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05

 ガイおじさんの狩りの手伝いをした次の日。

 キリは昨日計算の練習をしていたところ、おばばさまに呼ばれたらしい。


「俺は今日何するかな…。

 …解読するか」


 薬師の勉強、というか、悪筆の解読は地味に楽しい。せっかく読めたと思ったら、思いついたギャグの殴り書きだったりしたこともあったけど、概ね順調だ。

 彼独特の言い回しで書かれた薬草の特徴なども徐々にわかりつつある。なんだかんだと色々里では言われているけれど、メモを残してくれただけでもありがたいことだとユリウスは思う。

 とはいっても、まだまだ全てを解読するには至らない。食料の備蓄はまだあるので、今日はのんびり一人で解読しようと決める。


「っと、その前に肉の処理しとくか」


 昨日分けてもらった肉と加工用の爪と牙のことを思い出す。爪と牙の加工はあとでもいいが肉はそのまま放置しては腐ってしまう。


「干すか…燻してもいいな。

 時間あるし」


 少しでもキリに美味しいものを食べさせてやりたい。幸いなことに手間暇時間をかけるのは苦ではないタイプだ。

 なにより美味しいものは手軽に幸せにしてくれる。

 時折卵に魔力を注ぎつつ、この日のユリウスの午前の時間は料理となった。

 よくある何でもない日常と変わらない一日。そうなるはずだった。


「あ、解読するだけなら卵連れてってやっても問題ないか」


 キリは昼にも帰ってこなかったため、昼はつまみ食いですませた。これだけ長い時間拘束されてるということは、何かあったのだろうかと少し不審に思う。

 が、ばば様の話は結構長い。そして、キリはばば様のお気に入りだ。正確には、卵の成長が年齢の割に著しいからなのだろうけれど。

 それでも、キリは素直ないい子だからばば様の話を、うんうんと聞いているのだろう。それでちょっと古臭い価値観が身につかないといいけれど、とちょっと心配はしている。

 キリ宛に書き置きはしておいた。帰ってきてお腹が空いていたとき用のおやつも置いた。そもそもキリを可愛がってるばば様なら、ユリウスにはうまく作れない美味しいものでも与えてくれているとは思うけど、一応。

 そうやって準備万端で孤児の家を後にしたのがつい先程。

 薬師だった男の家は、薬の匂いがするからと里のハズレの方にある。そこまでの道のりで、ふと、卵のことを思い出した。

 抱えて歩くには結構大きいが、不思議とそこまでの重さは感じないのだ。多少嵩張る荷物ではあるが、解読をするだけなら連れてっても構わないだろう。

 そう思い直して、道を戻る。

 もしかするとこの思いつきが、虫の知らせ、というやつだったのかもしれない。


「あれ?」


 孤児の家の前には、数人の大人がいた。

 珍しいこともあるものだと、少し小走りになりながら近づいていく。

 その中にはガイおじさんの姿もあった。


「皆さん、何か用事ですか?」


 ここ暫くは雨漏りもしていないし、困ったこともない。そう考えて呑気に声をかけた。

 その時の、大人たちの表情をどう表現すればいいだろうか。


「…戻ってきちまったか」


「仕方ねぇ」


「えっ…と? どうしたんですか? 何か問題が…?」


 気まずそうな大人たち。

 特に、何事も竹を割ったようにスッパリ言ってしまうガイおじさんが言葉を探しているような素振りを見せている。それだけで、何か只事でないことが起きているのがわかった。

 ふと、周りを見れば、彼ら以外には奇妙な程に人がいなかった。


「お前らはキリの卵、保護してやれ」


 ガイおじさんが周りに指示を出す。

 その単語から、ゾワリとした寒気を感じた。予感と言ってもいい。

 彼は「キリの卵」といった。では、俺のは…?

 咄嗟にユリウスは大人たちがいる入り口とは別ルートで、孤児の家への侵入を試みる。


「ユリウス!」


 自分を呼ぶ声がする。

 咎めるような、気遣うような、そんな声だ。

 台所脇の勝手口。そこから入れば、自分の卵はすぐそこのはずだ。

 扉をあけて、中を確認する。

 朝の時点と違わず、ユリウスの卵はそこにあった。


「よかっ…うわっ!?」


 ほっと安堵したのもつかの間、ユリウスに向かって牽制の攻撃が繰り出される。すんでのところで避けるが、もうこれは日常なんかではありえなかった。

 自分にそんなことをした人物の顔を見れば見知った大人。ガイおじさんには及ばないものの、腕の良い狩人であることは間違いない。


「…なんで戻って来ちまったんだかな」


「いや、これもケジメをつけられていいだろ」


 彼らの声からは苦渋の色が窺える。

 ユリウスの頭は疑問符と不信感で一杯になった。


「どういう、ことですか…」


 口の中がカラカラに乾いて、声を出すのがスムーズにいかなかった。それでも、聞かなければならない。

 自分はできる限り目立たないように、穏便に過ごせるように努力してきたつもりだ。それなのにこの仕打ちは…。

 いや、ユリウスも薄々は気付いている。

 ずっと心のどこかで怯えていた最悪の事態が自分の…いや、使い魔の身に降りかかったのだと。


「…昨日、先駆けて託宣があった」


 ガイおじさんが重々しい声音で告げる。

 その先を、ユリウスは聞きたくなかった。


「お前の使い魔は『災厄の子である』と。

 よって、生まれる前に処分する」


「そんな…そんな馬鹿な話が…!!」


「…だよなぁ」


 怒りで目の前が染まる。

 けれど、そんなユリウスに大人達は同調した。怒りややるせなさを肯定され、出鼻をくじかれる。


「だが、お前は里の掟に逆らえるか?

 俺も含めた里全員を敵に回しても?

 お前にゃそんな覇気はねぇ。それは俺がよおーく知ってる」


 ガイおじさんに、そう指摘されて詰まる。

 確かに、ユリウスは平穏に穏便に生きたいと、そう願ってきた。


「でも、だからといって卵を割るなんて…」


「俺らもわかってるぜ。

 自分の身に置き換えりゃどんだけしんどいかわかる。わからない奴はこの里にはいない。

 それでも、だ」


 すぅ、とガイおじさんの目が細められる。本気の殺気が、ユリウスを襲った。

 地面に足を掴まれたかのように、動けなくなってしまう。


「俺を、敵に回してまでお前は動ける奴か?」


 今まで何度も狩りを教えて貰った。ガイおじさんだけでなく、この場にいる大人全員がそうだ。その彼らに威圧されて、ユリウスは情けないことに指一本も動かせなかった。

 それどころか、声すらも喉につっかえてしまう。


「そういうことだ。

 運が悪かったと諦めな」


 ガイおじさんの斧の柄が、ユリウスの卵に振り下ろされる。



 その様子が、まるでスローモーションのように見えた。




閲覧ありがとうございます。


暫くは昼と夜の一日ニ回更新を予定しています。


よろしくお願いします。

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