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マジックバングルを製作して数日後。
アバトとユリウスは出立の準備をしていた。
「結局この町で火のマジックリング見れなかったなー」
この町は近隣の中では一番栄えているということで少し粘ってみたが、それでも火のマジックリングはお目にかかれなかった。構造さえわかれば作れることはわかったのでそこまで焦らなくてもいいだろう、とユリウスは考えている。
「おいおいでいいんじゃないか?
もちろんあれば便利だけど」
「まーなー。
俺が火吹けるようになれればいいんだけどさ…」
「この町周辺の魔物だとあまり変化なかったものな。
冒険者ランクとやらもあがるくらいには倒したんだけど」
冒険者にも一応ランクというものがあるらしい。
駆け出しの冒険者は青銅だそうだ。そこから鉄、銅、銀、金とあがってくらしい。ユリウスたちは初日にでかいクマを納品したことと、ここ数日で小さな魔物退治やら薬草納品をしたことで鉄に上がっている。
「だーってさー。この辺りの魔物よえーもん。
食べても魔力の足しになんねーってか」
「そのうちお腹がすいて死んじゃうんじゃないかってちょっと心配だよ、俺は」
成長したアバトは、ユリウスと同じ人間の食事で一応満足してくれている。
けれど、魔力たっぷりの魔物を食べたい欲求がなくなったわけではない。
「死なないけどさぁ。
里は嫌いだけど、あの周辺ひとっ走りするかちょっと悩んだ」
「それはやめてくれよ?
かわりと言えるかわかんないけど、次に行く町の近くにダンジョンっていうのがあるらしいから、そこ行ってみよう」
ダンジョンというのはこの世の不思議の一つだ。
基本的には地下に続く洞窟、といったもの。その中には地上ではお目にかかれない魔物がうじゃうじゃいるとか。
そこでならアバトのご飯には困らない、かもしれない。
「ダンジョンなー。どんなんなんだろ?
ぶっちゃけ魔物に期待はしてないけど、楽しそうだなとは思う」
「それ世の冒険者が聞いたら憤慨しそう」
ダンジョンの魔物は強敵だ、と言われている。
が、その噂をアバトは信じていない。ユリウスも、まぁちょっと疑っている。何せ魔物になっていない大型のクマを狩っただけですごいと言われてしまったのだから。
それでも、見たことのないダンジョンそれ自体にはちょっとロマンを感じている。どういう仕組みかはわからないがお宝が落ちていることもあるそうなので。
「ダンジョンに行ってみたり、色々頑張ればきっと冒険者ランクもあがるよな。
ランクがあがれば…使い魔のことも理解してもらえる、と良いんだけど」
「それはどうだろ?
でも、マスターの一番の目的はキリとかいう幼馴染のことだろ?」
「うん、まぁな」
頭に思い浮かぶのは可愛い幼馴染の顔。ガイはユリウスを殺すために、キリが鍛えられていると言っていた。教育係ではない彼は細かいことまでは知らないらしいけれど。
ユリウスとはまた違った方向で、キリの使い魔が異質だという話はちょっと胸が痛い。キリは今どんな気持ちでいるのだろうか。
「黒い羊と白い山羊の双子、かぁ。
使い魔の双子って言われても俺もピンとこねーや」
「うん、俺もそう。
まさか使い魔にも双子がいるとはなぁ」
多頭を忌み嫌う里は、前例のない双子の使い魔にとても戸惑ったらしい。その結果、まだまだ幼いキリを最低限鍛えて放り出すという手段に出た。しかも、幼馴染であるユリウスの使い魔を殺す、という任務まで与えて。
「わかってたけど里の上の方、頭おかしいよな」
アバトの言葉に完全同意だ。まだ幼い女の子を生まれ故郷から追い出すなんて。
けれど、やりかねないということをユリウスはわかっている。
「素直なキリがどういう風に言われて里を出てくるかが予測できないんだよ」
自分の知っているキリであれば、ユリウスの使い魔を殺せと言われても首を振るはずだ。しかし、里の上の連中がなんといって言いくるめているかわからない。例えば「ユリウスは多頭の悪魔に洗脳されてしまった。ユリウスを取り戻すために悪魔を退治しろ」だとか。
「だから、先に道をつくっとくって?
やさしーなー」
ここ数日、あちこちで冒険者の依頼をこなす傍ら、もう一つ水のマジックバングルを作った。キリに渡すために。
キリが何をするにしても、冒険者としての資格は持っていて邪魔にならないはずだ。むしろ、幼いキリを守る盾にもなるだろう。そういった思いもあって、ユリウスは冒険者のランクを上げることにした。
ユリウスと同郷の子なら、とギルドが思ってくれればしめたものだ。要するに打算である。
実際ユリウスは冒険者ギルドの歴史の中でも、鉄級にあがるのがかなり早い部類らしい。そういう実績もあって、冒険者ギルドはユリウスの頼みを快く聞いてくれた。もし、使い魔を二人連れたキリという女の子がきたら、マジックバングルを渡してやってほしい、という頼みだ。
「本当は会って話し合いたいし、マジックバングルも直接渡したいんだけどな。
問答無用でアバトに襲いかかられる可能性が皆無じゃない限り、キリに会うのは怖い」
少なくとも、里の上の連中の考えが変わると言うことはないだろう。この短期間に皆が寿命を迎えて上層部が一新された、とかでも無い限りあり得ない。
「キリのことは心配だけどさ。
やれることは出来る限りやった、と思う」
キリの保護よりも、アバトの命を優先した。この選択が合っているかなんてわからない。けれど、どちらに転んでも大丈夫なように、今出来ることをしたつもりだ。
「わかってるって。
それにそのキリって子がいつ追いかけてくるかってのは正確にはわかんないんだろ?
だったらその時間あちこち見て回ってる方がいいって」
キリに対する後ろめたさを、アバトもきっと気づいている。だからこそ、殊更明るい声で励ましてくれた。その気持ちを無駄にしないように、ユリウスは気合いをいれた。
「よし、じゃあ行くか。
最終目的地は本の都だけど、その前にちょっと遠回りしてダンジョンがあるダラガンって町にいこう」
「どこでも、マスターが行くとこに着いてくぜ」
「頼りにしてるよ」
未来への不安はある。それでも、きっとそれはなるようにしかならない。
そんな、やけくそにも似た感情もある。でも、心は穏やかだった。
災厄と呼ばれた使い魔とともに、ユリウスは次の町への一歩を踏み出したのだった。
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