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「これで解毒剤の目処も立ったし、そろそろ出立してもいいよな」
「えっでもまだこれ俺に使ってないぞ?」
「…マスターに使うなら、もっとデカイ街でやりてぇ。
万が一があってもここじゃどうしようもねぇもん」
「あーそれは確かに」
こんなやりとりもあり、二人はそろそろこの村を出立することにした。確かにそろそろ潮時だ。里は普段自給自足でまかなっているとはいえ、里の外に全く出ないわけではないのだ。里の誰かに出くわした場合、穏便にすむとはあまり思えない。
「でさぁ、行くなら調べ物がしやすいとこがいいと思うんだよな。
このカークスとかいうヤツが言ってたおとぎ話とやらも調べたいし」
「あぁ、それは俺も思ってた。行商人さんまだいるだろうし、ちょっと話を聞いてみてもいいかもな。きっとあちこちの町を巡っているから、そういう情報も詳しいだろうし。
あと村の人におとぎ話を聞こうと思っててのびのびになっていたな」
「今日ぱぱっとすませちまおうぜ。
で、明日出発ってことで」
「そうしようか」
明日から旅ともなれば、英気を養うことも大事だ。
早めに用事をすませて身体を休める必要がある。
そうと決まれば早速二人は行動を開始した。
まず向かったのは行商人のところだ。
「お? 使い魔のペアじゃねぇか。
なんか入り用かい?」
「よぉ、ギーア。今日は情報を買いに来たぜ」
あの一件以来、アバトはギーアと親しげに会話をしている。見た目的にはギーアの方がうんと年上なので怒らないのだろうかとも思ったが、それも恐らく交渉術の一つなのだろうとユリウスは勝手に解釈していた。
基本的に、交渉事はアバトに一任することにしている。
アバトから見ると、ユリウスはどこかふわふわボケボケしているらしく「絶対騙される」とのこと。実際ユリウスも人の悪意に気付けるようなタイプではない気がする、という自覚があるためこうなった。主人なのに情けない、という気持ちは未だに燻っている。だが、そんな気持ちも「じゃあ、任せる。頼りにしてるよ」と声をかけたときのアバトの表情を見たらふっとんだ。嬉しさと誇らしさが有頂天で、でもそれを表にハッキリ出すのはみっともないと思ったのか、緩みそうな頬や唇を無理矢理押さえつけたような顔。あんな顔が見れるのなら、お任せするのも悪くないと思える。
「情報? 旅にでも出るのかい?」
「そういうこと。
なるべくでっかくて、あとちょっと調べ物もしたいんだよな。そういう町ないか?」
「調べ物、か。なら図書の都じゃねぇか?
ちょいと遠いがまぁ行けないこともないだろ」
そう言うと、ギーアは荷台から地図を持ってきてくれた。
現在ユリウス達がいるのは地図の本当に端のほう。そこから中央に向かえばいいようだ。経由するといい町の情報や必需品も買い取る。
値段のことはよくわからなかったが、アバトの表情を見る限り大丈夫だろう。
「あとな、一つ忠告しておくぜ。これはサービスだ」
「へぇ? ケチなアンタがサービスって珍しいじゃん。
明日の出立に合わせて雨ふらせようってか?」
アバトの軽口にユリウスはちょっとドキドキしてしまう。
折角サービスしてくれるというのに、機嫌を損ねてしまわないだろうか。
だが、ユリウスの心情を余所に、ギーアは楽しそうに笑っている。
「あの里出身なら土砂降りだろうと気にしねぇクチだろ?
それより、だ。
交渉事をこっちのボウズに任せるってんなら、主人のアンタはもっと堂々と構えてたほうがいいぜ?
ボウズはスジがいい。なんなら商売人としてこっちに引き込んでもいいくらいだ。度胸もあるしな。だが、その横であんたが心配性の親みたいな顔してりゃ、海千山千のやつらはそこから切り込んでくるぜ?」
「えっ!? そんな顔に出てた!?」
「めちゃくちゃ出てたな」
「出てる出てる。そもそもが心配性なんだってマスターはさぁ」
二人から指摘されてしまいちょっと凹む。
「使い魔の主人としちゃあ好感が持てるんだろうがな。
何でも馬鹿正直だといずれ痛い目見るかもしんねぇぜ。
まぁその分暴力で解決できそうではあるんだが…」
「マスターそれもしなさそうだよな」
「そう、かな?」
平和に話し合いで解決出来ればそれでよいと思うのだけど。勿論、アバトに危害が及ぶようであればそういった手段にでるのは吝かではない。
「人が良いのも長所だがな。ボウズの交渉術は俺がそこそこ保証してやる。
だから、お前さんはコイツのやること全部ドーンと受け入れてやりゃいいさ。ハッタリも自己防衛手段の一つだぜ?」
「なるほど、参考にしておきますね」
確かに、後ろでオロオロしている人間がいれば、悪い商売人はそっちから切り崩そうとするだろう。ポーカーフェイスやハッタリはきちんと身につけておくべき技術かもしれない。
納得して、ニッコリ笑って礼を言う。
「…まぁ、人が良いってのも長所になりうるんだよなぁ。
相手に良心があればの話になるんだが」
「あーうん。人タラシ的なのはあるよな、マスターって」
「えっどういう?」
よくわからないが、アバトとギーアは通じ合っているようだ。主人として少し嫉妬も感じつつ、なんだかんだアバトが人間という種族ではなく個を見ていることに喜びを感じる。
「打算のない人間ってのは得てして強いってことだ。
割といいコンビだと思うぜアンタら」
「ありがとうございます」
いいコンビという評価は素直に嬉しい。礼をいうと「これだもんなぁ」という風に肩をすくめられた。
一方その頃。ユエル村が見える小高い丘に二人の人間の影があった。
「…はぁー…気が進まねぇ。
帰りてぇなー帰るか」
「待って下さい。帰る前にご飯が食べたいです」
「いやホント、ブレないなお前さん。
いいけど。
あーあー…なんだって俺がこんな貧乏くじ引くかなぁ」
「打ち漏らしたからだと思いますよ」
「容赦ないな…。
もう少し優しさとかないのお前さん」
「ご飯をくれたら考えます」
背に大斧を背負った筋骨たくましい男と、赤い髪の美人がユエル村を見据えている。暢気な会話をしているが、その目は獲物を狩る狩人の目をしていた。
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