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「何むくれてるんだよ」
「べーっつにー」
「むくれてるだろー? まったくもう」
森林浴にちょうど良さそうな森の中、ユリウスとアバトは連れだって歩いていた。人里からはかなり離れたので、アバトは現在蛇型で歩いている。
大きな蛇が雛のように後ろをついてくる様は、ユリウスとしてはとても可愛い、と思っている。端から見れば大変恐ろしい光景なのだろうけれど。
だが、今はそれどころではない。
何故かアバトがむくれているからだ。
(うーん、やっぱり頼りない主人はイヤ…とかそういう?)
むくれている原因がそれくらいしか思い当たらない。
というか、それが根本な気がしてならない。
卵を守れもしないし、殻が割られてもビィビィ泣いて暫くそのままだった主はやはりイヤだろうか。イヤだろうな…。
考えれば考えるほど、気持ちが沈み込んでいく。
「…ごめんな、頼りない主人で」
「はぁ!? いきなりなんだよ」
「いや…なんか申し訳なくて…」
「なんでだよ!
なんでそういう思考回路になんだよアンタは!」
「いや、でも、うん…」
ツルッと口が滑ってしまったが、これ以上はだめだ。もっとしっかりした主人だったなら、アバトだってこんな苦労しなくてもよかったかもしれないのに、なんて。
もしもの話をしたって何も変わらないのは当然のことなのに。
「あーもう!!
俺がちょっと不満だったのは!
折角新天地に行くみたいな話してたのに、まーだこんなところにいるからだよ!」
こんなところ、というのはユエル村からちょっと離れたこの森のことだ。
確かに昨日そんな話をした。新天地に行って、色んな世界を二人で見て知識を得たいと思ったのだ。
「あ…だから拗ねてたのか?」
「拗ねてねーし!
拗ねてねーけど!
でも…でもさぁ、ちょっとワクワクしたんだって」
「そっか。ごめんな?
でも、魔物が巣を作ってるなら駆除しておかないと、村の人達が困ると思ったんだよ」
ユエル村の人達は基本的に戦力がない。
はぐれの魔物が数匹ならともかく、巣を作っているならいずれ人里を襲いかねない。世話になった面々のことを思うと退治しないという選択肢はなかった。
「…べっつにいいけどよぉ」
「あと成長したアバトとの共闘についても、色々試してみないとな、と思ってたんだ」
「別にとってつけたように言わなくてもいーって」
アバトは完全に拗ねてしまったようだ。
こちらに構って貰いたいが故と考えればやはり可愛いとは思うものの、このままだと連携がままならない。
一人で戦うのと協力して戦うのがまるで違うということは、里でイヤという程教わった。
二人の息が合わなければ、一緒に戦う意味がないのだ。
使い魔が産まれてから一番苦労するのはここだと皆が口を揃えていっていた。
ガイおじさんたちのような例外を除けば、マスターよりも使い魔の方が強い。マスターは使い魔の良さを殺さず、うまくサポートしてやる戦い方を学ばなければならないのだ。
その点、ここの魔物は都合がよかった。
一対一であれば、自分もアバトも多少の長期戦はあれど倒せるはず。
なのだが…。
「アバトー…」
「んだよ」
「まだ怒ってるか?」
「怒ってねぇ!」
怒ってるじゃん、とは指摘しづらい。
どうしたものかと途方に暮れてしまう。やはり、自分は駄目な主人なようだ。
一方アバトはアバトで途方に暮れていた。
別に、主人であるユリウスが決めたことに文句を言うつもりはない。ないはずだった。けれど、やはり新天地の話をされればワクワクするのは当然ではないだろうか。
アバトはどうしても知識が乏しい。
産まれてきて数日なので、なんとなく知っているこの世界の常識以外はよくわからない。
それと、ユリウスにはあまり言いたくはないが、アバトはあまり人間が好きになれない。そりゃあこの世界のあちこちに住んでいる人間という種族を嫌うのはバカバカしいし、嫌ったところで皆殺ししたいとは思っていない。
けれど、どうしても、なんで人間なんかのために頑張らなきゃいけないんだ、という気持ちはある。
(そりゃわかってるさ。
一緒に戦うなら得意なやり方とか、呼吸合わせたりとかちゃんとしなきゃあぶねーって。
でも最初に「あの村の人達が~」なんて言われたらヤじゃん!)
もう少し長く生きていたら、このモヤモヤする感情にも折り合いをつけられたのかもしれない。けれど、まだまだアバトは子供だ。図体は大きくなったし、戦力としては申し分ない。羽も生えて、移動手段としても優秀な使い魔だ。そういう自負はある。
ただ、そういった実力と比例して精神の方は育ちきっていなかった。
ペシンと尻尾を地面に叩きつける。その音に一瞬ユリウスが驚いて、更に舌打ちをしたい気持ちになった。
(なんで俺らがモメなきゃなんねーわけ?
あーくそ、腹立つ)
そんなイライラは、注意散漫に繋がる。
いつも通りのアバトであれば、こんなミスはしなかった。気付いたときには既にかなり魔物に接近されていた。
「なぁ、アバト…」
「マスター! あぶねぇ!」
ちょうど、ユリウスが何か声をかけようとしたのを阻止する形になってしまうが仕方が無い。突進してくる大型の獣の攻撃を、ユリウスを突き飛ばすという形で回避する。
「っっつ…」
「あ、わ、わりぃ…」
「いい、から、気をつけろ!」
敵の攻撃を当てさせてはいけないという事に夢中で、突き飛ばしたときのダメージを考えていなかった。痛そうなユリウスの悲鳴に動揺してしまう。
オロオロとしている間に、魔物からの二撃目がやってきた。
魔物、大きな角を持ったシカ型のそれは、初撃を躱されたことでかなり苛立っているようだった。しかし、ユリウスとアバトの実力をしっかり見定めているようでもある。
その証拠に、二撃目もユリウスに狙いを定めていた。
「っ…のやろぉ!」
易々と接近を許してしまったこと。それに加えて、主に自分が負傷をさせてしまった事実。それらが重なり、アバトもまた冷静ではなかった。
本来であれば、使い魔は主人の指示を聞きながら戦うものだ。
けれど、そんな指示も何もあったものではない。
ただ、ふがいない自分を誤魔化す八つ当たりのように、アバトは首をもたげて咆哮した。
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