したジェイクの横に走って追いつき並ぶ。
そういえばウィルはどうするのだろう?私と違ってウィルには魔導士になれるだけの魔力がある。これまでずっと私達は一緒に暮らしてきたけれど魔力持ちは魔導学校に行くのが普通だ。ましてやウィルは白魔法の適性持ちなのだ。
クラレルシア王国にはパドラ様がいる。パドラ様は人々を救う不思議な力を持った優しい本当の神様なのだ。王国民はそのパドラ様に倣い誰かを助ける事を尊ぶ。白魔法はその考えを正しく体現した力であり、その力を持った人間が田舎でのんびりと暮らすことなど許されないだろう。
今日の夜でもウィルに聞いてみよう。寂しさはあるがジェイクのように人の選択を大事にしたいからどんな答えでも応援したい。