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「別に…俺が人間嫌いだからって、さ。
マスターに『一緒に人間嫌え』とは思わねぇよ、俺は。
だから、マスターもおんなじように『人間好きになれ』って言わないでくれて、正直…ホッとしてる」
「うん」
アバトは暫く考え込んで、言葉を探していた。
実際、難しい問題だ。
「たぶんマスターの言うとおり、個を見ればきっと話が合うやつなんかもいる、んだと思う。
でもさ、やっぱりそういう気持ちよりも先に、人間が嫌いだってなっちゃうんだよな。
…それでも、本当にいいのか?」
人間が嫌いなまんまで、と消え入りそうな声が続く。
もしかしたら、アバトはずっと悩んでいたのかもしれない。罪悪感に近い感情や後ろめたさがあり、言い出せなかったのだろう。
ただ、ユリウスはといえば、アバトからの素直な言葉が聞けたことを喜んでいた。腹を割って話すだけがコミュニケーションではないけれど、やはり考えは共有しておきたい。
もちろん、アバトはユリウスに気を遣って言葉は選んでいるのだろうけど。
それでも、ちょっと前進したはずだ。その喜びを伝えたくて、できる限り優しい声で話しかける。
「あんなことされたんだから、人間が嫌いって感情があるのは理解できる。
それに、人間って種族じゃなく個を見てほしいっていうのも俺の希望であって、叶える必要はないんだよ。無理はしなくていい。
あぁ、でもそうだな。
腹の中で何を思っていてもいいから、一応表面だけでも友好的にしてほしい、かな。
アバトもさっき言ってたけど、いきなり喧嘩腰じゃ旅をするにも定住するにも不自由になる」
「だよな…。
がんばる」
正直に言うと、アバトがここまで人間嫌いだとは予想できていなかった。
きちんと理解してやれていなかった主人としての不甲斐なさにちょっとしょんぼりしつつ、気持ちを切り替える。
本日の目的はまだ果たせていないのだ。
「無理はあんまりしないように、かな?
あと、嫌なことはその都度教えて貰えると俺も楽かも。勿論忘れたり失敗もあるだろうけど」
「ん…。
てか、マスターも言えよな」
「勿論。意思疎通はきちんとしないとダメだもんな。
で、早速だけど、アバトは戦闘中俺の姿が見えてないと不安か?」
アバトの感情の問題。これは解決は出来ていなくとも、問題意識の共有はできた。アバトが人間嫌いというなら、できる限り他者と関わらず生きていくという選択肢をとれる。勿論、生きていく以上全く交流がないのは難しいけれど、表面上だけ友好的にということは可能なはずだ。
翻って、戦闘面。
こちらも先程戦ってみて大分難があるというのがわかった。
特に、今問いかけた部分は真っ先に確認しておくべきだった。
実際、里にかなりの人見知りな使い魔がいた。戦闘力は申し分ないものの、心配性なのかそれともマスターが好きすぎるのか、マスターの姿が見えないと十分な実力が発揮できないのだ。
アバトはそこまでユリウスべったりという雰囲気がなかったため、ちょっと油断していた。
もしそうであれば戦い方もまた変わってくる。そう思っての質問だ。
「…不安…っていうか…。
アンタ、俺が戦えないときかなり無茶したじゃん。
それが頭から離れないっつーか…」
「あぁ、里から出てくるときのか」
確かに、あのときはそこそこ無茶をした覚えはある。
回避できる戦闘は全て回避し、アバトと一緒に生きて隣村に辿り着くことだけを優先した。隣村までの距離はわかっていたからこそ、睡眠時間や食事を削ったのだが、幼いアバトの目にはかなり深刻に映っていたのかもしれない。
実際、今もう一度同じことをしろ、と言われたら全力で断るレベルだ。
「俺強くなったじゃん?」
「うん、それはもう本当に強くなった。
経験を積めばもっと強くなれると思う」
これは本心だ。きっとアバトはすごい使い魔になる。ひいき目がないとは言わないが、性能は里のどの使い魔にもひけをとらないはずだ。
本心からそう思っているのが伝わったのか、フフンとアバトは鼻を鳴らしてご機嫌そうな様子を見せた。
「だろ?
けど…だからこそ、なのかな?
折角強くなったのに、傍にいなきゃ守れねぇじゃん…って思うのはある。
ある、けど…」
「けど?」
「戦ってみて思ったけど、巻き込みそうで全然全力出せなかった。
気になってしゃーねぇしさ。
なんならワニと戦ったときのが全力出してたかもしんねぇ」
やはり、戦いにくさはアバトも感じていたようだ。
折角強くなったのに、全力で戦えないのはだいぶ勿体ないことだ。
「うーん。なるほど」
ユリウスはユリウスで過保護だが、アバトも似たような感じで過保護なようだ。折角強くなったのに、うまく生かせずに主人を守り切れないことを懸念しているらしい。
そこまで弱くない、はずなのだが。
「じゃあ…そうだな。
アバト。この辺りで、さっきのシカ以外にもなんか魔物はいる?」
「あっちに一匹、シカとは別の臭いはする。
遠くはない、けど…」
ジトリとした目つきでアバトがこちらを見てくる。
どうやらユリウスの意図を察したらしい。やはり賢い子だ。
「まさかとは思うけど、一人で戦うから見てろ、とか言うワケ?」
「もちろん、そのまさかだよ。
本当にアバトは賢いなー。自慢の使い魔だよ」
「褒め殺しして円滑に物事を進めようとすんな!
ヤだからな!」
「なんで?
俺そんなに頼りなく見えるか?」
じぃ、とアバトの目を見つめる。全部を見ることはできないから、代表して真ん中の首のヤツだけだけど。
真剣なユリウスの様子に、アバトもうっとたじろいだ。
「んなことねぇ、けど…。
万が一、とかあるし」
「俺はアバトの一人でのおつかいも許したんだけどなぁ」
「うっ…。
で、でも、俺接近戦主体だから、万が一の時の助太刀とかできねぇし…」
「初撃で殺されそうな強そうな気配だったらそもそも挑まないから大丈夫だよ。
っていうか、そういう気配だったらきっとアバトもわかるから真っ先に止めてくれるだろ?」
「…言い方ずりぃ。
いいよって以外言えなくなるじゃん」
「そりゃあ最高の相方に、マスターはそこそこ戦えるって証明して見せないとだからなぁ」
「ほんっとずりぃ!
マジ卑怯だ!
マスターのばーかばーか!」
ぷんすこ怒り始めたアバトだが、どうやらその単独行動している魔物の元へと案内してくれるようだ。
背中を向けて「こねぇのかよ!」と怒っている。大変可愛い。
「かっこいいトコ見せないとな」
ユリウスは小さく呟いて、グッと拳を握った。
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