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「川ってやつだよな、これ」
森の奥深くにその川はあった。ごうごうと流れると言うほどではないが、比較的大きなものだと思う。少なくとも向こう側へ渡るには橋があった方が楽なのは確かだ。水が少し泡立っていて、深さがどれだけあるかわからない。万一底に身体がつかなかったらちょっと危ない。
水が怖いわけではないけれど、万が一あそこに引きずり込まれたらヤバイ、とそれだけはわかった。少なくとも、アバトは水の中で呼吸が出来るタイプではない。
「臭いはあの辺りで途切れてんだよな…」
普通の動物ではない、魔力を帯びた臭いが水辺で途切れている。
それ以上は水の臭いが濃くて上手く判別できなかった。
「…ここまで来て収穫なしはちょっとヤなんだけど。
出てこいよ、畜生」
刻限は迫っている。
そろそろ帰路につかなければ心配性な主人の胃が弾けてしまうかもしれない。それは絶対に避けたいが、収穫なしでトボトボ帰るのも格好がつかない。
気持ちが焦り、臭いが途切れた水場の方へ近づいていく。
それが良かったのか、悪かったのか。
「ガアアアアア!」
「っぶねぇ!」
水中から突如何かが現れ、必殺の一撃をお見舞いしようとしてきた。それを、すんでのところで躱せたのは、本当に偶然のようなものだ。
水に濡れた小石がアバトの歩みを少しだけ遅らせたから、命拾いした。
「やる気満々ってことだな?
いいぜ!」
不意を突かれたものの、初撃は躱せた。
あとは反撃に転じるだけだ。
相手は苔色の大きなワニの様な魔物だった。ただし、背中の凹凸に紛れて複数の目があるようだ。普段は水中に隠れていて、水辺にきたものを奇襲しては餌にしていたのだろう。
つまり、不意打ちに特化型だ。
アバトの鼻は既にこいつの臭いを正確に掴んでおり、周囲に同種がいないことも確認している。
タイムリミットギリギリで、なんとか獲物を見つけられた、というわけだ。
「おっと、逃げるのはナシだぜ?」
不利を察知したらしい相手が、水中へ戻ろうとする。が、それを許してやるほど甘いアバトではない。それに、今コイツを逃がしてしまえばユリウスに見せる獲物がなくなってしまう。それでは折角無理を言って単独行動させてもらった甲斐がない。キッチリ獲物を持ち帰って、自分一人でも立派に狩りをこなせることを証明しなければ。
「おらっ!」
五つある首を、まるで人間の手のように動かしてワニ型魔物を捕らえ、森の方へと投げ飛ばす。成長したお陰でこんな荒技も出来るようになった。
投げ飛ばされたワニは、背中から地面に着地したようだ。そのせいで、不幸なことに、そしてアバトにとっては幸いなことに、目に土がついてしまったらしい。苦しそうなうめき声をあげて、なんとか視界をとりもどそうとのたうっている。
「おー…マスター直伝目潰し攻撃、みたいな?
偶然だけど」
そして、そののたうっている無防備なところを狙わない手はない。
ユリウスのように正確に弱点を見抜くような特技はないけれど、生き物はだいたい真っ二つにすれば死ぬのだ。
「時間もねぇしな!
喉笛食いちぎってやれば死ぬだろ!」
五つある頭のそれぞれの口を大きく開き、喉笛に噛みついて食いちぎる。一つ一つの攻撃は小さなものかもしれないが、ワニにしてみれば絶え間ない連続攻撃を受けているようなものだ。食いちぎり攻撃なら相手の魔力も得られるし正に一石二鳥な攻撃と言える。
相手のワニはどうにか抵抗しようと、尻尾を振り上げまるでビンタのような攻撃をしようとしてくる。
しかし、そんな大ぶりな攻撃を易々と受けてやるアバトではなかった。
「あめぇんだよ…さっさとくたばりな!」
ユリウスが傍にいないのだから、言葉使いを気にする必要も無い。
もっとも、アバトの口が多少悪いからと言って、ユリウスが態度を変化させるとは思えないけれど。
今でさえ、アバトが恥ずかしくなるほどに過保護なのだから。
ともかく、ちょっぴり口の悪さを露呈させつつ。多少時間はかかったが無事にワニを退治できた。
「…何処が素材になるかさっぱりわかんねぇ。
胴体部分は綺麗に残せたと思うんだけど…」
ワニは喉笛を半分ほど食いちぎられたところで絶命した。
首、と言えるのかはわからないが、頭と胴体の間部分以外は比較的綺麗なまま残っている。ただ、この魔物の何処が素材になるのかはアバトにはわからなかった。
しかも、もう一つ問題がある。
「…俺運搬向いてねぇよな」
一応、人間の手のような形を生かして、先程投げ飛ばしたときのように持ち上げることはできる。
が、それはそれで結構筋力を使うのだ。体力、と言ってもいいかもしれない。このワニに傷をつけずに運ぶのであれば、持ち上げて運ぶのが一番だろう。しかし、今まで歩いてきた距離をこのワニを持ち上げて運ぶのは正直不可能だった。
「しゃあねぇ…引きずるか。
背中にある目玉って素材になんのかな?
腹側下にして引っ張ろう」
持ち上げて体力の回復を待ちながらゆっくり進むという方法もあった。素材の痛みを和らげるにはそれが一番だろう。
しかしながら、今日はそんなのんびりとしている余裕はなかった。
急いで帰らなければユリウスの胃がねじ切れて死んでしまうかもしれない。
事実、ここまで来るのにかなりの時間を費やしているのだから。しかも、その間は身軽だったため全力疾走もできた。しかし今はこの重い荷物を運搬しながら移動しなければならないのだ。
更に悪いことに、今まで通ってきた道は獣道と呼ぶことすら憚られるただの草っ原、もしくは、岩場だ。帰る時間が遅くなるのはどうあがいても避けられなかった。
「うーん…喜んではくれるだろうけど、心配しすぎて泣かれたらどうしよう」
戦闘での怪我はない。
危ない場面もまぁなかった、ということにしておける。
「はぁ、俺、羽でも生えねぇかな。
そしたら少なくとも道中で傷つけることねぇもん」
ぶつくさとモンクをいいつつ、ワニの尻尾にそれぞれの頭で歯を立てる。
ガブっと齧り付いて、あとは引きずっていくのだ。
(無傷で獲物もあるから怒られることだけはないはず…。
いやでも心配したって眉毛への字にされるほうが困るんだよな…。
マスターに泣かれたらホントどうしていいかわかんねぇ)
心の中でぶつくさと言いつつも、無事に獲物を持って帰れるということでアバトの足取りは軽かった。
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