08
「いやぁ助かったよ。まさか村の近辺にこんなデカいのが出てくるなんて思わないじゃないか」
「そうだったんですね」
使い魔とユリウス、一人と一匹の逃避行は意外な形で幕を終えた。
なぜなら、里から一番近い村へ向かう道中で悲鳴が聞こえたからだ。里の人間は悲鳴をあげえることをよしとしない。何故ならその声で更に魔物を呼び寄せてしまうと言われているから。
だから、ユリウスはほっとけなくて、その悲鳴の主を探した。
それが、今一緒に歩いているご婦人だ。名をサラという。彼女は病気がちな旦那さんを支えながら、主に薬草をとって生活しているそうだ。他にも村のことやら旦那さんのことなど色々なことを話してくれた。
それなりの年齢の女性というのは総じておしゃべりが好きなようだ。里でもそうだったような気がする。
「それにしてもアンタみたいな子供が逃げ出すとはねぇ…」
「こども…」
「あぁ、里では魔物を従えたら成人なんだったっけか?
気を悪くしたらごめんよ」
「いえ、外の世界の基準を知らなかったので…。
聞いてて面白いです」
サラは道中色々なことを話してくれた。ユリウスの目から鱗が何枚も剥がれ落ちるくらいには。
サラ曰く、里からは数年に一度は誰かが逃げ出してきているそうだ。サラの村はそんな人物の援助をこっそり行ってきたとか。というのも、村の人間からすると、里の人間の戦闘力は相当高いらしい。
確かに、サラが悲鳴をあげて逃げ回っていた魔物はとても弱かった。ユリウスでも簡単に、キリが戦ったとしても時間はかかるが無傷で倒せそうなやつだ。ちなみに、小型の猪だった。
里から逃げてきた人は一時期村の用心棒の真似事をして去っていくのがもはや通例になっているのだとか。村としても里から逃げてきた人間を保護するとしばらくは村周辺に魔物が現れなくなるため、そこそこ歓迎ムードらしい。
これはユリウスにとっても大変喜ばしいことだ。
「そうかい?
まぁアンタもゆっくりしていくといいよ。ま、なんにもない田舎だけどね」
「ありがとうございます。滞在中は頑張って魔物を狩らせてもらいますね」
「にしても、アンタ若いのに強いんだねぇ。
いやね。実際アンタの戦いぶりを見るまでは『里の人間っていってもようは使い魔が強いんだろう』って思ってたんだよ。実際5年前くらいに来た人は連れてた魔物が滅法強くてねぇ」
5年前に里からいなくなった人物。恐らく、薬師の彼ではないだろうか。彼は死んだのではなく、里から逃げ出したらしい。
彼の使い魔が強かった覚えはなく、むしろ弱かったような気がするけれど…。
(…多分、里の常識は世間一般の非常識なんだろうな。
浮かないように気を付けないと)
「おや? そういえばアンタは使い魔はいないクチなのかい?」
「あっ、いえ…ええと…」
使い魔なら今も胸ポケットの中で丸まっている。そういえば、ユリウス以外の人間の気配を察知してからずっと気配を殺していたようだ。もしかしたら、殻を割られたことでユリウス以外の人間に強い警戒心を持っているのかもしれない。
どう答えたものかと考えていると、先にサラがベラベラと話しだした。
「あーなるほどね。ワケアリ魔物だったパターンかい?
すごく弱いとか、スライムとか、あとは多頭とか?」
「…なんでそんなに詳しいんですか」
「なんでって…そりゃあ今まで数年おきに逃げ出してくる人がいりゃあ話題にものぼるってもんさね。
アンタの故郷ほどじゃないにしろ、うちの村だって辺境の田舎だもの。噂くらいしか娯楽がないんだよぉ」
アッハッハとサラは笑い飛ばした。
この言いぐさだと、村でユリウスの使い魔が奇異の目で見られることはなさそうだ。その気配を察したのか、彼も胸ポケットから顔を覗かせた。
「おや? この蛇ちゃんがそうかい?
名前は? 随分小さいんだねぇ」
「えーっと、名前はまだわからないんです。それこそ、ワケアリで。
まだ戦闘も難しいかと…。その分俺が働くので、よろしくおねがいします」
「おや、そうだったのかい。
いいさいいさ。命を救ってもらったお礼だ。
もし里の人間がきても口裏合わせて『もう出てった』っていっといてやるから安心しなよ」
「あ、ありがとうございます」
あまりにもすんなりと行きすぎて逆に怪しく思ってしまうのはいけないことだろうか。それとも、里の人間に卵を割られたことで軽く人間不信になっているのだろうか。
少なくともユリウスは使い魔も守らなくてはならない。
確かにこの辺りの魔物は思っているよりも弱く、野宿でもそこまで困ることはないだろう。けれど、ずっと野宿で暮らすわけにはいかない。野宿をしている間は周囲を警戒してきちんと休めないからだ。休息が満足にとれなければ、いつかその生活は破綻してしまう。
そしてそんな時に里の誰かが『災厄の子』と呼ばれた使い魔を殺しにきてしまえば守れなくなってしまう。
もし何かの狙いがあるにしろ、世話になるのが今のところ一番良い選択に思えた。
「お、見えてきたねぇ。
ようこそ。アタシらのユエル村に」
サラと並んで小高い丘を登りきった先に、ポツポツと建物や畑が見えた。
里の大人に連れられて何回か見た風景だ。
ユエル村は里とは対照的に農作物をメインに自給自足している。狩りはあまり得意ではないはずなので、そっち方面ならユリウスでも色々と役に立てるはずだ。実はちょっとだけ農作業の手伝いというのにも興味はあったりする。
(でもなぁ…里の人たちが追ってこないとも限らないし。
なるべく早く遠くへ行く方がいいよな。里の外で暮らすならお金は必須だし…。
うまく稼げるといいんだけど)
先のことを考えると、あとからあとから心配事が浮かんでくる。
里を飛び出してきたこと自体に後悔はないが、この先どう暮らしていこうかという部分があまりにも不透明だった。
「ギギ…」
そんなユリウスの心情を察してか、ポケットからひょっこりと使い魔が顔を出す。
まるで『そんなに心配するな』とでも言われているようで、少し気分が癒された。
頭を撫でてやると、他の頭も撫でろと言わんばかりに指を小突いてくる。
「…ん? なんか人が少ないねぇ。飯食べるのに引っ込むにしちゃまだ早い時間だし」
遠くてよくわからないが、確かに畑に出ている人は少ないように思えた。
「何かあったんでしょうか?」
「わからないけど…ちょっと急ぎ気味で向かおうか」
サラからそう提案され、ユリウスは一も二もなく頷いた。
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