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「お断りします」
迷いはなかった。
ついさっきまでは、どうにかやり過ごせないか、とばかり考えていたのに。
アバトに対する明確な敵意を感じ取った瞬間にスイッチが入ったようだ。
「アバトは俺の大事な使い魔です。里の命令だろうが、相手がガイおじさんだろうが、はいそうですかって譲れるわけがない」
「はなたれ小僧がいっちょまえの口きくねぇ」
「里の慣習でいけば、俺ももう成人ですよ。
アバトがいますから」
純粋な戦闘力で言えば、ガイに勝つことはほぼ無理だ。それでもやりようはある、はず。
「言うねぇ…。
ただ、おじさんとしちゃ可愛い教え子を殺そうとは思ってないわけよ」
「使い魔を亡くした主人がどうなるかっていうのはおじさんの方が詳しいでしょうに」
使い魔を大事にしている主人ほど、その先は長くない。あとを追う者すらいた。ユリウスも脱け殻になる自信しかない。アバトに生きろと言われればアンデッドになってでも生きようとするだろうけれど。
ともかく、使い魔を殺すということはそういうことだ。
「だから傷が浅い、生まれる前に殺してやろうとしたんだがなぁ。
まぁ討ち漏らしたのは完全に俺のミスだ。だから、大事な使い魔が死んで廃人になちまったとしてもきちんと面倒見てやるから心配すんな」
「心配すぎますよそれ。
モーラだってそうなったら食いぶちが減ってイヤでしょ?」
「あ、はい。イヤです。
やめましょうマスター」
「懐柔されてんじゃねぇよ…」
「つか、マスター。勝手に俺が死ぬ前提やめろ怒るぞ」
「ごめんて」
イマイチ緊張感のない会話が続く。けれど、空気はピリついたままだ。もし、どこかで隙を見せたらモーラはともかくガイはアバトを殺しにくるだろう。
それだけは絶対に防がなければ。
ねっとりと感じる緊張感に目眩がしそうだ。
「…そもそも、アバトを殺そうとするのは何故です?」
「知らん。里のジジババの決定だ」
「何故、それに従うのですか?」
「…そういうもんだからだ」
ガイが一瞬言葉に詰まる。
きっと、ガイも納得はしていないのだろう。それでも、里で穏便に暮らすためにはそういう仕事も必要だと自分に言い聞かせているだけで。
「問答は終いにしようぜ。そもそも、俺はそういうの苦手なんだ…。
モーラ、殺せ」
「…本当にいいのですね?」
「聞くな」
ガイの言葉を聞いたモーラが、巨大な牛の姿へと変化する。踏み潰されればひとたまりもないだろう。
「アバト!」
「おう!」
それを黙ってみているわけにもいかない。アバトに声をかければ、待ってましたと言わんばかりの声が聞こえた。
正直、モーラとアバトの戦いであればきっとアバトが勝つ。あのパワーにだけ気を付ければきっと大丈夫だ。そう信じて、ユリウスはガイと対峙する。師とも呼べる間柄だ。
「骨の数本は覚悟しとけ。
まぁ、使い魔がいなくなったらそれどころじゃなくなるんだろうけどな」
「アバトは負けませんし、俺だって負けるつもりはないです」
向かい合ったときからずっと続いている緊張感。まるで全身を針でつつかれているようで、少しでも身動きすれば貫かれてしまいそうだ。それでも、動かなければ勝利はない。
大斧が振るわれる。
重量を感じさせない動きだが、それは少しでも触れれば吹っ飛ばされてしまうだろう。
全ての一撃が必殺級のそれを、どうにか躱していく。
ユリウスに戦いかたを教えたのはガイだ。その癖も、弱点も全て知られていると思っていい。だからこそ、全く違う戦い方をしなければ読まれてしまう。
「くっ…」
幾度攻撃しても、大斧を盾のように使い防がれる。
相手の攻撃は間一髪で避けられてはいるものの、相手にまるでダメージが通っていなかった。ガツン、ガツンとユリウスの攻撃は大斧を打つばかり。
「降参するなら今のうちだぜ?」
息があがっているユリウスに対して、ガイはほとんど疲れを見せていない。実際そうなのだろう。大斧を振り回してはいるものの、彼はその場からほとんど動いていないのだ。対するユリウスはと言えば少しでも隙を引き出そうとあちらこちらと飛び回っている。
それで体力を消耗しないはずがない。
「俺は、諦めないと、決めたんです!」
決意の言葉をのせた一撃もやはり防がれる。
無駄口は体力を消耗させるが、それでも宣言したかった。もう二度と、あのときのように諦めるもんか、と。
「いいねぇ、若いってのは。
だが…狙いがバレバレだぜ、ユリウス」
「っ…」
「武器破壊とは考えたもんだ。
戦闘の最中正確に一点だけを集中して攻撃する器用さも合格だ。
強くなったな。
だが、読まれちゃおしまいだ」
「くっそ!!」
指摘されてなおも、ユリウスは同じ場所を攻撃する。
ガイの持つ大斧は里近くの大岩から切り出したものだ。そのため、普通の斧のように継ぎ目がない。継ぎ目があればそこを攻撃し、武器を破壊することが可能だった。
だが、継ぎ目がなくても同じ部分をずっと攻撃してけば弱る。武器さえなくなれば、と思っての攻撃だったが読まれてしまった。
ガイが武器を持ち変えて、今まで攻撃されていた部分では受けてくれなくなる。
「壊されちゃたまんねぇからな。弟子が十分強くなった姿を見れるっつーのは感慨深いもんがあるが…。
そろそろ終いにしようや」
ガイが大斧を持つ手に力を込める。
食らえばまずい。
即座に回避の体勢をとる。
が、それよりも早く辺りに咆哮が響き渡った。
「っモーラ!?」
咆哮の正体はアバトの雷撃だった。主人達を巻き込まないように離れた使い魔達は、死闘を繰り広げていた。双方血がにじみ、周囲の草木が踏み荒らされている。ところどころ地面がへこんでいるのはモーラの仕業だろう。
だが、そのモーラは今地に臥せっていた。
ビクビクと震えているため死には至っていないようだが、起き上がれないようだ。それを見て、ガイに隙が生まれる。
千載一遇のチャンスだった。
アバトへの心配はないといえば嘘になる。けれど、折角アバトがつくってくれたチャンスを逃すようなことはしたくなかった。
「しまっ…」
咄嗟に武器を構えようとしたガイの懐に飛び込む。大斧はリーチがある分小回りがきかない。刀から手を離し、懐から最終兵器をとりだして、ガイのかすり傷目掛けて叩きつける。自分の手にも傷があるため犠牲になってしまうが仕方がない。
叩きつけられたガイは瞬時にまた間合いをとったが、これにてチェックメイトだった。
「な、にを…」
「毒です。アバトの」
喋りながらも、毒は傷口からじわじわと二人の体を侵していく。それはガイも感じ取っているはずだ。叩きつけたユリウスの手もジクジクと痛み始めた。
「生き物の動きをとめ、最終的に死に至らしめるものです。
すごいでしょう、俺の使い魔は」
「バカな、共倒れじゃねぇか!」
「いえ。俺は血清あるんで。
あ、ちなみに里のみんなが知ってる解毒剤での完全な治癒は無理でした。後遺症が残ります」
言いながら、アバトとの研究成果を傷口に塗りつける。痛みは少しマシになった。このくらいの時間であれば後遺症も残らないはずだ。
だが、ガイはそうではない。
「降参してくれるなら、命はとりません。
しないのであれば、モーラにもこの毒を浴びせます。
傷だらけなのできっと良く効くでしょうね」
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