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昨夜は失礼しました。ちょっとトラブルがあり更新できませんでした。
「ただいま」
「おにいちゃん、おかえりなさい」
本日の成果を抱えて、孤児の家に帰る。
声をかけるとニコニコとした笑顔でキリが迎えてくれた。
託宣の話でモヤモヤとした心が、じんわり晴れていくような感じだ。
聞き慣れた可愛らしい声と、美味しそうな食事の匂い。グゥと腹がなってしまい、我ながら現金なものだと苦笑した。
考えすぎても仕方がない、と思い直す。
「今日は何を狩ってきたのー?」
「頭が3つある狼だな」
ほら、と戦利品を見せると身体全体を使ってワーイと喜んだ。
「頭がいっぱいは悪いヤツの証拠っておばばさま言ってたもんね。
ワルモノ退治したおにーちゃんえらーい」
魔物には多頭が多い。そのせいか、子供たちは老人達の話を聞いて多頭=倒すべきモノと覚えているようだ。魔物は餌にもなるし、ワルモノってわけでもないんだけど…。
そう言ってしまえば、まだ幼いキリは混乱するかもしれないので黙っておく。一緒に過ごすうちに追々教えていけば良い。
今訂正するべきは、今日の狩りはユリウス一人で行ったわけではないという点だ。
「はは、実はガイおじさんの手伝いしただけ、みたいなもんだけどな」
頼りがいのある兄貴分ではいたいけれど、見栄をはるつもりは毛頭ない。過剰に期待されても困ってしまうだけだ。それでもキリはすごいすごーいとはしゃいでいたけれど。
「ガイおじさんもいたんだね。
ガイおじさんね、つよーくなるんだよっていっつも言ってるよ。
キリもね、もう少ししたら狩りにいくんだー。訓練もね、ちょっとずつやってるんだよ」
「そのためにはたくさん食べて大きくならないとな」
戦闘系の使い魔であれば、まだまだ小さいキリのサポートもできるかもしれない。が、どんな使い魔になるかは生まれてきてみなければわからない。
幸いなことに、キリは戦闘に対する忌避感は薄い方らしい。稀に戦闘の場そのものや血が恐ろしくて戦えないという人もいる。そういった人は使い魔と二人三脚で狩り以外の仕事に従事する。
キリがどういう道を目指すかはわからないが、選択肢は多い方がいい。それを考えれば、キリは今のところ優等生だ。計算以外は、だけれど。
「うん!
おなかすいたの。キリごはんつくってまってたんだからー」
肉の処理はあとでやることにして、キリと食卓を囲む。
最初は「料理か?」と疑問に思うようなものを作っていたキリだったが、今ではユリウスの手伝いがなくても料理を作れるようになっていた。まだまだ手つきは危なっかしいけれど、着実に彼女も大人になってきている。
そのことに嬉しさと、着実に周りが変わってきているという不安を感じてしまう。
不変など、きっと何処にもないのだ。
里の奥には像があった。
かなり古い時代に作られたそれは既に形を雨風に削られており、元の形などわからないくらいになっていた。だが、その像は里を守っているものだと信じられている。
その、何者かすらわからなくなった像の周りに、深夜にも関わらず人が集まっていた。
「今回の託宣、やけに早いみたいだな」
ガイが誰にともなく呟く。この場に集まっているのはいずれも里の有力者たちだ。
例年よりも早く、託宣を告げることになったのである。
集まった人間の年齢層は全体的に年齢は高め。今はもう里のご意見番として口を出すだけで体は動かないような者も多い。
正直に言えば、ガイはこの託宣の場の空気は重苦しくて苦手だった。
何より、この場で言い渡されることにはどちらかと言えば凶事が多いのが原因だ。
そのせいで里を出る羽目になった奴が何人もいる。
「滅多なことは言うなよ、ガイ」
「わぁってるよ」
老人たちの輪に入る気にはなれず、若手は隅っこの方でじっとしている。若手、と言っても大体が30代だ。託宣の結果によっては身内をも排除するこの里の空気に辟易しているものの、表だって反抗するには愛着を持ちすぎた。そんな年代だ。
さっさとこの重苦しい空気が終わらないかと考えていると、コツコツと杖をつく音が聞こえた。
里長と、託宣を告げるおばばさまの登場だ。
今年も何もない穏やかな一年であってくれという願いは、しわがれた老婆の声でむなしくも砕かれる。
「…災厄の子が生まれる」
老人の声ながらも迫力あるそれに、周囲の空気が固まった。
「多頭の…おぞましい化け物が…排除するのだ、一刻もはやく!」
狂乱したような老婆の声に、一同は何も返せない。
普段であれば様々なアドバイスとともに、最後に凶事が告げられるはずなのに。その手順すらも無視して災いだけを告げ、老婆は皆に背を向け帰っていった。
シン、と静寂が響く。
誰も何も言えない。
そんな空気の中、里長が重々しく口を開いた。
「災厄の子を排除しなければ、吉兆などありえぬ。そういうことらしい。
決行は明日。
生まれる前に退治するのはたやすい」
里長の表情は夜の闇に溶けて見えない。
声からは、なんの感情も感じられなかった。今まで育ててきた卵を無惨にも潰される子がいるというのに、何も。
「誰なんですか、その、災厄の子とかいう使い魔の…親になるやつは…」
恐らくこの場にいる全員がその子を案じている。
使い魔がいるのが普通のこの里で、使い魔を災厄と断じられるなど死刑宣告にも等しい。その可哀想な子が我が子であってほしくないと、子を持つ親なら願うだろう。
ガイにはまだ子がいない。
しかし、可愛がっている子たちは何人かいる。
何故か今、その中の一人が頭に浮かんだ。
平均よりは少し孵化が遅く、しかし本人はそれを気にしていないように飄々と振る舞う少年。覇気はないが賢く、器用になんでもこなし、里に求められた立場を演じようとする大人びたやつだ。その、無理にでも大人になろうとしているところが気にかかってどうしてもちょっかいをかけてしまうのだが。
嫌な予感というものは、何故か当たってしまうものである。
「孤児の家のユリウス。明日、彼の卵を潰す」
告げられた内容に、そして我が子でなかった親の安堵した吐息に、思わずガイは舌打ちした。
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