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「…これ言ったらマスター怒るかもしんない」
「? んー…なんだろう」
安易に怒らないとは言いたくない。だから、アバトの言葉を待つ。
周囲は風にそよぐ木々の音しか聞こえていないから、多分安全なはずだ。今アバトは言葉を選ぶのに一生懸命で、周囲への警戒が不十分かもしれない。同じ失敗はしないように気を配りながら、真剣にアバトの話を聞いた。
「怒るってか…俺にゲンメツするってか…。
だから、言いたくないことが、あって」
「幻滅、かぁ…」
正直ユリウスは親バカ…とは少し違うが、それと似た傾向があると自負している。アバトはどんな姿でも可愛いし、成長してますます可愛い部分が増えた。確かに戦闘面では置いていかれて悔しいという気持ちもなくはないが、それすらも「どうです? うちの子すごいでしょう?」と自慢して回りたい気持ちでいっぱいだ。もし危険がなければ里の連中に高笑いとセットで自慢したいくらいである。
災厄とか言われたうちの子、こんなに可愛いいい子ですが?
と声を大にして言って回りたい。言う前に命を狙われそうだからしないけど。
ともかく、そんな調子なので幻滅すると言われてもイマイチぴんとこない。
「なんだろう。
実はあんまり人間と関わりたくないとか?」
当てずっぽうで聞いてみたが、ギクリとアバトの動きが止まった。
どうやら図星だったようだ。
「…関わりたくねぇ…ってか」
「うん」
相槌を打って続きを聞く姿勢を見せる。
正直な話、そうなんじゃないか、という気はしていた。
「正直、人間は嫌いだ。
だから、人間のためになんかやってやる、とかも、やだ」
「そっか」
「でも、でもさ。
マスターだって人間だろ。それに人間は群れる生き物で、助け合わないと生きていけないじゃん。
旅を続けるにしろ、どっかに定住するにしろ、人間に媚び売らなきゃダメだってのはわかってんだよ」
「媚びって…いや、感覚はわかるけど」
アバトの言いようにちょっと苦笑が漏れ出てしまった。
そんなユリウスの表情に、怒られなさそうだと安堵したのか、アバトの張り詰めた空気が緩んだ。
「だって、そうじゃん。
俺が愛想よく良い子にしてたら人間だって警戒しなくなるだろ。
逆に、俺が気持ちのまんま動いてたら人間は良い気分にならねぇ。そんでもって、マスターに危害加える生き物じゃん」
「確かになぁ。
そこまで考えててくれたのは素直に嬉しいよ」
「…怒んねぇの?」
「なんで?
アバトはちゃんと自分の頭で考えられる良い子じゃないか」
やはりうちの子は賢くて可愛い、と一人頷く。
ちょっとまだ感情表現が苦手だとか言う部分はある。けれど、それは裏返してみればまだまだ成長出来る余地があるということだ。
アバトの成長に見合うだけ自分がどうにかなれるかはわからない、という点は少々気がかりだけど。
「頭で分かってても、行動できなかったけどな…」
「…?
あぁ、なるほど。アバトより村の人の安全を優先したから怒ってたのか」
「怒ってねぇよ!
…ちょっと、ヤだっただけだし」
「ふむ…。
やっぱりまだ俺とアバトはコミュニケーション不足というか、会話が足りてないなぁ」
「そうかぁ?
…いや、そうかも」
「うん。例えば俺はアバトが得意な攻撃方法とか、戦闘スタイルがよくわかっていない。
アバトも小さい頃に俺の戦い方を見ていたかもしれないけど、それじゃあ自分の戦い方とどう組み合わせればいいか、とかはあんまりわかってないんじゃないかな?
あと、アバトが人間嫌いってわかってたら最初に今回の巣の駆除のメリットも伝えられたんじゃないかな?
確かに村の人達のためでもあるけれど、俺らの初めての共闘実戦の場でもあるんだって。そういう理由もあるって知ってたら、少なくともさっきの戦いはもう少しスムーズにいったんじゃないかな?」
「ん…。そっち先に聞いてたら、張り切った、かも」
こういう時に、意地を張らずに認められるのは長所だと思う。ちょっと素直じゃないところが可愛いし。
「とりあえず…巣に向かいながら、もう少し戦術の確認をしようか」
「わかった…。その前にこいつ食っていい?」
「いいよ。お腹いっぱいで動けなくならないようにだけ注意な」
「わぁーってるって」
落ち着いて意見の擦り合わせが出来たせいか、少しアバトにも余裕が出てきたようだ。単に食欲に負けただけかもしれないけれど、ちゃんと食べられるのは良いことだと思う。
蛇型アバトのお食事シーンは多方面に見せられないモザイク案件だけど。
グッチャグッチャと生々しい音を響かせて、アバトは美味しそうにシカを貪る。
「あ、食べながらでいいから、ちょっと聞いてくれ」
ふりふり、と尻尾を振ってアバトは了解の意を伝えてくれる。
可愛い。
「えーとな、人間が嫌いって話だけど…そこは個人の好き嫌いだから仕方ないことだと思う。俺が怒ろうが気持ちは変わるもんじゃないしさ。
あ、怒るつもりはないぞ?」
怒る、という単語でアバトが一瞬動きを止めたため、ユリウスは慌てて言葉を付け加えた。ユリウスは怒るつもりも咎めるつもりも一切ないのだ。
そもそも、人間の身勝手で未成熟なまま産まれてきた被害者であるアバトに「人間を嫌うな」なんてとてもじゃないが言えることではない。
「嫌いなまんまで構わないよ。
でも、それはそれとして、もうちょっと個を見て欲しいんだ。
人間って嫌いなくくりの中にも、ちょっと近づくと良い奴もいたりする。…もちろん逆にすっげー悪いやつもいるけどさ。
里にしたってそうだ。
俺も里は…正直イヤだな。故郷ではあるけれど、戻りたいとはもう思えない。
でも、里の人達が全員嫌いかっていうと、そうじゃないんだ。
アバトには申し訳ないけど、アバトの卵を直接割った人…ガイおじさんっていうんだけどさ。その人の事だって俺はちょっと…嫌うことはできない」
慎重に言葉を選んで語りかける。
自分でも、まだ感情の整理がついていないところだ。
アバトに語りかけながら、自分の気持ちを言葉にして確認する、そんな感じ。
「…里の都合で平穏な暮らしがなくなったのは事実だよ。
でも、ガイおじさんとか、他の大人に色々なことを教えて貰ったお陰で俺は小さなアバトを守ってここまでこれた。
好きと嫌いでばっさり分けられるわけじゃないんだよな…」
「…感情ってめんどくせ」
「うん、俺もそう思う」
割り切ってしまえたらどんなに楽だろうか。
里は悪で、嫌いなもので、自分たちの敵だ、と。
でも、アバトに申し訳ないと思っても、里の人達が全て悪だとはどうしてもユリウスは思えなかった。
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