09
「…っサラさん! ここで隠れてて!」
村に近づくと、何が起こったかすぐにわかった。
ビリビリと震えるような緊迫感。それから、人の悲鳴。
魔物の襲撃だ。
サラに隠れるよう頼んで、悲鳴が聞こえる方へと走る。
一瞬、使い魔をサラに預けるか迷った。だが、自分の傍にいる方が安心だと判断した。使い魔はまだ小さくて戦えない。というよりも、毎日生きるだけで精一杯というような大きさだ。そんな自衛すらもままならない状況なら、他人に預けるよりも自分の傍に置いておきたい。
もう二度と、あんな思いはしたくなかった。
「ちゃんと守るからな。
危ないから顔出すんじゃないぞ」
一度守れなかったから、今度こそは。
そんな決意を込めて頭を撫でてやる。賢い使い魔は了解したというようにポケットの中に潜り込んだ。
そんな会話をしながら辿り着いた先。
おそらくは畑だった場所にクワなどの日常道具を持って応戦する人々がいた。その人の足下が不自然に隆起する。
「下だ! 足元!」
咄嗟に声をだして駆け寄る。
その声が届いたのか、村人は飛び退いた。
一瞬ののち、その人が立っていた場所に、地面から何かが突き出てくる。
「ちくしょう、このアリ野郎!」
地面の下にいたのは、確かにアリだった。黒々とした甲冑のような皮膚をもち、地面から覗かせた顔も確かに虫のものだ。しかし、その大きさはユリウスの知っているのと大分違う。
(頭があの大きさなら全長は人間の子供くらいになるんじゃないか?)
見たことのない魔物の出現に少し戸惑う。その間にもアリたちはのそりと地面から這い出てきた。
ユリウスの予想通り全長は人間の子供くらい。後ろの四本の脚で身体を支え、前の二本をふるって攻撃しようとしている。
武器のようなものは持っていないが、あの固そうな手で殴られれば痛いではすまないだろう。
(見たことはない。けれど、虫系の魔物には何度かあったことがある…。
虫系の奴らに共通する弱点は…)
「うわあああああ、くるな、くるなあああ」
ユリウスが状況を分析している間にも、アリは地面からのそのそと出てくる。その数八体。
そのうちの一匹が手近にいた人間に襲いかかっているのが見えた。
迷っている暇はなかった。
身軽さを生かし、村人を襲おうとしているアリの背後から近寄る。
狙うのは頭の上。触角だ。
今まで戦ってきた虫型の魔物はどれも触角を持っており、そこを切り落とせさえすればあとはどうにかなった。
ただし、毒を持っていなければ、だけれど。
(アリだし、毒…ないよな…?)
少しだけ不安を抱えつつも素早い動作で双刀を抜き、振り抜く。ガィン、とかなり固い感触がした。
「ゴアアアアアアアアアアアアア!!!!」
魔物の悲鳴、だろうか。触角にダメージを負ったアリがすさまじい音を出す。
切り落とすというより、力任せに叩き折ったようなものだが、それでもかなりのダメージがあることは見て取れた。
平衡感覚を失ったのか、脚が四本あるにも関わらずぐらりぐらりと揺れている。
「余裕がある人は触角を狙ってみてください!
ダメそうな人は逃げて!」
声をかけながら次の一体へ。
いくらスピードファイター型のユリウスと言えど、短時間で残り七体のアリ魔物の触角をたたき落とすことは出来ない。戦う意思があるのであれば是非とも助力が欲しかった。
「お、おう!
聞いたな、オマエら。頭の上の角みたいなのを狙え!」
一匹を無力化したのを間近で見たせいか、武器を手に取っていた村人達の士気があがる。そうはいっても訓練も何も積んでいない人達だ。それなりに苦戦を強いられた。
最終的にユリウスが触角を攻撃して無力化し、トドメを村人達にお願いする構図となった。
「…無事倒せましたね。
すみません、突然乱入した挙げ句指示だしとかして」
「いや、助かったぜ…。
あの角を狙えばいいのはわかってるんだが、あいつらも馬鹿じゃねぇからまぁ避けるんだわ。
兄ちゃん強いな。よくあんな細っこくてユラユラ揺れる的に攻撃をあてれるもんだ」
感心した声音にちょっと背中がむずがゆくなる。
里だとどうしても成人前の未熟者扱いだったし、自分よりも狩りが上手い人間はいくらでもいた。
器用だ、と褒められたことはあるものの、戦闘力に関してはこんな風に手放しで褒められるようなことはなかったのだ。
「ありがとうございます。ちょっとは鍛えているので」
「ところで兄ちゃんは…」
「アタシを助けてくれたあの里の子だよ」
自分の身元をどう証明しようとあたふたしてたところで、聞き覚えのある声がかかった。
「サラ!」
「サラさん! そちらにアリは行きませんでしたか?」
見たところ怪我などはしていそうにないが、念のため尋ねてみる。すると、感心したように目元を緩ませた。
「少年はアタシを迎えに来れてりゃ満点だね!
逆にロイドは人の心配なんかすっかり抜けてただろ。まったくもう」
「そりゃねぇだろ。命がけで戦ってたんだぜ?」
会話の流れを見るに、二人はそこそこ親しい間柄のようだ。
この分だと、村に不審者として警戒されることは無いだろう。
里からずっと警戒し通しだったので、ここでゆっくり休めそうなのはとても嬉しい。
「っと、置いてきぼりにして悪いね、少年。
コイツはアタシの弟なんだよ」
「俺だけじゃなく姉貴が世話になったみたいだな。
で? あの里出身てことは暫くうちの村にいるパターンか?」
「…パターン化してるんですか?」
そう言われてしまうとなんだか脱力してしまう。どれだけこの村に逃げてきた人間がいるのだろうか。
「そりゃまぁ…あの里から出るにしても、この村の反対側にある魔の森に行くわけにゃいかんだろ?」
言われてみれば確かに。もっと大きな町に向かうにしても、この村を経由しないと色々なめんで厳しい。
頷いて見せると、そういうことだ、と豪快に笑った。
「アンタの実力はここにいる全員が保証するし、何より村を助けてくれた恩人だからな。
大したもてなしはできないが寝る場所と食うモンくらいは融通できるぜ」
「あ、ありがとうございます」
こうして、しばらくの間ユリウスはユエル村に厄介になることになった。
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