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06

 グシャ、と現実感のない音が響いた。

 それと同時に、慟哭。


 半身を引き裂かれたような痛み。

 使い魔の悲鳴なのか、自分自身のものなのか、よくわからなかった。


 どのくらいそうしていたのだろうか。

 気付けば、そこには誰もいなくなっていた。

 誰かに声をかけられた気もするし、頬が痛い気がするから殴られたのかもしれない。

 卵は無残に割られ、ユリウスの頬は涙で濡れていた。


「ごめん、ごめんな…」


 弱くてごめん。

 守れなくてごめん。


 そう、ずっと謝っていた。

 確かに思ってしまった。

 普通であってほしい、と。

 普通でないなら、迫害をうけるような子でなければいい、と。


 それでも、卵を割られたときに思い知った。なんてことを自分は考えてしまったのだろう。無事に生まれてきてくれれば、それでよかったのに。

 それが、こんな形になるなんて。


「ごめん、ごめん…」


 いくら謝っても、自分の片割れである使い魔は戻ってこない。

 これから待っているのは、使い魔のいない里での生活。あまりにも灰色の未来だ。


 けれど、人間は図太いもので。

 卵を壊され、失いかけた正気もやがて戻ってくる。涙は枯れる。手当をしなかった頬は痛みを訴えてくる。

 一緒に死んでしまえればという思いも過りはした。

 けれど、ずっと絶望したままではいさせてくれなかった。


「…せめて、弔おう」


 無理やり割られた卵の破片を集める。

 ユリウスの指ほど厚みがある破片も、中の使い魔を守ってはくれなかったのだと思うと乾いた笑いが漏れた。

 一つ、一つと破片を集める。


「あ、れ…?」


 そこで、ようやく気付く。


 魔力の流れに違和感があった。

 悲しみに溺れていた自分を殴りたくなるが、あとまわしだ。

 折り重なった殻の下。

 そこに、微弱ながらも魔力が溜まっている。

 まるで、膜となり、何かを守るように。


「……」


 今ある膜を壊さぬようにそっと、その上から包むように魔力を注ぐ。そんなことはやったことがないけれど、そうしなきゃならないと思えた。

 微細な魔力調節でどのくらいの時間を費やしただろうか。

 こめかみから汗が伝う。

 けれど、なんとか成功させた。


「生きて、る、のか?」


 その問いかけに答えはない。

 けれど、微かな期待を持って隔てている大きな殻の破片をとりさる。

 その破片の下から。


「ギュ…」


 小さくて弱々しい、多頭の蛇がそこにいた。


「生きてる…」


 忌まわしいとされる多頭。数えれば、使い魔の頭は五つあった。少し手のひらのようにも見える。鱗は艶かしい白銀だが、光の加減で青にも翠にも見える。

 サイズはこんなにも大きな殻と不釣り合いなほどに小さい。ユリウスの手にのれるサイズだ。恐らく、生命を維持するためにこうなってしまったのだろう。

 それでも、生きていてくれた。ユリウスが不甲斐なく泣いて謝っている間も、懸命に。

 里では忌まれる姿かもしれないが、ユリウスにとってはこの上なく愛おしく思えた。


 姿を見るまでは、半信半疑だった。

 卵を割られたのに、生きているなんて。

 今まで、不慮の事故などで卵を割ってしまった人達が何人もいる。卵が孵る前に殻が割れれば、中の使い魔は死んでしまう。それが里の常識だ。

 だからこそ、ガイおじさんたちも卵を壊すだけで、トドメをささずに帰ってしまったのだ。

 それが幸いした。


「良かった、生きてた…」


 安心して腰が抜けそうになる。けれど、そうしてばかりもいられない。無理矢理卵から出された使い魔は生きているのが不思議な程に弱っているのが見て取れた。


「逃げよう…」


 里から離れる。

 そうしなければ、ユリウスにもそして生まれたばかりの使い魔にも居場所がないのは明白だった。

 おかしな託宣があった上に、多頭。里の老人たちが「そら見たことか、はやく殺せ」という姿が目に浮かぶようだ。

 そんなことはさせない。


「大丈夫、守るから…」


 今度こそ、という言葉は飲み込んだ。

 一度守ることを諦めてしまった自分に目を背けたかった。

 くったりとした使い魔を傷つけないように、あり合わせの布でくるむ。それから、めぼしいモノを片っ端から大きなリュックに詰めていった。


「…キリ、は……」


 荷物を選別する作業の中で、どうしても小さな妹分のことが頭をよぎる。

 里から出ると言うことは、もう彼女と会えないと言うことを意味するのだ。

 散々迷って、ユリウスは書き置きを残しておくことにした。


 元気で、とただそれだけ。


 何を書けばよいのかわからなかった。ただ、元気に健やかに育って欲しい。幸せになってほしい。最終的に思いついたのは、ただそれだけだった。

 どんなに言葉を取り繕おうとも、彼女の手ではなくこの小さな命を優先することには変わりない。


「行こうか、相棒」


 布と、ユリウスの魔力にくるまれた小さな使い魔とともに、ユリウスは里をあとにした。


閲覧ありがとうございます。


暫くは昼と夜の一日二回更新を目指して頑張ろうと思います。


もしよければブクマや評価していただけるとうれしいです。

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