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「ちなみになんですけど、モーラはコイツで足りるんですか?」
「遠慮してんのか?
本気出せばコイツくらいはペロリだ。逆にお前さんが多少持ってっても誤差だよ、誤差」
ガハハとガイおじさんが笑う。
その横でモーラはふくれっ面をしているけれど。
ハハハ、とから笑いを漏らしてから、ユリウスは続けた。
「俺とキリの分の食料と…そうですね、牙と骨もいいですか?
あとで加工するんで」
「そういやお前さん手先器用だもんな。
将来はそっち方面か? そこそこ腕もたつから狩人としてほしかったんだが。
チマチマ攻撃して倒すタイプはあんまりいないだろ」
「んー…俺は平穏無事に里で暮らせればなんでもいいです」
これはユリウスの本心だ。
危ない魔物には近づかず、キリとこれから生まれてくる使い魔たちと悪目立ちせず穏やかに暮らしていきたい。
「っかー。覇気がねぇな、おめぇはよ。
もっとこう…男ならあんだろ、でけぇ獲物を仕留めたいとかよぉ」
根っからの脳筋発言にユリウスは苦笑を漏らす。
彼がこういう性格なのは知っているし、口癖のようなものだ。ただ、ユリウスはそっち方面はあまり向いていないだけで。
なので、波風を立てないように笑って流す。実際こうやって口にはするが、ガイおじさんはそういう生き方を強要するようなタイプではない。どちらかと言えば善人だと思う。だからこそ、曖昧なユリウスの返事も気にしていない。
「はは…俺の実力じゃ難しいですよ。
ただ、そうですね…里に今、薬師がいないからそっち方面に進むのもいいかなって思ってます」
里で悪目立ちしないためには、里で求められている役割につけばいい。
幸いなことにユリウスはそこそこ器用だった。目立って突出した能力がない代わりに、大概のことはそつなくこなすことができる。
里の現状を見ると前線に出てバリバリ狩りをするよりも、後方支援の方が良いのではないかと一応は考えているのだ。
「あー確かになぁ。薬師がいないのは不便っちゃ不便だもんな
他所から買ってきてもいいんだが、隣里も遠いし、買い物すりゃ計算もめんどくせぇ…。
薬の作り方とかは残ってたんだったか?」
ぼやくガイおじさんは、ユリウスとは対照的だ。
彼は計算どころか読み書きも不得手。ただし、動くことを苦にせず、雨風をものともしない。その上、筋肉がつきやすい体質だったようで、今では狩れない魔物はいない、と言った感じだ。狩人になるために生まれてきた、と言われても不思議ではない適性があった。
そんな彼をちょっとだけ羨ましく思う。やはり男ならどっしりとした筋肉はちょっと欲しい。残念なことにユリウスはあまり太い筋肉はつかない性質なようなので、特にだ。
ガイの指摘にもあった通り、ユリウスは一撃必殺で急所を貫けなければ、チマチマ攻撃をするしかない。大きな武器で一刀両断するには少々筋力が足りないのだ。
とはいえ、そういう部分を補えるように、様々な工夫を凝らしてこなしている自負はある。それは戦いに限らず、里の仕事でも同じだ。
薬師のメモ解読もその一端である。
「ええ。ただ、薬師の方がかなり悪筆だったもので解読に苦労してます」
「解読レベルかよ…。
そっちは全然手伝えねぇが、材料集めなら任せてくれや。
どんなデカブツでもモーラが運んでくれるしな」
「運びますので、ごはんをください。お腹がすきました」
会話の最中にも魔物を捌く手は止まらない。
一抱えの食用部位と、牙と骨を貰う。これで数日食べ物には困らないだろう。
「お待たせ、モーラ」
「おいおい、そんくらいでいいのか?」
「これ以上貰っても俺とキリだけだと食べきれませんから」
「欲がねぇな、若人」
「欲張りですよ、俺」
こうやってのんびり平穏に過ごすための努力はしているつもりだ。
けれど、努力でどうにもならないのが使い魔の誕生ある。最近ではこういう気持ちで魔力を与えているから使い魔がひねくれてしまうのではないか、なんてヒヤヒヤしていた。
どうか健やかに、そしてできることならば目立たない子が生まれて欲しい。
「お前さんくらいの年齢ならもっと欲張っていいんだぜ?
どでかい魔物を狩るとか、里の外の人間にどでかい魔物を売り付けにいくとかなぁ」
「はは、まず俺は使い魔を孵すところからですよ。
でっかい魔物を狩れても俺じゃ運べないから」
「それもそうか。俺も運搬はモーラがいないとだなぁ」
「誉められていますね?
ということは、これはもう私が食べていいのでは?」
「あーもう、いいよわかったわかった。
ただし、里についてからだ」
えっへんと胸を張るモーラに苦笑しつつ、ガイおじさんと里へと戻る。
「そういやそろそろ託宣の時期だなぁ…どうなることやら」
ポツリとガイおじさんがそう漏らす。
ほんとうに憂鬱ですね、という言葉をユリウスはすんでのところで飲み込んだ。
この里の風習の一つに、年に一度の託宣…お告げがある。
里のお偉方など、極一部だけが集まって行われている。
作物の出来、狩りをすると良い場所。それから、今年生まれるであろう使い魔のことが長老の口から語られる。
この託宣で、万が一使い魔が役に立たないとでも言われれば、この里で生きていくことは難しくなってしまう。実際、幼い頃に一度だけそんな光景を目にしたことがある。
確か「狩りの役に立たぬもの」だとか言われて、この里を後にした人物がいた。そして実際その人の使い魔は、爪も牙も持たない、最弱の魔物とされるスライムだった。
愛情を持って魔力を注いでいた卵から、スライムがでてきた彼は何を感じたのだろうか。ユリウスには想像することしかできないけれど、きっと悲しいとかやるせないとかそんな感情に違いない。結局彼は里を出て行った。せめて彼とスライムが幸せであれと思わずにはいられない。
そしてそれ以上に、自分もああはなりたくないと思ってしまうのだ。
最近は時間と魔力の許す限り、自分の卵に魔力を注いでいるけれど、不安はぬぐえない。
ユリウスの浮かない表情を察したおじさんが慰めのような言葉をかけてくれる。ちなみに、彼も託宣の場に行く里の有力者の一人だ。自分の狩りの腕でそこまで登りつめたのだ。
「まぁおまえは器用だし、ちょっと使い魔がアレでも大丈夫だろ。
最近は里の雰囲気もよくなってきてるしな。
昔はもっと…なぁ」
おじさんはハッキリとは言わない。だが、そのせいで、胸の中のモヤモヤは広がるばかりだ。けれど、それを彼に告げてもどうしようもない。
「そう、なんですかね?
とりあえず無事にすめばいいと思ってますよ」
里の老人たちにとって託宣は大事なことなのだろうけど、ユリウスにとっては不吉の象徴のように思えてしまうのだった。
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