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「ローレン!まだ遊んでるのかい!さっさと手を洗ってご飯を食べなさい!」



「はーい!今行きまーす!!」



ふくよかな女性が庭で遊ぶ少女を大声で呼んでいる。ほんの6歳ごろに見える少女は燃えるような赤い髪を靡かせて風のように女性の元へと駆け寄っていった。



「ねえマーサおばさん、ウィルがどこに隠れたか知らない?かくれんぼしてたんだけど見つからないの。ウィルったら本当に隠れるのが上手いのよ!かけっこなら負けないんだけど!」


息せき切って話す少女、ローレンは女性の元にたどり着くと頬を紅潮させながら話す。


「ウィルはもうテーブルについてますよ!今日はあの子の好きなメニューだからねぇ。ローレンも早くしないとウィルに全部食べられちゃうよ。」



「わかったわ!ウィルったら本当に食いしん坊なんだから!」




彼女達が暮らすのはクラレルシア王国の辺境にあるテーベ孤児院。

テーベ村は魔獣が度々出没する地域であり、辺境でありながらも傭兵や騎士といった人の出入りが激しい。彼らを迎える為に様々な飲食店だけでなく娼館も存在していた。この孤児院では主にそういった場所で生まれた子や頼るべき大人を亡くした子らが託されることが多々あった。


人の往来が激しい大通りから少し離れた場所に位置するテーベ孤児院は院長マーサだけでなく周囲の人々の助けで成り立っている。



「ウィル!かくれんぼしてたのに勝手に抜け出すなんてずるいわ!どうして声をかけてくれなかったの?」



ローレンは洗った手を拭わずに既に席についている茶色の髪の優しげな少年に話しかける。



「ごめんよローレン……。でもお腹空いてたし仕方ないよねぇ……。」



悪びれなく話す彼はローレンと同じく孤児院で暮らす6歳の少年ウィルである。彼の母は娼婦で出産時に亡くなりそれから彼はテーベ孤児院でずっと暮らしている。


「ウィルったら……。次はちゃんと声をかけてね。魔獣に食べられちゃったのかと思ってすごく心配したんだから。」


「大丈夫だよ、魔獣なんて森に行かないといないし出てきても自警団のみんながやっつけてくれるよ。」



テーベ村は豊かな美しい森に囲まれた土地である。しかし北に広がる鬱蒼とした森は"魔の森"と呼ばれている。森には薬の原料となる貴重な植物が群生しているが魔獣も多い。だが不思議なことに魔獣が森の外で目撃された事はない。ウィルが森に行かなければ魔獣と遭遇する事はないと安心するのは当然の事実なのだ。



「自警団〜?そりゃあいるにはいるけどさあ……。騎士様たちの方がカッコいいからもし助けてもらうならそっちの方がいいなあ。」



ローレンが少女らしく口を尖らせて呟くと



「ワッハッハッハ!こりゃあ手厳しいなあ!まあ確かに俺らより騎士様たちの方がかっこいいのは間違いねえ!」



「「ジェイクおじさん!!」」



突如として現れた髭面の2メートルはあるかと思われる熊のような大男に孤児院の子供達が群がる。



「ちがうわ!ジェイクおじさんはカッコいいというより頼りになるの!悪口を言おうと思ったんじゃないのよ、ごめんなさい!」



「いいさ!お前らちびっ子が俺たちが戦う様子なんて見ないことが1番大事なんだからな!さあ飯を早く食っちまえ!」



朗々とした声で白い歯を見せて笑う彼はテーベ村の自警団のジェイクだ。彼はマーサの夫で村の揉め事の解決や騎士達の補助を行うのが仕事の大男である。気持ちの良い性格で孤児達と頻繁に遊んでやり、村の人間からも慕われている。



ワイワイと群がる子供達に落ち着かせ共に食事した後、ジェイクは声をかけた。



「ウィルとローレンちょっといいか?話があるから院長室に来てくれ。」



「何かしら?ウィル一緒に行きましょう。」



「いいよローレン。でもなんだろうね」



歩き出したジェイクについて2人は院長室に入り揃って腰を下ろした。ジェイクも2人の向かいに座り薄汚れた四角い石板のようなものを取り出す。

ローレンの両手のひらより少し大きいが手のひらよりは少し厚さは薄い。石板には金色の模様が刻まれており、中央部分は丸くくり抜かれて透明な石が埋め込まれている。不思議なことにその石板の周りだけは騒がしい孤児院内でも静謐な雰囲気に満ちている。



「これは魔力識別器と呼ばれる石板だ。」



ジェイクは2人の目を見て話しかける。



「もし魔力が発現するならローレン達の年頃だからな。お前らもまだ小さいが将来の事を考える段階に入ったって事だ。まずはウィルだ、この石板の真ん中に手をかざしてみろ。」



ウィルは恐る恐る石板の中心部分にそっと右手をかざすと金色の模様が発光し始めた。

ゆらりゆらりと模様が瞬き色が変化していく。

金から赤へ、赤から白へ、白から金へ、金から赤へ…

何度も色が変わったが最後に模様は白のまま発光をやめた。



「ウィルは魔力持ちだな!白ってことは白魔法だ!お前は癒しの魔法と相性がいいみたいだぞ。よかったじゃないか!白魔法は人気だからなあ、頑張れば王都で学べるかもしれないぞ。」



「ええ……。僕は村で働くのが夢だからいいやぁ……。でも魔法が使えるのは嬉しいなあ。」



石板を食い入るように見つめていたウィルがため息をつきながら安堵する。



「じゃあ次はローレンだ。魔力が無くたって俺やマーサのように暮らしていけるんだし気にするんじゃないぞ。さあ手をかざしてみろ。」



「私にも白の魔力がありますように!ああ神様お願いします。」



祈りながらローレンが石板に手をかざす。

だが石板の金色の模様が光を帯びる様子は無い。



「ローレンは魔力持ちじゃないみたいだなあ。気にするなよ、魔力がある人間の方が少ないんだ。俺たちと一緒にそういう生き方を学んでいこうな。」



ジェイクはローレンに優しく声をかける。彼はローレンが癒しの魔法を使う白魔導士に憧れている事を知っていたのだ。

だが彼の声は夢破れた幼い少女には聞こえていないようだった。



「そんな……。ずっとずっと白魔導士になりたかったのに!人を救える魔導士になりたかったのに!!」



大きな金色の瞳からとめどなく涙が溢れ出る。彼女の唇からは隠しきれない嗚咽がこぼれ出る。

白魔法でなくても魔法さえ使えれば色々とやり方はあった。どんな形でも人を救える有名な魔導士になれたのだ。しかし彼女には魔力が存在しなかった。



「……ッ!!」



ローレンは涙を乱暴に拭うと椅子から突然立ち上がり矢のように院長室を飛び出した。



「ローレン!!!すまん俺が無神経な言葉をかけたからだ!ウィルすまんがローレンを捕まえて落ち着かせてくれ!」



「わかった!まかせて!」



呆気にとられていたウィルもジェイクの言葉に時をおかずしてローレンを追って部屋を飛び出した。







ローレンの生まれはわからない。

ある暖かな日の夕暮れに綺麗な毛布に包まれた赤子がテーベ孤児院の前に置かれていた。赤子の面倒がみられない誰かが孤児院に託していったというさして珍しくもない話だ。

だが彼女は自らを産み落とした母や父にただ会ってみたかった。テーベ孤児院出身の人間として名を売ればいずれ両親が会いにきてくれると信じていた。

クラレルシア王国で孤児でも有名人になるには魔導士として人を救うのが1番手っ取り早い方法だとローレンは信じていたし、事実そうだった。

だがその計画は頓挫した。そもそも魔力を持った人間が少ないから魔導士になれば有名になるのだ。ローレンの考えは幼い子供の考えだとしかいえなかった。



「私どうしたらいいのかな……。魔導士になれないのなら何の意味もないよ……。」



感情のまま孤児院の外に走り出したローレンだったが気づくと見慣れぬ道に迷い込んでいた。



「もしかして迷ってしまったのかな……。人がいる所に戻りたいけれど今はまだ誰にも会いたくないや。」



ローレンはそのまま人の気配が無い方へと歩みを進める。

村人が恐れる"魔の森"へと。




森の木々は日の光を遮り日中にも関わらず日暮のように暗い。空気は水分を含みじっとりとした土と緑の香りがする。足を進めるほど重くなる空気が体にまとわりつく。

しかし今はその空気がローレンの心と共鳴するようで奥へ奥へと進まずにはいられなかった。



「ローレン!!!!!」



ひたすら歩いていたローレンの腕を誰かが突然引き止めた。



「……ウィル?何してるの、今は放っておいて!」



「バカ!そんな事言ってる場合じゃ無いぞ!今僕たちが何処にいるのかわかってるのか!魔の森だぞ!」



普段は飄々としたウィルらしくなく切羽詰まった様子でローレンを叱りつける。



「何ですって!?ごめんなさいウィル私が飛び出てきたばっかりにこんな事に!今すぐ村に戻りましょう!」



「ああ、大丈夫だよ。方向音痴の君と違って僕はきちんと道は覚えているから。この道を辿れば……。」



そういってローレンの手を握り引っ張ろうとしたウィルの言葉は途切れた。






それは音もなく

上から現れた







どうして気づかなかったのか酷く饐えた臭いがする

先ほどまでローレンの右手を握っていたウィルの場所には誰もいない

そっと右へ視線を向けると少し離れた所にウィルが倒れている

ウィルの足はおかしな方向に曲がっている

臭いは上からする

ねっとりとした液体がポタリ、ポタリとローレンの頭、頬、肩を伝う



ローレンは考えるより前に右へ飛び退いた。

その瞬間ウィルを襲った魔獣はローレンをも仕留めんと木から飛び降りた。間一髪攻撃を避けたローレンは素早く足元にある小枝を拾う。



(どうするどうするどうする、ウィルが大丈夫かもわからない、小枝なんかでこいつを倒せるとも思えない、何をしたらいいのかわからない)



飛び降りた魔獣は顔をゆっくりとローレンの方向へと向ける。白く濁った双眸であってもウィルではなくローレンを見つめている事がハッキリと感じ取れる。



(ウィルが気がついてもあの足じゃまともに逃げられると思えない。でも私がこいつを引き付けないとウィルは必ず死んでしまう。やるしかない!)



だがローレンの体は動かない。それは魔獣の能力ではなく単に恐怖が体を支配しているのだ。


魔獣が一歩、また一歩とローレンに近づいてくる。動けない。どうしても動けないのだ。



そんな彼女が最後に選択したのは眼を開けているという事。

自分を喰らう魔獣を最後まで見続けていようという意思。恐怖に体が屈服し、魔獣に敗北しようとも何か一つだけは負けないものが欲しかったのだ。



その意思が彼女の運命を決定する。



彼女の瞳に映ったのは白い刃を煌めかせ魔獣の首を一閃にて切り落とすジェイクの姿だった。



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