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「うっわ…」
「あ、わりぃ!」
なまじアバトが強くなったことにより、二人の連携はボロボロだった。
アバトがのびのびと戦うには、アバトとユリウスがもう少し距離をとらなければならない。しかし、アバトはアバトでユリウスの傍を離れるのが心配なのか、いつの間にかススッと近くに来たがる。
そのせいで思い切り暴れたときにユリウスが巻き込まれそうになるのだ。
どうしたものかと思案していると、アバトが何か思い出したらしく声をかけてきた。
「あ、言い忘れてたんだけど!」
「なんだ?」
どうにかアバトの動きを阻害しないように立ち回りながら返事をする。もはやユリウスが攻撃するのは諦めた方が良いかもしれない。
「こいつ! 巣のやつと同じ臭いがする!」
「!?
仲間を呼ぶかもしれないってことか…!?」
この、全く連携がとれていない状況で追加の魔物が現れるのは相当厄介だ。いっそのことユリウスが警戒にあたるか、とまで考える。
「いや、周囲に臭いはしねぇ!
さっきは不意打ちくらったけど、今回はマジ!」
五つの首で連続攻撃をしかけながら、アバトが器用に話す。その言葉にホッとしていると、首を動かす反動なのかアバトの尻尾がベシンと大きく地面を叩いた。
どうやらアバトの癖のようだ。結構特徴ある音がするのでパターンを覚えられるのは厄介かもしれない。
(むしろこの尻尾振り回した方が強そうな気もする…。
あ、でも食いちぎった方が栄養になるのか。うーん、悩ましいな)
さっさと戦闘をアバトに任せ、自分に出来ることを模索する。
このままじゃ折角あがった戦闘力がもったいなさ過ぎるからだ。
アバトの戦いぶりをじっくりと観察する。勿論、たまに飛んでくるアバトからの巻き添え攻撃を避けることも忘れない。
痛い思いをするのはイヤだし、何よりアバトは優しい子だからきっと巻き込んでしまえば気にするだろうから。
まぁそうなる前に危ないことに気付いて欲しい気もするが、こればかりは実戦不足だ。今後少しずつ改善していけばいい。
「くっそ…」
「戦いにくいんじゃないか?
少し離れるから全力出して構わないぞ」
「…」
少し遠慮気味に戦っているアバトを見て、提案をしてみる。
それは彼も少し考えていた方法だったのか、一瞬動きが止まった。
だが、戦闘中に無駄に動きを止めるなんて自殺行為でしかない。長考している暇などないのだ。それをわかっているからこそ、アバトはすぐに返事をしてきた。
「すぐ仕留める。
だから、あんまり離れんなよ!」
「ふふ、一応俺だってそこそこ戦えるんだけどな。
了解した。頑張って倒してくれ」
やはり先程の間は、ユリウスの心配をしているからこそのものだったようだ。
現状、ユリウスはアバトに戦闘力では劣る、のだろう。けれど、自分の身を守れる程度の自負はあるわけで。
(お互い出来ること出来ないことの確認はやっぱり重要だな)
アバトから視認できる程度に離れ、戦いの行方を見守る。
正直に言えば、ユリウスは自分が戦うことにそれほど執着していない。アバトが気持ちよく戦えるならその方が絶対にいいはずだ。
そんなことを考えている間に、アバトが仕掛ける。
中央の頭が何かを貯めているような素振りを見せた。それを庇うように他の頭が器用に応戦する。
パチパチと微かな音が聞こえて、ユリウスにもアバトのしたいことがわかった。
(雷…そんなのも扱えるのか、アバトは)
ちょっと見ていない間に、アバトは本当に強くなったようだ。
その成長が誇らしい反面、自分の不甲斐なさが際だってしまうような気がしてくる。そんな考えを追い出すように一度頭を振って、アバトの動きを見つめた。
雷光を爆ぜさせながら、アバトの中央の頭がシカ型魔物に攻撃をしかける。が、それは読まれていたのか、相手をかすめるだけで終わった。
(…足止めであれば俺でも手伝えるか?
いや、もしかして雷なら掠めるだけでも効果があるんじゃ…)
ユリウスの予想通り、シカ型魔物の動きが鈍る。やはり痺れたようだ。
そして、その隙を狙わないお人好しはここにはいない。
「てこずらせやがって!」
気持ちよく戦えなかった分の鬱憤を晴らすかのように、アバトがトドメをさした。
痺れているシカ型魔物は、断末魔をあげることもできずに息絶えた。
「お疲れさま。すごいな、そんなことも出来るようになったのか」
「お、おう」
「どうした?」
歯切れの悪い様子に、不安になる。体調が悪いとか、他にも魔物の気配があるとか。
ともかく、体調が悪くなったとか怪我であれば一大事だ、とアバトに触れて確かめようとしたところで、バツの悪そうな声が聞こえてきた。
「…ごめん」
「ん? なにがだ?」
正直に言えば、思い当たることは多い。
普段であればきっとアバトは不意打ちを受けることもなく、魔物の接近に気付いていただろう。それに、連携ミスは仕方がないとしても、ユリウスを巻き込むような攻撃は本来であれば避けた方がいい。
他にも細かなことはいくつもあるが、まずはアバトの話を聞かなければ。そう思って耳を傾ける。
「なんか…全部?」
「全部じゃわからないな…。
許すともなんとも言えない」
アバトも反省している。それはとても良いことだと思う。
けれど、その中身まで共有しないと、今後また同じ失敗を繰り返してしまうだろう。それはユリウスも同じことだ。
(マスターなんだから、手本にならないと…)
「俺もごめんな?
多分アバトの気をそらすようなことをしてしまったせいで、アバトは魔物の接近に気付けなかった」
「それは、俺のミス、じゃん」
「魔物の接近に気付くのはアバトの方が得意だから任せたい。
でも、使い魔がいつでも最高のコンディションでいられるようにするのは主人の仕事だからさ。
まずもっといろんなことを話し合うべきだったな、と思ったんだ。
俺が一人で物事を決めて、寂しい思いをさせちゃったのが大本なんだろう?」
確信はないけれど、多分そういうことなんだろうと思う。
思いきって尋ねて見れば、アバトはウッと言葉に詰まった。
「別に、寂しいってわけじゃ…」
もし、今アバトが人型であれば唇を尖らせているのだろうか。その様子を想像するとほほえましい。ふと目線を下に落とすと、いじけたように尻尾が地面をいじり回していた。なるほど、蛇型アバトの感情は尻尾に出やすいようだ。
「感情を言葉にして伝えるのは難しいし、恥ずかしいとかもあるかもしれない。
けど、そういった連携ミスでアバトが怪我したりするのは俺はイヤだな。
折角意思疏通がしやすくなったんだから、ちゃんといろんなことを話し合いたいって思ってるよ。
もちろんアバトの希望を全部聞くのは難しいだろうけど…」
「全部思い通りになるなんて思ってねーし…。
でも、なんか、さぁ…」
アバトの声がゴニョゴニョと小さくなり、歯切れも悪くなる。
ユリウスはその言葉の続きを辛抱強く待った。
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