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「アバトが人嫌いっていうのは、意外とアリなのかもしれないなって今日の交渉の時に思ったよ」
「んだよ、急に」
「アバトがすごいって話だよ」
納屋の中、二人で干し草ベッドに寝転がりながら話す。成人男性が二人で寝転ぶにはちょっと狭い。が、アバトが蛇型の方がもっと狭くなるためこれがベストだ。
天気がよければ星空を眺めながら外でごろ寝もアリだったかもしれないが、今日は夕飯をいただいてる最中にシトシトと雨が降ってきてしまった。ちなみに今日はシカ肉のステーキだった。毎度夕飯を用意してくれるサラの旦那には感謝しかない。
正直ユリウスはあまり雨に濡れることを気にするタイプではないのだが、風邪をひくとアバトに叱られた。
「変な話しはじめねーでマスターもちゃんと相場覚えろって」
「わかってるけどさぁ。
でもやっぱりうちのアバトは凄いなーって思っただけだよ。
人間嫌いも長所なんだなぁって」
「別に…そんなん長所でもなんでも…」
「んー長所っていうと受け取りづらいかな?
でも、俺考えもしなかったからさ。
タダのモノがお金に化けるだけで有り難いなーって思ってたから、まさか凄く値切られてると思ってなかったんだよ」
人間はお金にとても執着する、という話は知識として知っている。
普通は生きていくためにはお金が必要なのだそうだ。けれど、今まで狩りをして生きてきたユリウスにそれはピンとこない。だから、お金を多く持っているために騙す人間が目の前にいたことに驚きを隠せなかった。
「…能天気すぎじゃね?」
「だなぁ。ちょっと反省してる」
これから知らない人がいっぱいの世界に飛び込むのだ。最初から騙そうとする人間だってきっといる。わかっているつもりで全然わかっていなかった。
自分が騙されたら、道連れでアバトも辛い目にあうかもしれないのに。
「んな落ち込むことねぇじゃん?
…正直、マスター人のこと疑うとか、嫌うとか苦手そうだもんな」
それは図星だった。
アバトの殻を割った張本人であるガイおじさんだって未だに嫌えていない。嫌うことが正しいとはあまり思えないのだ。
「いーじゃん、別にそれで」
「そう、かな?」
「俺はあんまり人間好きになれない。マスターは基本的に人間が好き。バランスとれてんじゃん。
俺が疑っとけば騙されそうになってもなんとかなるだろうし、逆にマスターが愛想振り撒いてれば無駄に嫌われることもないしさ」
「適材適所、的な?」
「そーゆーこと。
ってか、もっと頼ってほしい、と思う。俺は」
「頼る、かぁ…」
補いあってこそのマスターと使い魔。
里にいた頃から耳にタコができるほどに聞いた言葉だ。その言葉を、ユリウスはやっと飲み込めるような気がした。
みるみるうちに成長していくアバトを見て、実は少し比べていた。
戦闘力はもう自分を追い越してしまったし、今回みたく対人であってもうまくこなす技術を持っているアバト。翻ってみて、自分は何も成長していない。それどころか、いくつもの欠点が浮き彫りになっている。
きっと今後もそういうことは増えるだろう。
「…ごめんな、アバト」
「なんだよ、急に」
「いや、俺アバトに嫉妬してるし…多分今後もしちゃうんだろうなって思って。
情けない主人で申し訳ない…」
本当ならもっとデーンと構えて、アバトの成長を一緒に喜びたい。いや、成長は本当に嬉しい。強くて可愛い自分の使い魔だ。嬉しくないはずがない。
けれど、どうしても比べてしまう。
どんどん一人前に成長していくアバトと、主人としての成長が見られないユリウス。
考えるごとに情けなくて、気持ちがどんどん沈んでしまう。
「俺は、マスターすげぇと思うけどな。
なんでそんなできないことばっか数えてんの?」
「え?」
言われて、思わずアバトの方を振りかえる。といっても、ほんのりと月明かりが照らす薄暗い納屋の中では、アバトの輪郭がおぼろげに見える程度だ。
でも、わかる。
アバトはこっちをまっすぐ見据えている。
「アンタはよく俺のこと良い子とか可愛いとか自慢の使い魔だとか、恥ずかしげもなく言うじゃん。俺も、自慢の主人だって思ってる。…アンタほど素直に言葉にしねぇけどさ。恥ずかしいじゃん。
なのに、その本人がいいとこ見ないでできないこと丁寧に数えまくって凹んでんのなんでだよ」
「いやでも実際主人として不甲斐ないというか…」
「別に何でも一人でできなくてよくね?
ってか、なんでも一人でできるなら俺いらねーじゃん。
マスターは俺にできない解体だってできるし、手先器用だからなんだかんだ手作りできるじゃん。明日は血清だか解毒薬とかできるか試してみようなーとか言ってたからそういう知識だってあるじゃん」
でも、それは、やるのが当然で。
そんな言葉が頭にぐるぐると回る。
「俺のことすごいって言うなら、その主人である自分の出来ることもちゃんと見ろよ。
ちゃんと俺の出来ることは褒めて、嫉妬してることも無視しないで認められる俺の主人のこと貶すなよ!」
アバトの言葉に頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
彼はどんな顔をしてこの言葉を言っていたのだろう。
けれど、ほんの少し震えた声や、荒くなった息づかいから、懸命に伝えようと頑張ってくれたのはわかる。
本当に、自分にはもったいないくらい良い使い魔だ。
「アバトはほんとすごいなぁ…」
思わず手がのびた。
わしわしとサラサラの髪を撫でる。彼は、嫌がる素振りなどは見せず、おとなしくされるがままになってた。
「確かにできないことばっか数えてても意味ないよなぁ。
出来ないならアバトに頼ればいいもんな。
二人ともできなかったら…その時考えればいいし」
「…うん」
「ありがとう、アバト」
「うん、もっとたくさん感謝してもいいんだからな」
「そりゃあもう。アバトが生きててくれたあのときからずっと感謝してるさ」
「そーかよ」
アバトの目は夜でもよく見えるのだろうか。
少し泣きそうな主人の顔は見えてるかもしれない。
鼻の奥がツンとする。頑張って耐えているところに、アバトの追い討ちがかかった。
「…俺も、さ。感謝とか、そういうの言葉にするの…むずがゆくて苦手だけど、さ。
頑張って言うから…もっと自信もってくれよな」
こんな台詞がユリウスの耳に入って、あえなく涙腺は決壊してしまった。
どうにかこうにか、うん、とだけ伝える。情けない主人はそれでもいいよと言ってくれる使い魔に頭を撫でられ、その日は眠ってしまった。
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