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ジェイクが魔獣を切ったその瞬間ローレンは即座にウィルの元へ走った。あれだけの恐怖に支配された体が嘘のように軽く動く。
「ウィル!!ねぇウィル目を開けて!!私の声が聞こえる!?」
ウィルの目は硬く閉ざされている。しかしか細いながらも呼吸をしているのがわかる。ローレンは魔獣に剣を突き立て息の根を完全に絶ったジェイクに向かい叫ぶ。
「ジェイクおじさん!ウィルはここよ!お願い助けて!」
「今行く!!また別の魔獣が現れるかもしれねぇ、俺から絶対に離れるんじゃねえぞ!!」
ジェイクは魔獣から即座に離れウィルの元に駆け寄る。孤児院で見た事がないほどに機敏な動きだった。
「左足は魔獣に攻撃された時に折れたみたいだな。ローレン、その小枝をウィルの足に当ててこれで結べ。無いよりマシだ。結んだら俺について走るんだ。お前はかけっこが得意なんだからついてこれるだろう?」
他の魔獣を呼ばないよう低く押し殺した声で話すジェイクは自らのシャツを手で素早く裂いてローレンに渡した。ローレンは素早くウィルの足に小枝を当ててシャツを結ぶ。
「できたわ!もう行けるわジェイクおじさん!」
「お前はあとでお説教だ、覚悟しとけよ!行くぞ!」
ジェイクはウィルを肩に担いで走り出す。ローレンも遅れまいと後に続く。あれだけ暗く重苦しかった空気がテーベ村に近づくにつれ軽くなっていく。
幸運なことに彼らは魔獣に襲われることなくテーベ村に辿り着くことができた。
「マーサ!ウィルが魔獣に襲われた!息をしてはいるが足が折れてる、医術士を呼んでくれ!」
孤児院の前で姿の見えなくなったローレン達を心配して待っていたマーサが目に入るなりジェイクは大声で呼びかけた。
「ウィル!?どうしてこんなことに!?今から呼んできます、ああローレンは無事なのね良かった……。」
少し離れた場所からジェイクに次いで走ってくるローレンを確認したマーサは僅かにホッと溜息をついた。そして医術士を呼びにいくべく走って出て行った。
ジェイクはウィルを寝台に寝かせて部屋の中まで所在無さげについてきたローレンへ向きなおる。
「ローレン、お前が方向音痴な事もわかってるし魔力がなかった事が辛いのもわかる。だが森に行けば危ないのは知っていただろう?どうして森へと進んでしまったんだ?」
ウィルの顔を見つめて静かに泣き続けるローレン。ジェイクの問いかけに答えようと口を開くと言葉にならない泣き声がもれる。
「私マーサおばさんもジェイクおじさんも好きよ。ウィル達もみんな私の家族で大好きよ。でも本当のお母さんとお父さんに会ってみたかったの、魔導士になれば会いに来てくれると思ったの。それが私の将来の夢の全部だったのよ。なのに私は魔導士になれないから何の意味も無い、消えてしまいたいと思ったの。」
そう告げるとあとはただごめんなさい、ごめんなさいとローレンは泣きながら謝罪を繰り返し座り込んでしまった。その様子を黙って見つめていたジェイクは一瞬天を仰いだあとローレンを抱きかかえた。
「なあローレン。今もお前は消えてしまいたいと思ってるか?」
ローレンの燃えるような赤い髪を暫く優しく撫でた後ジェイクは静かに尋ねた。
「いいえ、そんな事より私はウィルやみんなに謝りたいしやりたい事も見つけたわ。」
涙に濡れた声ではあるが落ち着いたのか芯のある声でローレンは話す。
「私はジェイクおじさんのようになるわ。今日のように誰かを傷つけるのではなくて守れる側の人になりたい。それは魔導士じゃなくても出来ることよ。」
「俺のようにか?両親はもう探さなくていいのか?」
「まさか!それも諦めないわ。私は魔導士とは違う道で有名になるの。ねえジェイクおじさん、私を弟子にしてちょうだい。私もの凄く頑張るって約束するわ。」
思いもよらぬ申し出に驚いたジェイクはまじまじと少女の顔を覗きこんだ。彼女の金色の瞳が一切揺らいでいないことを見てとった男は考えるよりも先に返事をしていた。
「いいぜ、ウィルにきちんと謝った後に弟子にしてやる。」
ニッコリと嬉しげにローレンは微笑み、泣き疲れたせいかそのままジェイクの腕の中で眠ってしまった。彼は医術士が来るまでローレンをそうして抱えていた。
ウィルは魔獣に攻撃されて吹き飛んだ際に足を強打し骨折した以外に大きな傷は無かった。翌日にはハッキリと応答ができるまでにはなったが治るまでは安静にするようにと医術士は伝えて去っていった。
早朝、医術士が去るのを見届けたと同時にローレンはウィルの部屋に駆け込んだ。
「ごめんなさいウィル!!私が馬鹿なことをしたからこんな酷い目にあわせてしまった!許してとは言わないわ、これからの私の行動でウィルからの信頼を取り戻すつもりよ。」
目を開いたウィルの顔をようやく見る事ができたローレンは涙が勝手に出て止まらないようだった。泣いたローレンに驚いたのか
「ローレンも泣くんだね!というか君が僕を守るために魔獣に立ち塞がったのはジェイクおじさんから聞いているよ。ありがとう。それに確かに君は馬鹿なことをしたかもだけど2人とも生きているし森に入る時に大人を呼ばなかった僕も悪いよ。」
「ウィルは何も悪くないわ!魔獣にだって私は何もできなかったからありがとうなんて言わなくていいの。本当にごめんなさい、私もうこんな事しないわ約束する。」
ウィルは幼馴染みの少女の顔を凝視している。彼が魔獣に襲われる前の彼女は今のように決意に満ちた眼差しではなかったからだ。
「そういえば行動って言ったけど何かするの?もしかして魔導士になる方法を探すとか?」
「違うわ!私ジェイクおじさんのようになりたいの!弟子入りもするのよ!」
「ローレンはジェイクおじさんになりたいの!?それは魔導士よりも難しいよ!」
心底驚いたのか上半身を浮かせてローレンを珍獣のようにウィルは眺めている。
「そういうことじゃないの!私も誰かを守れる人になりたいの。魔力が無いなら剣で守れるようになればいいと思ったのよ。ねえウィル、応援してくれる?」
心配そうに少年を見つめるローレンに優しい笑い声をあげる。
「謝りに来たのに応援してほしいんだね!いいさ!君は僕の1番大事な家族で友達だもの!ずっと応援するよ!」
「ありがとうウィル!大好きよ!!」
ウィルの側に駆け寄りローレンは彼の手を強く握りしめる。暖かいその手は彼が確かに生きている事を伝えてくれる。どうしてこの手を忘れて森に入ってしまったのかローレン自身もわからないほど暖かい手だった。
部屋の外では話し合う子供達の声を聞きながら会話する大人達がいた。
「ローレンを弟子にするって本当に言ってるのかい?あの子は確かにお転婆だけど自警団の一員にするのはどうかとおもうよ。器量だってそう悪くないのに嫁の貰い手が居なくなったらどうするつもりだい?」
マーサに小声で問い詰められたジェイクは困ったようにジェイクは頭を掻いた。
「そういう生き方だって悪くはねえがローレンは自分で自分の道を選んだんだ。それにローレンは魔獣に怯えて動けなかったが野生のカンみたいなもんがある気がするんだよなあ。まあダメなら止めるから安心してくれ。」
「あの子は言い出したら聞かない子だししょうがないか……。ウェルはウェルで白魔法の適性があるようだし色々考えなければならないねえ。」
頬に手を当て考え込んだマーサの背にジェイクは手を回し優しくトントンと励ます。
「なるようになるさ、ウェルが魔導学校に行っても行かなくても俺たちの子供には変わりがないだろう?」
「そうだねえ……。私らに出来ることはあの子達の応援ぐらいなものさ。さあ朝ご飯を作るからジェイクも手伝っとくれ。ローレンも罰として手伝わせるから呼んできておくれ!」
こうしてテーべ孤児院は新たな1日を迎えた。




