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天候は良好。
日はまだ高い位置から二人を見下ろしており、やろうと思えばこれから狩りにいくことも出来る時間帯だ。
ただ、二人は敢えてそれをしなかった。
明日の朝早くに、この村を出る予定だからだ。
「意外と早く準備整っちまったもんなー」
「良いことじゃないか?
村の人達にも挨拶したら色々お裾分けもらっちゃったし…。
お陰で夕飯の心配いらないもんな」
サラたちはもう少し村に滞在すると思っていたようで、とても別れを惜しまれた。サラの旦那さんは「今日は腕によりをかけるからね」とまで言ってくれたし、その他の村人も細々とした世話を焼いてくれた。
旅は身軽な方が良いので、丁重にお断りしたものもあるにはあったけれど。
「暫くは野宿だもんな。ぐっすり安眠とはいかないか」
「交代で見張りをしておいた方がいいからな。
まぁ急ぐ旅でもないし、体調を第一に考えよう」
「…自分は強行軍したくせに」
「それはそれ、これはこれ」
荷物の確認も終わってしまったし、これといってやることもない。
ここで過ごしたのはたった数日間だが、身に馴染んでしまった干し草のベッドの上でゴロリゴロリと暇を持て余す。
「町ってどのくらい人がいるんだろうな…」
「いってみりゃわかるって。
俺はそれより例のおとぎ話の大本が気になるな」
村人たちの話を聞いた結果、確かにおとぎ話は細部が異なっていた。一番違和感があったのは、世界の果て、という部分だ。どうもこの村の人達はその果てをあの里のことだと思っているらしい。ユリウスはといえば、この話がそんな身近なモノであるとは考えもしていなかった。
「ほんとにな。
もしそうなら観光名所にでもすればいいのに」
「うーん…それは無理じゃねぇかな。
マスターはあそこ出身だから気にしてないみたいだけど、あの里周辺の魔物って結構強い、と思う」
「…やっぱそう思う?
だとしたら、あのおとぎ話にもちょっと当てはまる感じあるよなぁ」
おとぎ話の舞台は魔王の住む魔の領域。勇者はそこへ乗り込み、人間界に魔物を送り込む魔王を倒した、ということになっている。魔の領域の魔物たちは、人間界に送り込まれた魔物よりも遥かに強く、勇者は苦戦を強いられる描写があった。
里周辺にはかなり魔物が多く、そしてこの辺りと比べると強いのではないか、という印象があった。
「おとぎ話の舞台があの里だったとして、じゃあそれを隠す理由ってなんだ? って話じゃないか?」
「隠すってことは何か都合が悪いはず。
でも知られたくないならそもそもおとぎ話にしなきゃいい話だし」
二人でうんうん唸るが、納得できそうな理由は出てこない。
実際本気で悩んでいるわけではなく、夕食までの時間潰しだ。体を休めるにしても眠るには早すぎる時間。里から逃げてきてからこちら、こうやってのんびりするのは久しぶりだった。
しかし、そんな平穏な時間も緊張したアバトの声が終わりを告げる。
「…マスター。納屋の外出よう。
なんか、ヤバイ気配がする」
「え? どうした、急に」
「マスターと同じくらいの魔力を感じる…」
村の人間はあまり魔力を感じない、とアバトから聞いている。ユリウスと村人の魔力差はかなりえげつないものだ、と。
「…里の人間、か?」
「多分」
「買い出しに来ただけならいいけど…万が一があったらよくないな。
村から離れよう」
アバトが魔力を感じられる、ということは、逆もまた然り。相手が使い魔をつれていれば、こちらの魔力を感知することなど造作もないだろう。
「もう一日遅けりゃよかったのに」
「全くだ」
幸いなことに出立の準備はできている。
荷物を引っ付かんで、納屋をでた。うまくやり過ごせれば戻ってくるし、ダメならサラの旦那が作ってくれた料理を食いっぱぐれるだけだ。きちんと別れを告げられないのは残念だけど、命あっての物種である。
「マスター、飛ぶか?」
「いや、それで気づかれる方がよくない。
やり過ごせるならそれに越したことはないだろ」
「了解。
…マスターは今度魔力駄々漏れを押さえる練習しようぜ」
「無事に逃げられたらそうしようか」
緊張を軽口でまぎらわせる。
正直、里の誰がきてもユリウスには勝てる自信がない。戦闘においては本当にユリウスはそこそこなのだ。それに、アバトを守るために里の人間を殺せるか、といわれると未だに決心がつかない。双方生き残れる道がないだろうかと考えてしまうのだ。
「…マスター、だめだ。
追い付かれる。どうする? 今から飛ぶか? それとも…」
逃げて、逃げて。
でも、その先を考えてしまった。
ずっとアバトにも逃亡生活を強いるのか?
いつまでも里の追っ手に怯える生活を続けるのか?
そんな窮屈な生活を、アバトとずっと味わって生きていくのか?
脳内でそんな問いが反響する。
ふと、隣を見れば覚悟を決めた目をしているアバトが見えた。どちらを選択しても、ついていくという目を見て、ユリウスは足を止めた。
「…迎撃、しよう。
悪い、一緒に戦ってくれ、アバト」
「何が悪いもんかよ。
やろうぜ、マスター」
卵を割られた日。あのときは、これからの里での生活を思い諦めた。いや、逃げたのだ。考えることから。
そのくせ、その逃げた結果を突きつけられた時には悲劇の主人公ぶって泣きわめいて。
そんなカッコ悪いところを、もう見せるわけにはいかない。
身軽になれるように荷物をおいて、双刀を取り出す。
ほどなくして、追っ手が姿を見せた。
「逃げ足は一人前ってかい?
全く、おじさんを走らせんなよな」
「マスター走ってませんよね? 私にのっていただけですね?」
「お久しぶりです。ガイおじさん」
できれば一番見たくない顔だった。
里一番の実力者をこれから相手にするのか、と背筋がヒヤリとする。勝算が見えやしない。
緊張にこわばるユリウスをよそに、ガイとモーラの主従はのんびりと会話をしていた。
すぐに戦闘する気はないのか、モーラは一度人型に戻る。
「おう。久しぶりだな。
足を止めたってことは、諦めてくれたって思っていいのかい?」
「何を、ですか?」
「そっちの使い魔の命をさ。
まさか生きてるとは思わなかったぜ」
やはり、というべきか。
ガイ達の目的はアバトの命だった。
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